壱ノ刻 繭から生まれし鬼子たち
タイトルの「鬼子」は「おにご」と読みます。
この世界は、一人の創造主が生み出した箱庭。君が世界だと、当たり前の日常だと信じているものは、すべて誰かに創られたもの。完璧な、神様のおもちゃ箱。
そんな完璧な箱庭にも、綻びはできる。人の淀んだ負の感情。生に縋った悪霊や怨霊たち。それらの箱庭に蔓延る「バグ」と呼ばれるものを神は決して許さなかった。それらを殲滅すべく古くに造られた者たち。平安京にて名をはせた天才陰陽師の式として活躍した彼らは、箱庭から遠く離れた“高天原”に住み、怨霊や悪霊が現世(箱庭)に出現した時だけ現世に赴く。
亡くなった人の魂から継承されてきた彼らの名前は………
……。
「おい。聞こえてンのか!?六合」
「は、あ!はい、十二天将の如月六合!聞こえてます」
「落ち着いてね。大丈夫よ、初任務からもう2ヶ月も経ってるし。慣れてきたでしょ?」
「あぅぅ…」
「情けねぇ声出すンじゃねーよ!」
「騰蛇もそれくらいにしとけよ。なぁ、六合」
「もたもたしない!さ、行くわよ!」
「おぉコワ」
そして、無数の人影は町の空を飛んだ。
*** ***
いつもの人の日常。人ごみの中。街中の大きなビルの数々。そのうちの大きなビルの屋上。赤いキャップを被って、野菜100%のパッケージのジュースのストローを咥えて遊ぶ少年が一人。ひま~、と愚痴をこぼしていると、一羽のスズメが少年の肩に止まった。そして、必死に何かを伝えようとくちばしを動かす。そのスズメの言葉を、少年は理解してるかのように頷き、立ち上がる。
「…なんだって!?隣の木の野島さんの巣が!」
少年は空のジュースパックを握りつぶし、近くのゴミ箱に放り込むと、颯爽とビルの上から飛び降りた。空中でバランスをとり、足元に見えない力の抵抗を加えつつ、彼自身も気づいていない背中の透明の羽根のようなもので落下する力を和らげ、ビルの非常階段のところにそっと足をつけて降りた。同時に羽根のようなものも姿を消し、背中の違和感を感じつつも走り出した。そして、人通りの少ない道の木を見上げる。
「あー。巣が落ちかけてるのか…」
少年が言ったとおり、木の枝に乗っていた鳥の巣が今にも落ちそうになっていた。少年は帽子を被り直すと、木を上り始める。そしてそっと巣を手に取ると、枝の太いところに移動させる。巣が元通りに戻り、親鳥が巣にやって来て、孵化寸前の卵を温め始める。その光景に少年はほっとしていると、乗っかっていた枝が重さに耐え切れず、バキッという音をたてて折れた。
「っうわ!?」
落ちる。そう思ったが、降り立ったのは硬いコンクリートの上ではなく、温かい…。
目を開ければ、太陽を背に自分を抱きかかえてる深紅の髪の青年。少年は思わず青年の名を口にする。
「焔!……―――って!」
名前を叫んだ途端、腕を離され、地面に落下した。背中から落下した少年は、痛そうに顔を歪めて背中を擦る。
「ひ、酷いじゃないか!」
「ふん。俺の名を安易に呼ぶからだ。馬鹿六合」
「ほ、焔のイジワル!」
「焔じゃねェ。今は卯月騰蛇だ!」
と、覚えの悪い少年・六合に鉄拳を食らわす彼の守役、焔こと卯月騰蛇。この見慣れた光景を陰で見ていたもう一人の赤い髪の元気そうな青年が、殴られてしまった六合の頭を撫でる。
「ったくよォ。何もこんなに強く殴ることないよな。なぁ?六合」
「ぁ…、朱雀ぅ」
この青年は十二天将で炎を操る、皐月朱雀。六合とも仲が良く、2人の喧嘩の仲裁に入ったのだ。六合は朱雀に縋るように抱きつく。その様を見て、騰蛇は内心面白くないと思った。
「おーよしよし!騰蛇も酷いよなぁ、ちょっと持ち場を離れてくらいで」
「口出すなよ、朱雀。六合が持ち場を離れたせいで、標的を逃したじゃねェか!」
「えっ!?」
その事実を知り、流石の六合もやばい、と感じた。
「今回の標的は、もう数十人も道連れにしてやがるタチの悪い怨霊なんだぞ!わかってんのか!?」
「うっ…。…ごめんなさい」
「まぁ、まぁ。今、白虎と天空が捜してんだから、いいじゃねぇか。ほら、あんま遊んでっと、天乙に怒られるぞ」
「……チッ」
「…!おい。何か向こうから……」
朱雀が、騰蛇の後ろを見て、遠くの方から何かがすごいスピードでやって来るのに気付いた。よぉく目を凝らしてみれば、ワイシャツ姿の中年、とそれを追いかける人影。すると、中年男は突然スピードを上げ、朱雀と騰蛇の横をすり抜けていった。そんな2人の視界にぼんやりと映っていた人影がはっきりと見えた。それは、見覚えのある顔であった。
