弐ノ刻 邪を払う者。十二天将
この世は、神が創った箱庭だ。
天帝が暇つぶしするために創った。動く人形の入った箱庭。
この箱庭に穢れは無用だ。
美しきこの庭に、人の醜い穢れなど不要だ。
全て… すべて……
*** ***
東京 某所
人のあふれた街中のとある会社のビルの屋上。赤いパーカーのフードを深く被り、口には棒つきキャンディーを咥えて、双眼鏡で何かを見る少年が一人。少年の名は、十二天将の如月六合であった。監視役を任された六合の肩に、一羽のスズメがとまり、ピィピィと可愛い声で鳴いた。
「ん?どうしたの」
ピィピィと鳴く小鳥の声に耳を傾ける。
「… そっか。わかったよ、ありがとう」
『おい。そっちはどうだ』
「あ、焔!」
『焔じゃねェ…。騰蛇だ!!』
「うっ… ゴメン。こっちは問題ないよ。でも、ターゲットがこっちら辺にいる、ってスズメが…」
『わかった。今そっちに俺と朱雀が行く。大人しく待ってろよ』
「う、うん。わかった」
通信機ごしに怒られ、六合はしゅん…と落ち込んでいた。
落ち込んだ様子の六合に、スズメはすり寄る。スズメの慰めに、六合は少し元気を取り戻し、見張りを再開する。
人ごみに紛れて浮遊する黒い影。あれは、怨霊。人の死後に発生する陰の部分の塊。それを祓うのが、天仙より選ばれた十二人の天将たち。六合もその一人であり、まだ新人。
「…あれ?」
六合が少しの間考え事をしていると、見張っていたターゲットの怨霊が、突然視界から消えた。六合はおかしい、と周りを見回すが、見当たらない。
その時、ゾッと背筋に悪寒のようなものが走った。もしかして、と後ろを振り向くと、恐ろしく冷たい生気のない顔が怪しく笑い、その背後には他のたくさんの怨霊を連れていた。
「っ!…ひっ」
「≪ケ、けんジョウ……ッ。 アノおカタニ… ケンじょうせネバ…≫」
「け、献上…?」
「≪ツれテイクぞ…!!≫」
「っ!(ほ…っ)」
―――――焔…ッ!!―――――
「…?」
「ん?何だよ、騰蛇」
「…いや」
ビルからビルへ飛び移っていく2人の青年。向かっているのは、どうやらさっきの少年がいたビルの屋上。
「…!?朱雀!!」
「ん。わぁってるよ!!」
騰蛇の声を合図に皐月朱雀が先に飛び出し、屋上に群がっている怨霊の黒い影に跳び蹴りし、着地する。真っ黒な影に似た怨霊たちが集まっていた場所には、木で盾をつくって身を縮めて震える六合の姿が。
「六合!!」
「うっ…」
「くそ…っ。離れろ!クソ雑魚共!!」
朱雀は手から放った鬼火で、六合の上に乗っている怨霊たちを焼き払っていった。
全部焼き払うと、六合を守っている木の枝をどかして六合を抱き上げる。六合の右腕、左足には怨霊に掴まれた痕があり、壊疽を起こしていた。
「おいっ騰蛇!“癒しの葉”を出せ!」
「はぁ!? ったく、世話焼かせやがって」
そう言って、腰のポーチから緊急用に持たされている、竹の葉のような葉っぱを取り出し、それを壊疽している部分に巻きつけた。
「よし。とりあえず、応急処置はした。早く高天原にっ」
朱雀は六合を抱きかかえ、高く飛び上がって姿を消した。
*** 天上界・高天原 ***
天将殿・六合の私室
天将たちの住む高天原にある宮殿・天将殿。現在、この宮殿には10人の天将が住み、残りの2人は個々の屋敷を住まいとしていた。
倒れた六合は、自室に運ばれて治癒術に長けている天将たちのリーダー・天乙に診てもらっていた。
「 …とりあえず、壊疽していた部分は治しました。しかし、今日一日は絶対安静です。わかりましたね、六合」
「は、はい…。わかりました」
「よろしい。 騰蛇、六合の看病は頼みましたよ」
「はぁ!?俺が?」
「えぇ。他の天将たちは、例の怨霊捜しに出てしまうので、アナタしかいないんです。お願いしますね」
「ぐっ!…くそ」
騰蛇は、天乙に逆らえないため、渋々引き受けた。
未だ苦しそうにする六合と、それを傍で見ている騰蛇。そこへやって来たのは、六合の世話を任されている天女官の葵だった。冷水とタオルを持って来て、冷水で冷やしたタオルを、六合の傷に当てた。
「騰蛇様、玄武様がお呼びでした。六合様は、私にお任せください。どうぞ」
「あ? …あぁ」
「…… ほ、むら?」
去って行こうとする騰蛇を引き止めたのは、意識のはっきりしていない六合だ。ボソッと彼の生前の名を呟いて、手を伸ばす。
「…その名で呼ぶんじゃねェ。…すぐ戻ってくるさ」
「……うん」
騰蛇は、優しく六合の頭を撫でると、そう言って部屋を後にした。
騰蛇が向かったのは、自分を呼び出した玄武の研究室。その中央にいるのは、白衣を着た眼鏡の男。
「フン、やっと来たか。遅いぞ、騰蛇」
「あぁ。 …なぜ、太裳までここに?」
と、騰蛇が部屋の端で酒瓶片手に立つ巫女服の女性を睨む。
「六合の御守を任されたんだっつーの。ほら、早く本題に入れよ、玄武」
「あぁ。実は、私の警備機器がこの高天原で怪しい気配を感知した。色は赤。おそらくは… 」
「八将神」
「!?」
八将神。それは、十二天将と敵対し、高天原とは逆に世界の深淵といわれる、根の国に住む異形の者。彼らの目的はわからないが、彼らは何故か六合のことを狙っている。
「…っち。俺は六合のところに戻る!」
そう言って研究室を飛び出そうとする騰蛇を玄武が制止する。
「まぁ、待ちたまえ」
「何だ!?」
「アイツのことは、太裳の人形が見ている。大丈夫だ」
玄武は騰蛇を宥めると、もうひとつの話を始める。
「だが、いくら八将神といえど、この結界には入れまい。 …内側に内通者がいなければ…、な」
「!?内通者…だと」
「あぁ。容疑者として、有力な候補がいる」
「?誰だ」
「それは…」
ガチャ…ッ
3人のいる研究所の扉が重々しく不気味に開く。そこから現れたのは、太裳の造った人形だった。青色の着物を着た女性型の球体関節の等身大人形は、カタカタと音を立てて、3人にゆっくりと足を進めてきた。そして、外れた顎が小刻みに動き、言葉を発する。
「あ…っ梓?」
『ゴ…主人…サ…マ…。 オ逃ゲくダサ…イ…ッ!』
「!?」
グニャグニャと関節を歪めて、近づいて来る人形は段々足を走らせ、太裳たちに襲ってきた。
「!?やめろっ梓!!」
『ア、アァ… ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!!』
「ッ!………?あれは…」
玄武が気づいたのは、人形の項に蜘蛛がついていることだった。そして、その蜘蛛がなんなのか、知るのにそう時間は掛からなかった。
「あれは…っ水蜘蛛! ということは……」
「「!?」」
六合に近づく黒い影、あり。
*次回予告*
「この子を…お願いね」「リク…。行こうか」「…歳刑」「「仲良くない!」」「やっぱり、一緒にいよう。リク」
次回『深淵に潜みし徒花』