肆ノ刻 裏切りの影を滅せ
高天原に住む十二天将たちには、ある宿敵がいる。それは、深淵の底にある闇の潜む場所・根の国に住む謎の存在、八将神である。
彼らは、何らかの目的で、六合を狙っていたのだ。
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高天原
天将殿・六合の私室
「いっ…て…」
「我慢して、まったく。そもそも、攫われたアンタが悪い」
そう言って叱るのは、天乙と一緒に六合の手当てをしている、太陰だった。
先日。怨霊の塊に襲われ、手足に傷を負った六合。それに続いて、今度は八将神の歳刑に攫われた。
そのため、安静にしていなければいけない傷の歳刑に治された傷以外が、今度は悪化したのだ。
「…壊疽した部分が開きかけてるから、今度こそ絶対安静よ」
「うん、わかった」
「それと、もしかしたら発熱するかもだから、気をつけて」
「うん」
「それじゃあ、私達は例の怨霊の捜索に出かけるから、体調に異変があったら、天后に言うのよ」
天乙は充分に注意すると、太陰と共に部屋を出た。扉のすぐ傍には、不機嫌そうな形相で腕を組む、騰蛇がいた。
その騰蛇に、天乙はきつく注意する。
「今度は目を離さないで。念のため、玄武と勾陣、天后、太裳を留守番させる。 …頼りにしてるわよ、騰蛇」
「…あぁ」
天乙は、前回狩り損なった怨霊を探すため、太陰と天空、青龍、白虎、朱雀を連れて、現世に渡った。
六合は無言で自分の傍らに座って本を読む騰蛇の気配が重くて、なかなか寝付けなかった。
わかっていた。騰蛇は怒っているのだと。弱い六合を責めているのだと。
「…焔、……ごめんね」
「……」
「僕があっさり攫われたから、怒ってるんだよね?」
「……」
騰蛇は何も言わない。
「…いつも、迷惑ばっかりかけて… ごめん」
「……」
無言でじっと六合を見つめる騰蛇の表情が険しくなったと思ったその時。突然開いていた本を閉じて、何も言わず六合に背を向けて、部屋を出て行った。
残された六合は、何も言ってくれなかった騰蛇に無性に悲しくなり、枕にしがみついて泣いた。とても静かに。誰にも悟られないように。
廊下に出た騰蛇を待ち伏せていたのは、勾陣だった。
「ありゃ、ねェンじゃね?」
「…盗み聞きとは、悪趣味だな」
「俺様は、哀れな六合のために、林檎を持ってきてやったのよォ。ま、俺が剥いたヤツじゃねーが」
「…ふん。なら、早く持っていってやれ」
俺は暇じゃない、と付け足して勾陣の横を立ち去ろうとした。
そんな騰蛇を止めたのは、勾陣のある一言。
「あーぁ。 お前、そろそろ護衛から外されっかもなァ」
「っ!」
「お前みたいに、ウジウジ悔やんでるような根暗ヤローに、六合は守れねーよなァ…」
「っ貴様!!」
騰蛇は頭に血が上った勢いで、勾陣の胸倉に掴みかかった。その衝撃で、勾陣の手にあった皿の上の林檎は床に無造作に散らばり、皿も手から離れ、床に落ちて割れた。
「テメーに何がわかンだよ!?」
「わかんねェよ。だがな、自分の失態をウジウジ悩んで、六合に当たンじゃねェよ。みっともないと思わないのか」
「っ!」
騰蛇は図星をつかれ、口を噤んだ。
「オメーはよォ。六合を守れなかったことで、自分に腹ァ立ててンだよな? 腹立たしいのは、テメー自信なんだろ?」
「っ…」
「騰蛇。アイツは…、六合は、八将神に狙われてる。それに、怨霊にも何故か狙われやすい。アイツの護衛を続けたいなら、強くなれ! じゃないと、何も守れないぞ」
勾陣はそう騰蛇に告げると、割れた皿と落ちた林檎を拾い、その場を静かに去って行った。
一人で廊下に立ち尽くす騰蛇は、勾陣に言われ、改めて自分の無力さを痛感した。
そんな騰蛇のもとに、六合の薬を運んできた天后が、騰蛇の様子がおかしいことに気付いて心配で駆け寄ってきた。
「どうしたの…?」
