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得意技は殴打、必殺技も殴打  作者: 加賀月こんや
PART5 Extra

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インチキ





 空から落下してくる黒水晶の破片。


 破片とはいえその質量はおそらく十数キロはくだらず、鋭く光り輝く先端は人体など容易に引き裂くことだろう。

 太陽の光を受け、きらきらと煌めく無数の黒水晶が空から降り注ぐ光景は幻想的で、絶景ではあった。だが、その結果として地上にもたらされるのは破滅的な破壊だった。


 フィルバードは仲間の前に立ち、それを受け止めるため足掻こうとしたが、はっきり言って無駄だった。フィルバードの肉体性能では、ロクに反応すらできない。

 そして降り注いだ黒水晶の刃は、何(・)の(・)抵(・)抗(・)も(・)な(・)く(・)フ(・)ィ(・)ル(・)バ(・)ー(・)ド(・)の(・)胸(・)の(・)中(・)央(・)を(・)貫(・)い(・)た(・)。


「がっ……!」


 胸の中央を異物が通り抜けていく。

 冷たい黒水晶の滑らかな表面が心臓を舐る、最悪の感触。

 そして一瞬遅れ、脳に到達する激痛────


「────っ?」

 

 ……痛みが、無い。


 僅かに遅れ、フィルバードは違和感に気付いた。

 慌てて確認してみれば自分にも仲間にも身体に傷が無い。

 振り返れば地面には落下した黒水晶が突き刺さっており、恐る恐る触ってみれば明らかな実体。内部に薄く内包した赫の魔力からしても、明らかにそれは災厄の攻撃によるものである。