「あれ…? 白虎に…、天空ぅ!?」
「何でアイツらが…?」
2人は何かを叫んでいた。が、中々聞き取れない。
「騰蛇!ソイツが標的だ!!」
「!何?!」
騰蛇はがたいのいい男の方、白虎が叫んだ。その叫び声に騰蛇は慌てて通り過ぎた男の方へ振り向く。そして、先程まで後ろにいたはずの六合がいなくなっていた。
「っくそ!やられた!!」
「六合!?」
六合は標的の怨霊に攫われたのだ。騰蛇は舌打ちすると、高く飛び上がり怨霊を追った。朱雀は白虎と天空と合流する。
「天空!六合のニオイ、分かるか!?」
「…めんどくせー」
「…天空」
「…ごめん。追えると思う」
天空は嫌そうに、めんどくさそうに集中した。
***
六合の気配を追って、千里眼でその姿を捜す騰蛇。そして、ついに六合を抱えて走る怨霊の姿をその目に捕らえる。
「アイツ…っ」
気絶させられ、怨霊に担がれる六合は、密かに右掌に力を集中していた。その際、細められた瞳の色は、いつもの緋色から金色に変わっていた。右掌に集まりつつある目に見えない力。それが除々に集まりにつれて光りの塊にと姿を変え、六合はそれを後ろ向きに担がれているため、背中に向けて打ち付けた。
「これでもっ… くらえっ!!」
波動のようなものを打ち付けられた怨霊は前に突き飛ばされ、六合は腕の力が緩んだ隙に後ろに逃げた。しかし、気絶させられた上、頭を強打した六合の体はうまく動かなかった。
すぐに起き上がった怨霊は、酷い毒気を放った液体を爪から分泌し、六合に向かって跳ね飛ばした。六合はすぐに足元に大木を数本生やし、盾とした。盾になった木は毒液でジュワッと溶けた。その溶けた部分から放たれた腐臭に六合の脳が痺れ、その場に倒れる。
『クックックッ。コイツヲ食ベレバ、俺ハ…俺ハ…!』
「“俺は”…なんだって?」
『!?』
怨霊の頭上から声が聞こえて、咄嗟に上を向いたが、遅かった。騰蛇が、手の中の炎を剣の形に変えて頭上を垂直に落下してきていた。怨霊はなんとか避けようとして、六合の方へ逃げた。騰蛇の炎は怨霊を少し掠っただけで、ほとんどダメージはなかった。
「チッ」
『ヘッヘッヘッ!俺ハ、コイツヲ食ッテ、強クナルンダ!!』
「っ!今だ!勾陣、朱雀!」
『何!?』
騰蛇の声を合図に、六合の背後の建物の陰に隠れていた弥生勾陣と朱雀が飛び出し、朱雀は火の玉を、勾陣は大太刀を振るった。怨霊は咄嗟の判断が出来ず、まともに食らった。怨霊は断末魔を上げながら、煙になって消えていった。
「おー。文字通り消し炭」
「なぁに言ってやがる。怨霊は、俺の一太刀でやられたんだ。お前は、華麗な俺様のオマケだよ。オ・マ・ケ・!」
「お、オマケ!?勾陣テメェ!!」
勾陣の安い挑発に乗った朱雀によって、2人のいつもの喧嘩が始まろうとしたところを、十二天将のリーダー格である、極月天乙が間に入って仲裁した。
「ほら、片付けがあるんだから、くだらない喧嘩はお終い!」
「くだらくなんてねぇ!」
「やめとけよ、朱雀。天乙に逆らうと、後がこえ~ぞ」
「あ゛?」
「お~コワッ」
「退散退散」
そう言って、2人は散っていった。天乙はまったく、とため息をつく。その様子を陰ながら見守っていた、神無月天后が思わずクスクスと笑いをこぼす。
「笑いごとじゃないわよ、天后」
「だって、本当に2人は仲が良いから…」
「…そうね。喧嘩するほど、って言うしね。でも、勾陣の方はからかって遊んでいるようにしか見えないけどね」
「あ、あのね、天乙。実は、六合君のことでちょっと来てくれる?」
「六合?どうしたの」
「怨霊の毒気にやられたみたいなの」
「わかったわ」
天乙はそう言われて、倒れて騰蛇に看病されている六合のもとに駆け寄った。毒液の異臭を吸い込んだのか、六合の顔色はよくなかった。
「…天乙、どうだ?」
「大丈夫。吸い込んだ量が微量だから、今体内で中和してるわ」
「うっ…。 ほ、焔…」
「…… 焔じゃねぇ。俺の名は、 十二天将の卯月騰蛇だ」
そう言って、六合の頭を優しく撫でた。
彼らは現世に潜む怨霊や悪霊を駆除する者たち。その名を、十二天将。
*次回予告*
「焔じゃねェ…。騰蛇だ!!」「くそ…っ。離れろ!クソ雑魚共!!!」「八将神」「!?内通者…だと」
次回『邪を払う者。十二天将』