「…何でもない」
「…そう。 …あの、ね。さっき、玄武が、あなたのことを捜していたわ」
「…?」
「その…。例の事で、お話があるんですって」
天后がたどたどしい口調で、騰蛇にそう告げれば、騰蛇は“例の事”についてはっとした。
「わかった。俺が戻るまで、六合を頼む」
「はい」
六合を天后に任せて、天将殿の奥にある玄武の私室 兼 研究室に訪れた騰蛇。
玄武の研究室は、相変わらず様々な薬品の異臭が充満しており、そんな場所に一歩足を踏み入れた途端、鼻が曲がりそうだった。
「相変わらず、悪趣味なトコロだな、玄武」
「フン。お前に言われたくないな、騰蛇」
お互いに皮肉めいた言い方であった。
2人は、火神と水神ということで、少々仲が悪い。それでも、朱雀ほどではない。
いがみ合う2人の間に、女性が割り込んで止めた。
「ほらほら。いい加減になさいな。大事な話があるんじゃないの?」
割り込んだのは、巫女装束を着崩して胸元を肌蹴させた女性、太裳だった。
太裳に言われ、玄武は渋々黙った。
「…ふん。実は、例の内通者の件なんだが…」
「…あぁ。あの話か」
騰蛇は、前に内密のうちに聞いた八将神の内通者の話を思い出す。
「…検討はついたのか?」
「もちろん。私の情報網を駆使すれば、ねずみ一匹、見つけ出すことなど容易きことよ」
「よく言うわァ。アタシの人形達、散々コキ使っておきながらァ」
「…それはそれ。これはこれ」
「何よそれ。インテリ堅物メガネ」
「なっ!? し、失礼な!!」
口喧嘩を始めてしまった太裳と玄武。それをいつもの事ながら、騰蛇は呆れて遠目で見物していた。
これは、いつもの光景だった。天将の間での通称は「夫婦の痴話喧嘩」。2人はお互い「腐れ縁」と称しているが、第3者の目から見れば、立派な痴話喧嘩であった。
いつもなら、騰蛇も関わりたくないため、放っておくのだが、今日ばかりは急を要するので、さすがに切りのいいところで止めに入った。
「…それくらいにしろ。玄武、話の続きを」
「…。申し訳ない、そうでしたね」
「内通者は確かにいたよ。しかも、厄介なことに、2人」
太裳の言葉に、騰蛇はピンときた。
「…2人? この建物内で2人組といったら…」
「そう。 天仙たちの推薦で、天女官から特殊情報部に移ったあの…」
玄武が、ゆっくりとその名前を口にする。
「双子の姉妹、 紅葉と楓 だ」
天仙によって、元々ただの落ち葉であった2人を人の形に変え、高天原に招いたのが、白夜天仙女様である。天仙女に絶対服従だと思われていたが、2人は密かに八将神に内通していた。
「…彼女達は、今どこだ?」
「多分、私室に」
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紅葉、楓の私室
「見つかったよ、きっと」
「…大丈夫よ。きっと…」
「…逃げよう。太歳様も許してくれるわ。高天原に、もうこれ以上いられない…」
「…」
心配そうな表情を浮かべていた少女を、瓜二つの顔の少女が元気付けた。不安な表情の少女は、震える唇で、もう一人に逃亡を促した。
この2人が、例の双子である。元気付けている方が、姉の紅葉。心配そうにしている方が、妹の楓である。
そして、この2人は今、“太歳”の名を口走った。
そんな2人のもとにやって来たのは、騰蛇、玄武、太裳の3人だった。
楓は驚きと恐怖で、咄嗟に姉の後ろに隠れた。
「ッ何なの!?」
「それは、こちらの台詞です。 …紅葉さん、楓さん。あなた方2人に、八将神に内通の容疑がかかっています。素直について来てください」
「っ!? 楓!!」
「えっ! う、うん」
紅葉の合図で、2人は部屋の後方に下がり、両手で印を結び術式の準備をした。
「≪我は天を戴く使い達。女神の微笑みを受けし我等を、安住の地へと導きたまえ!≫」
「っ!? 移動術式だ!」
