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得意技は殴打、必殺技も殴打  作者: 加賀月こんや
PART4 竜の棲む地にて

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一級建築士





 本日も晴天なり。素晴らしい天候だった。

 そしてそんな中に、破裂音と断末魔が響く。


「今日は魔物が多いな」


 退屈を持て余し原野へと出たクロウは、襲いかかってくるサンドバッグたちを気まぐれに爆散させながら、独り言をつぶやく。


 街からは人影が随分と減り、それに伴って魔物たちの縄張りの主張は激しくなってきていた。おそらくはもう数ヶ月もすれば、ここは人々の暮らした痕跡も薄れ、魔物の領域となってしまうのだろう。


 だがクロウにとっては、そんなことなどどうでも良かった。

 魔物が多いことに対する恐怖心も、この場所が人間の領域ではなくなることへの寂寥感も、そのどちらも持ち合わせていない。

 クロウはひとしきり魔物を殺戮してクーへのお土産である魔石を拾ったことに満足し、散歩を終えて街に戻ろうとする。


 そんな時、クロウの耳に声が聞こえた。

 振り返ると、そこにいるのは見慣れた青年である。


「……む、ジャックか」

「よう、調子はどうだ」


 近づいてくるその青年の表情には疲れが見えながらも、普段とさほど変わりはない。クロウの眼前までやってきたジャックは笑った。


「お前がいたなら俺が来た意味もあったな」

「……?」


 首をかしげるクロウに、ジャックが説明する。


「普段ならこの曜日に魔物狩りに出てるだろ? けどまあ、こんな状況じゃあな。……一応はまだ平時だ。もし集まってきているやつがいた時のために、取りやめだって伝えに来たんだ」

「む、そうか。そういえば今日だったか」

「……いや、違う目的なのかよ。上には無理を言ってここまで来たんだがな。ま、いいや。だったらお前は何しに来たんだ? こんなとこに」


 若干の呆れを滲ませるジャックに、クロウは簡潔に答える。


「うむ、暇つぶしに魔物を殺しにきたんだ」

「暇つぶしって……まあ、お前なら大丈夫か」


 ため息をつきながら、ジャックはその辺の岩場に腰掛ける。クロウもなんとなく、その横に座った。

 何をするでもなく遠くを眺め、しばらく長閑な時間が流れる。

 ふと、ジャックが問いかけた。


「……ところで、お前らはどうするんだ?」

「……? 何のことだ」


 ピンと来ていない様子のクロウに、ジャックは頭をかきながら言葉を追加する。


「戦争だよ。お前らはどうするんだ。もし始まったら、どっちの側につく?」

「どうもしないと思うが」

「それはお前だけか? それともお前の仲間たちもか?」

「たぶん、エウーリアたちもだな」

「そうか……」


 ほっとした様子のジャックに、クロウは聞いた。


「それがどうかしたのか」

「いや、どうしたっていうか……お前らを相手にはしたくないだけだよ。戦力的な意味でも、心情的な意味でも」

「ふぅむ。おれたちはたぶん、その戦争ってやつの間、とくに何もしないぞ。だってどうでもいいしな」

「どうでもいいかぁ……」


 聞けば怒り出すものもいるであろうクロウの言い草に、ジャックは苦笑するだけだった。それどころか、天竜山脈の方向を見つめながら、風に紛れるような小さな声で呟く。


「まあそりゃ、そうだよな……俺たちにもわけがわからん」

「わけがわからないのにやるのか」

「お、おう……聞こえてたか。まあ、そうだよ」


 岩肌に仰向けに寝そべり、遠く青い空を眺め、ジャックは独り言のように呟く。


「あいつらと俺ら、ちょっと前まで一緒に酒飲んでたんだぜ? シリウスだけじゃない。亜人の友達はたくさんいる。それが突然、戦争になるかもしれんってなぁ…… 納得できるわけねーだろ」

「なら、やらなければいいんじゃないのか」

「そういうわけにはいかんだろ」

「やりたくないことなのにやるのは頭がよくないぞ」


 クロウの言葉に、ジャックは吹き出した。


「そうだな。戦争なんて、やりたいやつは誰もいない。言葉でどうにかなるはずのものをどうにもならないって諦めたんだから、頭は良くない。……でもなあ、馬鹿馬鹿しいからやらねえとは言えないんだよ、これが」

「いいのか?」

「あん?」


 その問いかけに、ジャックは横を見る。

 そして面食らった。

 いつもぼーっとしているばかりで何の意思もないと思っていた少年が、存外なまで真摯に、こちらを見ながら問いかけてきていたからだ。


「それでいいのか? だって、たぶんおまえの言ってることには、ひとつもいいことがない気がするんだが」


 思わず言葉に詰まった。

 ジャックはその視線をまっすぐ見返すことができず、空へと視線を逃す。


「そうだな……」


 無限に広がる青。蒼天を泳ぐ雲。僅かに湿った風が頬を撫でる。

 ……不意に馬鹿馬鹿しくなる。こんな場所で、こんな相手に、言葉を弄する意味が一体どれだけあるというのか。

 心の裡を、素直に言葉にする。


「これでいいとは、思っちゃいない」

「……」

「殺し合いなんてもの、したくない。何もなかったことにして逃げたい。シリウスを攫って嫁にして、故郷で酒場でもやっていたい。……いやまあ、これはあいつの方が強いし無理か」

