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得意技は殴打、必殺技も殴打  作者: 加賀月こんや
PART3 精霊は夢を見ない

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Epilogue_トワイライト




 ベッドから人が抜け出す気配。

 気配を潜めて、ひっそりとした足音。


 しかしながら、そこが家の中である以上、ミューの地獄耳を誤魔化すことは不可能だった。仕事の手を止め、後を追う。

 辿り着いた先は、家の庭に面した縁側だった。ベッドを抜け出してきた青年は、灯りもつけず腰掛けている。ぼうっと、ただ外を眺めているようだ。


 ミューはその様子を見て、胸を撫で下ろした。

 青年に取り乱す様子はなかった。ただ静かに、夜風の中で気持ちの整理をつけにきただけなのだろう。


 邪魔をしてはならない。

 ミューはそうっと出て行こうとして……その寸前、気付いてしまった。


 青年が見る先、静かな庭。

 そこに────なにか、恐ろしいまでの魔力が渦巻いている。


「……ッ!?」


 思わず息を呑んだ。


 尋常ではなかった。ミューの感じるそれは、或いはつい数時間前に見た災厄の魔力などよりも、よほど────。


「……ミューか」


 青年が……シュラが振り返る。

 驚いたような、少し困ったような、そんな表情。


 シュラは少し悩んでから、ミューを手招きした。

 少し躊躇してから、手招きに従う。

 シュラの隣に腰掛けて、恐る恐る問いかける。


「あれは……なんですか?」


 白み始めた空。夜と朝の狭間の、薄い闇。

 その中でもはっきりと、それは見えた。

 

 土の中から伸び上がる影。


 どこか恐々とした声色の質問に、シュラは感情の乗らない声で答えた。


「『ワーム』と。……俺はそう呼んでいる」


 その姿は確かに、そう呼ばれるに相応しかった。


 シュラにより造られた『球体(スフィア)』が十数個、数珠繋ぎになって地面から這い出てくる。砂の中に隠れていたのだろうに、その表面は血濡れたように艶々と輝き、どこか……禍々しかった。


「これは……」


 ミューの声が怖気に震える。

 名は体を表す……と、これをそう呼ぶべきだろうか。


 直感的にミューは思った。

 違う。

 おそらく、()()()()()()()()────。


 どこか茫洋とした口調でシュラが呟く。


「たぶん想像通りだ。蛇はもういない。……全部、『ワーム』の中だ」




◇◇◇




「『外に出てみたい。世界を見たい』……ガキの抱く野望として、そんなにおかしいと思うか? これ」

「……いえ」

「だよなぁ……」


 ぽつぽつと、シュラが語る。


「でもこの都市に、そんな野望を許容する余地はなかった。何回言われたか分からん。『お前はおかしい』って」

「シュラさんはおかしくなんか……」

「いや。少なくともこの都市の中では、俺の言っていることはおかしかった。客観的に見てもな」


 シュラは視線を空に向けた。


「……ガキの頃の俺も、千年前の精霊が命を賭して『精霊の鐘』を造ったことを知っていた。そして人間が生きていられるのが、そのおかげだってことも。なのに都市を捨てて外に出たいと公言するのは……まあ、冒涜だろ」


 ミューは言葉を返せない。

 シュラは目を細めた。


「でも俺は、諦めなかった。諦められなかった。たぶん、ただの意地だったんだろうな。理解されることを振り捨てて、自分の夢を追った。……ようやく叶ったんだけどな。誰も喜んでくれない」

「……なにをしたのですか?」


 ミューが聞くと、シュラは『ワーム』に視線をやった。


「そんなに難しい話じゃない。……『蛇』を倒せなかったのは、『蛇』の魂がその内部で完結してるからだ。個体が死んでも、あいつらの魂は『蛇』という総体の中に還って再生する」

「そ、……そんなものどうやって……」

「だから、『球体』を造った」


 シュラは深く息を吐いた。


「要は、魂が還る機構を邪魔してやればいいだけだ。倒した個体の魂を蛇に還さず、そのまま捕まえる」

「魂を……捕まえる?」

「ああ」


 シュラは頷く。


「蛇も人間も変わらない。少なくとも、『魂を持つ生物』という点ではな。だったら、蛇の魂を宿すことができる無垢の器さえ用意してやれば……()()()()()()()()()()()()()、魂を捕まえることもできるはずだ」

「精霊と同じように、ですか……」


 ミューが思わず呟くと、シュラは淡々と言葉を返した。


「師匠は『死者の魂を受け容れる』と言っていた。だが、俺の目から見れば────事実だけで判断すれば、()()()()()()だ。ならばその機構を無垢の器に刻み、造ってやればいい……機械仕掛けの『蛇の精霊』を」