「っこのままじゃ…っ、逃げられる!!」
「どいてろ」
慌てている2人の前に立ち塞がったのは、騰蛇だった。
右手で風を振り払うように横に振れば、騰蛇の力を乗せた風圧が、双子の術式を薙ぎ払った。
「うっ…! っ…騰蛇の神通力!? 術を消されるなんて…っ」
「侮るなよ、小娘。俺の神通力を感じて、ただの化身が立っていられると思うなよ」
騰蛇の霊力の圧がかかり、無防備になった紅葉と楓は体から力が抜け、その場に膝とついた。その感覚はまるで、とてつもなく重い何かに圧し掛かられているようで、2人とも立ち上がることができなかった。
「くっ!? なっ…何ッ!?」
「さすが、騰蛇くん。彼の神通力は、常人がその力に当てられれば、失神するほど。君達が意識を保っていられているのは、もはや奇跡! わかりますか?」
少し気を緩めれば押し潰されてしまう中、双子に玄武が見下すように説明した。
騰蛇の力で動けない2人に、玄武は懐から何やらリングを取り出して、2人の頭に取り付けた。
「なっ、なに…?」
「あなた方の仙術を解除する装置ですよ」
「っ!?」
2人の仙術を解くということは、2人を元の落ち葉に戻すということである。それを考えると、2人は顔を真っ青にした。
「やっ、やめろ!!」
「うっ、ぁ……っ。 も、紅葉…っ」
「かえでェェェェェェ!!!!」
すっと、玄武の手によって、楓の頭に輪にはめ、スイッチを押す。
すると、人の体が段々と透けていき、すっと消えるように人の姿は光のように散り、玄武の足元には楓の葉が残った。
「っ! 貴様ァァァァ!!!!」
圧迫される体を無理に動かし、怒りに身を任せ、玄武に襲い掛かろうとした紅葉だったが、騰蛇に背中を踏みつけられ、動きを封じられた。
「油断ならないな」
「…てやる…っ」
紅葉は地面に伏したまま、呪いの言葉を吐くように、言葉を搾り出した。
「?」
「殺してやる!! お前ら全員!!」
「…」
紅葉の怒りの篭もった叫びに、騰蛇は動じることなく、無言で紅葉を見下した。
しかし、
「お前らと…っ、 お前らが大事にしている、アイツも…、 六合もッ!!!」
「―――――っ」
“六合”
その名が、紅葉の口から飛び出した時、騰蛇の表情が少し変わった。
その瞬間、紅葉を圧迫していた騰蛇の神通力の力が強まり、紅葉は床に更にめり込んだ。
「うっ!?」
「! 騰蛇!?」
太裳が止めに入ろうとするが、騰蛇は聞く耳持たない。
「…その名を口にするな」
騰蛇の冷たい声に、その場にいる全員が凍り付いた。さっきまでと様子が違う、と玄武が逸早く気付いた。
「アイツに手を出したら、俺はお前という存在を全て否定し、この世から跡形もなく消し去ってやる」
「…っ!」
そして、騰蛇は最後の言葉を送る。
「…去ね」
「っ―――――!!」
騰蛇の手から発せられた鬼火は、紅葉に向かって放たれ、彼女を燃やし尽くしていく。声も上げられない灼熱業火の中、悶え苦しむ紅葉を見下す騰蛇の瞳には、侮蔑と怒りがふつふつと燃えていた。
ボロボロと崩れていく紅葉の体は、やがてただの灰の山となった。
「…俺は、アイツの守役だ。六合に手を出すのなら、誰だろうと、 容赦しない!」
―――――――――――――――――――――――――**
「…?」
部屋の寝台で眠っていた六合は起き上がり、ふと窓の外を見つめた。
そんな六合に、隣で林檎を剥いていた天后が、何事かと顔を上げた。
「…どうしました?」
「…焔が…、泣いてる」
「…?」
天后は、六合の言葉に首を傾げる。
六合は、ふと、騰蛇が泣いている、と思った。
離れているが、そう直感した、六合だった。
*次回予告*
「天仙様方!! き、吉報にございます!」「ご生誕を祝福いたします、六合様」「それは多分、騰蛇君ですかね」「あー。あいつね…」「…初めまして。騰蛇さんの髪、夕焼けみたいに、綺麗ですね!」
次回『六合、誕生』