「ふむ。それなら……」


 その先の言葉を続けようとしたクロウを、ジャックは押しとどめる。


「でもな、それはダメだ」

「なんでだ……?」

「俺は俺の選択の結果として、ここにいるからだ」


 ジャックは身体を起こし、まっすぐにクロウを見つめた。


「俺が兵士になったのは農民になるのが嫌だったからだし、兵士を辞めてないのは給料が良かったからだ。俺は自分で決めてここにいる。だから都合が悪くなった今になって逃げるのは、これまでの俺への裏切りになる」

「……よく、わからないが」


 戸惑うクロウに、ジャックはニヤッと笑いかけた。


「裏切りってのはカッコ悪くて、俺には似合わない。状況に流されてるって言われたらまあ、確かにそれまでなんだが……俺は自分の意志で、義務を果たすことを選ぶ。その方が納得できるんだよ、俺は」


 ジャックのその言い分を、クロウは自分の中で咀嚼する。

 そして、ぽつりと呟いた。


「……そうか。自分で選んだんなら、しかたないな」

「ああ、仕方がない」

「おまえが死んだら悲しんでやろう。とくべつだぞ」

「いや、別に俺も死ぬ気は無いんだが……」


 ジャックはもう一度だけ空を見上げ、立ち上がる。


「……そろそろ行く。お前と話せてよかった」

「うむ。それじゃあな」

「ああ……と、そうだ」


 そこでジャックは何かを思いついて立ち止まり、灰色の外套を脱いだ。そしてそれを、クロウに投げてよこす。


「……?」

「やるよ、それ。お前、外套は持ってないだろ?」

「そうだが」

「シリウスが言ってたろ。毛皮には魂が宿るって」

「……いっていたような気がする」


 思い出しながらクロウがそう答えると、ジャックは笑う。


「ま、それはほとんど新品なんで、俺の魂が宿ってるかは怪しいもんだけどな。どうせ戦場でその色の外套は使わんだろうし……ちょっとしたゲン担ぎだ。持っといてくれよ。お前は死にそうな気がしない」

「そうか。くれるものはもらうが」

「じゃあな。戦争が終わったらまた会おう」


 そう言い残し、片手を上げてジャックは去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、クロウは呟いた。


「ふむ、なぜだろうな。すごくあいつ、死にそうな気がする」




◇◇◇




 ヒトと亜人が交戦状態に陥ったのは、黒竜が死亡してから6日が経過したタイミングだった。


 きっかけは遭遇戦である。中立地帯に展開されたヒトの小部隊と、避難民の保護を終了し帰還する最中の亜人兵が交戦したのだ。

 交戦に至った原因ははっきりしない。

 だが、最初に放たれた攻撃が実際にはどちらのものであったかなど、少なくともいまこの場では、もはやヒトにも亜人にもどうでも良いことだった。


 重要なのは戦闘が起きてしまったこと、そしてその戦闘が、ヒトの部隊は半数が死亡、亜人は一人が死亡という形で終わってしまったことである。

 疑念と敵意を向け合う集団が武装した状態で遭遇し、戦闘に発展し、死者が出たという事実。ごまかしようもない、双方の『敵対』という共通認識。


 それそのものが、戦争への呼び水となった。


 報告が届き次第、ヒトも亜人も戦時状態へと移行した。

 とはいえそれは、即時の激突を意味しない。

 なぜならばヒトが侵攻するのに対し、亜人は防衛どころか抵抗すら行わず、ひたすらの撤退に徹したからだ。


 これは両者にとって読めていた────というよりも、そうする他ない動きだった。


 ヒトと亜人の軍勢を評するには、ヒトを量、亜人を質と言ってしまえばそれで事足りる。

 広い後背地と人口によって巨大な軍を維持するヒト。

 血筋の継承の観点から人口を増やすことが難しく、しかしその一方で個々の戦力はヒトを上回る亜人。


 数という大規模戦での優位を確保するヒトに対し、亜人は質により局地戦での優位を確保している。

 だがそもそもの大前提として、局地的に勝利したところで意味は薄い。大局的に勝たなければ勝利とは呼べない。

 故に全軍が正面からぶつかり合う戦争では亜人に勝ち目はないのだ。


 故に、亜人が不利を跳ね返そうとするならば、戦況を強制的に局地戦の連続へと引き込む必要がある。そして亜人にとっては幸いなことに、ヒトと亜人の領域の境界にはそれに最適のスペースが存在した。


 人と亜人の領域を隔てる天竜山脈、そこに存在する幅数百mほどの渓谷。黒竜の咆哮によって作り出されたというその渓谷は、亜人の領域へと繋がる唯一の連絡路であり、関所である。

 渓谷へ至る前の地点でヒトの軍勢を食い止めようとしたところで、散開した隙間を縫われるだけ。そう理解していた亜人たちは、ひたすらに戦闘を避けて戦力を保存し、最終防衛線となる渓谷へと向かった。


 無論、ヒトもその戦略は理解している。しかし現実的に、それを止める手段はなかった。

 大軍ではなく小勢ゆえに相対的に機動力に優れ、平均的な身体能力に勝る。その亜人よりも先に渓谷を占拠することは、少なくともこの条件下では不可能である。

 だが同時に、必要以上の時間をかけることで渓谷の要塞化を強固にさせることも悪手である。ヒトはヒトで、軍として発揮できる最大の侵攻速度で渓谷を目指す。


 結果的にヒトと亜人の軍勢が渓谷で相対することになったのは、遭遇戦から3日、黒竜の死から9日……そして、階層の攻略が始まってから33日目のことだった。





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