 わからない。

 何が起きているのかさっぱりと理解できない。

 まだ幻覚に囚われていることを疑うべき事態だ。


 困惑しているうちに、ばきんと音を立てて勝手に黒水晶が砕け、その内部に内包していた魔力が上空へと立ち昇る。

 その行き先は無論、あの黒い太陽であり、攻撃に使用した魔力を回収しているのだろう。


 だが、ますます分からなかった。

 地面をよく見てみれば、砕けた黒水晶の残骸は明らかに今砕けたもの以上の量があった。

 つまり既に、幾度も同じ攻撃が繰り返されていたのだ。


「む、なんだ貴様。目を覚ましたのか」


 唐突に背後からかけられた声。

 急いで振り返ると、そこにはアルマが宙に浮かんでいた。

 その背には巨大な繭のようなものを背負っている。


「君は……どうして」

「おい、着いたぞクー」


 フィルバードの呆然とした声を聞き流したアルマは、繭を地面に置き、そう声をかける。

 次の瞬間、繭がするすると解け、クーの姿へと戻る。

 吐き出された人影を見たフィルバードは納得した。


「……ああそう。これ、人間にしか効かないのか」


 繭のなかに────クーの中に入って運ばれていたのは、崖下にいた4人、クロウ、ミセル、シュラ、ミューだ。

 そしてその中でただ一人、ミューだけは意識を保っていた。目を大きく見開いて、フィルバードに話しかける。


「フィルバードさん! よかった……! この催眠攻撃には、対処法があるんですね!?」

「対処法……いや、はっきり言って『頑張る』ってだけなんだけど。……君たちにはそもそも、鏡の精神拘束魔法が効かなかったの?」


 問い返すとミューは頷いた。


「はい。効かなかったのは私とクーちゃんとアルマさんの三人だけで、他の人はみんなこの状態です。どうしていいのか、もう本当に……!」


 唇を噛むミューにフィルバードはなおも問いかけた。


「状況を教えてほしい。何分くらい経った? そして、あの攻撃は……どうなっている?」

「黒い鏡が出てきて、だいたい十分くらいです。で、攻撃というのはあの黒水晶の雨のことですよね?」


 フィルバードは頷いた。


「身体をすり抜けるんだ。何か知っているかな」

「あれは」

「────ミュー、まただ。来るぞ」


 話を遮ったのはアルマだった。

 その視線の先を追えば、何を指しているのかは明らか。


 黒い太陽が再び黒水晶の槍を本体から引き剥がし、上空へと配置し始めた。その全てが切先を地上へと向け、紛れもない害意がその有様からは見て取れた。


「なっ……!?」

「またですか!? ああもう、余裕無いのに────! フィルバードさん、すみませんが後で! 今は集中しないといけないので……!」


 そう言い放ったミューは真剣な表情で上空を睨んだ。

 フィルバードも釣られて空を見上げる。

 空を覆い尽くす黒水晶の雨。

 見ているだけで身が竦むようだ。


 本能的に足を一歩退いたフィルバードにアルマが囁いた。


「動くな。アイツの集中を乱すべきじゃない」

「ミューの?」

「ああ」


 ────その瞬間、災厄の槍が再び地表へと降り注ぐ。


 黒水晶は落下に伴いその速度と威力を増し、まともに受ければまず、命はないだろう。

 それが己を貫こうとする寸前、フィルバードは今度は目の前ではなく、ミューの方を向いていた。

 そして見た。何が起きているのかを。


 ミューは握った拳を二つ、少し上下に離して前に突き出した。そして黒水晶が地表へと到達する瞬間────上下に離していた拳を打ち合わせる。

 動作自体はただそれだけ。

 だが、それに伴う現象はあまりにも不可解。


 ミューが両の拳を打ち付けると同時────荘厳な鐘(・)の(・)音(・)が全域に響き渡った。


「……ッ!?」


 その音に凄まじいまでの護りの魔力が篭っていることは、フィルバードにも判った。


 そして同時、確信した。

 この音は、聞(・)い(・)た(・)こ(・)と(・)が(・)あ(・)る(・)。


 その鐘の音が鳴り響くと同時、接触した黒水晶の槍は先ほどと同様、肉体をすり抜けた。

 一瞬の異物感と不快感、されど痛みや怪我は無い。


 緊張から解放され息を吐き出したミューに、フィルバードは問いかけた。


「どうやったの?」

「はい?」

「ど(・)う(・)や(・)っ(・)て(・)、精(・)霊(・)の(・)鐘(・)を(・)持(・)ち(・)込(・)ん(・)だ(・)の(・)?」


 一発で魔法の正体がバレるとは思っておらずに固まったミューに、やれやれとばかりにアルマが話しかけた。


「別に口篭らずともよかろう。話せば何か困るのか?」

「いえ、困らないというか別に隠したつもりもなかったのですが……すみません嘘です。ちょっと隠してました。その、みんなに知られるのは少し気まずかったもので……」


 バツの悪そうな表情のミューにフィルバードはため息をついた。


「勝手に盗んできたことが? ファインプレーだし誰も責めないよ。君がそうしてくれていなければみんなが死んでた」

「いえ、誰かに責められるようなことはしていませんが……」

「……んん?」


 微妙に意味の分からないミューの言葉にフィルバードは首を傾げる。そして問いかけた。


「どういう意味?」

「破壊したわけでも持ち出したわけでもないのですから、セーフはセーフだと思うのですよ……。いえ、複写(コピー)に全く問題が無いのかと言えば、そうではないのかもしれませんが」


 意味が分からなかった。

 そして数秒を要し、フィルバードは恐る恐る問いかけた。


「……まさかだけど」

「はい?」

「『精霊の鐘』そのものを持ち込んだんじゃなくて……その機能だけを分析して再現したってこと?」

「え、はい。そうですけど」


 愕然とするフィルバードを尻目に、ミューはきょとんとして言葉を続けた。


「言ってませんでしたか? 私は魔導具があれば、自分の身体にその機能を取り入れることができると」

「言って……あれ、言ってたっけ……?」

「貸してもらった通信機の魔導具とか、じゃんじゃんコピーしていたのですが」

「え、あれそういうことなの?」


 フィルバードはつい先日の経験を思い出した。

 地面に突き刺さった左手首が話し始めるその光景は、人生でも指折りの奇怪な光景だった。


「効果をカスタマイズするうえでも、解析した方が楽ですからね。そうでなければこんなふうに、『精霊の鐘』と他の魔導具の機能を組み合わせて魔力効率を上げることもできなかったでしょうし」

「そ、そう……」


 再び上空へと展開し降り注ぐ黒水晶に話を中断し、『鐘』を打ち鳴らすミューの姿を見ながら、フィルバードは眩暈のするような感覚を覚えた。

 ミュー自身は理解していないのだろうか────これがどれほどイカれた能力なのか。


 ミューがコピーしたという『精霊の鐘』は、内部に精霊を内包する魔導具、すなわち神(・)器(・)である。

 その機能を取り入れることができるのなら、おそらくは事実上、この世に存在するどんな魔導具も取り入れることができるはずだ。


 世界に一つしか存在しないはずのものを複製できる────その事実だけで十分にトチ狂った能力には違いない。だが真に恐ろしいのは、取り込んだ能力を、好きなように改変することの方だ。

 それはもはや魔道具の代用や複製という概念には留まらず、新たな固有魔法の習得に他ならない。


 コピーした能力の出力や規模を自由に改変できるのなら、その辺のガラクタのような魔導具コピーであろうと、場合によっては神器を凌駕する性能となることだろう。

 というか実際、ミューは精霊の鐘という最高レベルの神器を、さらに改造・改良することに成功してしまっている。


 ……フィルバードは目を細めた。

 ミューが基本的に善性だと、フィルバードは知っている。


 だが、それでも。

 ミューという少女は、地上で子どもの小遣い程度の資金で魔導具を購入するだけで、最悪の脅威へと変貌しかねない存在なのだ。

 それは、あまりにも────。


「……」

「はい? 何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」


 そこでフィルバードは頭を振った。

 ミューは少なくとも今は味方である。味方が強くて何を警戒する必要があるというのか。事実として、ほぼ全滅に近い状況をミューのおかげでやり過ごせているのだ。


 フィルバードは即座に思考を切り替え、尋ねた。


「ミュー」

「なんです?」

「それ、いつまで続けられる?」


 その質問にミューは難しい表情をした。


「……この魔法、相当にカスタマイズしたうえで発動時間もギリギリまで絞って、できる限り効率よく使っているのですが、それでも莫大な魔力が要ります」

「効果が破格なぶん、ってことか」

「はい。攻撃がだいたい、3分に1回。私の手持ちの魔晶から逆算して、残り使える回数はおそらく10回程度。つまり、タイムリミットは30分です」

「魔石さえあれば時間を延ばせるのかな」


 フィルバードの問いにミューは控えめに頷いた。


「ある程度は。でも、魔晶の分解効率より魔力消費の方が多いので、魔晶があってもいつか手詰まりになります」

「現状維持だと駄目なわけだ。分かった、なんとかする」


 アルマが若干、不審そうに問いかけた。


「どうやってこの状況を打破する?」

「今から考える」

「……それでなんとかなると?」


 フィルバードは否定した。


「なんとかならない。なんとかするんだ。……できなきゃ死ぬ。分かるね?」


 アルマは鼻を鳴らした。


「私にできることを言え。お前に従う」

「ありがたいよ。まずは……」

 

 フィルバードは背後を振り返った。


「……とりあえず、仲間たちを起こそうか」





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