 空恐ろしくなりながら、ミューは囁くように聞いた。


「できたのですか、そんなことが」

「簡単じゃなかったがな」


 シュラは淡々と答える。


「捕まえた魂から得た魔力を蛇専用の毒に変換し、砂を媒介に次の蛇を毒殺する。ひたすらにその連鎖を続け、足りない魂の格納容量を補うために数を繋いで自律させた。完成したのは……ちょうどお前たちが来た前日だ」

「……では」


 シュラは頷いた。


「ああ。今日、全てが終わった。……蛇は滅びた。いないんだよ、もう」


 ミューはほとんど、完全犯罪の告白を聞くような気分で話を聞いていた。だが、どうしても分からずに問いかける。


「……どうしてシュラさん以外の方は、同じことに思い至らなかったのですか? 蛇を倒せる可能性があるなら、その方がよほど……」

「俺にも分からない。ただ……師匠たちは球体(コイツ)の設計思想をそもそも理解できていなかったみたいだ」


 シュラは言葉を続ける。


「本を開いても、文字を知らなければ精緻に装飾された紙束にしか見えない。同じ『球体』を見ていても、その役割をどう認識するかは……。……いや。違うのかな。もっと根本的な話なのかもしれない」


 空を見上げながら、シュラは呟いた。


「単に目的が違ったんだ。生き延びることを願ったか、あるいは、外の世界を夢見たか。……師匠たちの願いが間違いだったとは、俺は、思わない」


 そう言って視線を彷徨わせるシュラを、ミューは見つめた。


 人類を絶滅寸前まで追い込んだ化け物。それをたった一人で、自分の意思だけで滅ぼした人間が隣に座っている。


 その所業をなんと呼べばいい。

 偉業というには、あまりに度が過ぎている。

 それともあるいは────。


 そんな一抹の、不安……あるいは、恐怖。

 だが、それはすぐに消えた。

 シュラの声が、あまりにも苦しそうだったからだ。


「……だから分からない。俺には本当に分からないんだ」


 乾いた呼吸で、絞り出すようにシュラは自問する。


「間違っていなかった。誰の想いも、何一つ。……罪を犯す必要なんて、どこにも無かった。()()()()()()()()()()()()、それだけで。それなのに、なぜ師匠や賢人たちは、あんな馬鹿な行動をした? あんな……あんな────()()な」


 その声はひどく、悲しく聞こえた。

 おそらく、だからこそだろう────その瞬間にミューは、この地に齎された災厄の本質を理解してしまった。

 

『なぜ精霊(グレイスフィア)が災厄だったのか?』


 ……漠然と、違和感を抱いてはいた。


 ミューはこの都市の詳しい事情までは知らない。

 だが、彼女たちの行動の大枠は分かる。

 彼女たちは、千を救うため百を切り捨てた。


 冷酷な行為だ。だが、必要な行為だ。

 いったい誰が、それを悪と呼べるのか。精霊(グレイスフィア)が取った行動は、本当に災厄と呼べるようなものだったのか────?


 きっとミューは、心のどこかでそう思っていた。




 ……だが違う。そうではない。

 災厄には、災厄と呼ばれるに足る理由がある。


 ()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 敵など既に、どこにもいない。

 それなのに、ただただ無為に、無駄に、何の意味もなく────無辜の命を踏みにじってしまったのならば。


 それは────……。




 ミューは目眩のするような感覚がした。


 ……それは擁護の余地もなく、罪に違いない。だから精霊は、結局のところ、災厄以外のなにものでもなかった。




 シュラはまだ、気付いていないのだろうか。己の行動こそが、己の最も大切なひとを災厄へと貶めてしまったことに。


 ────そんなわけがない。


 ミューには確信できる。この聡い青年が、こんなロジックに気づかないはずがない。だが……きっとその理性故に、理解もしてしまっているのだ。


 理由はどうあれ、シュラの行動は結果的にヒトを救った。

 たとえそこにどんな事情があろうとも、致命的に間違え、悔いるべき過ちを犯し、ヒトを害したのはグレイスフィアだ。

 ならばそこに生じた罪は、彼女自身にしか贖えない。青年がどれだけ擁護しようとも、歴史は欺瞞を許さない。


 精霊の名は既に、永遠に、罪人として刻まれてしまった。












 ……だからこそ。


 シュラはゆっくりと息を吐き、立ち上がった。

 そして『ワーム』に静かに告げる。


「お前は役目を果たした。ありがとう。……だからもう、休んでくれ」


 徐々に漏れ出る魔力の光が、明るくなり始めた空に登っていく。薄明の中の柔らかな光は、どこまでも清浄だった。


「……よいのですか?」


 どういう意味で聞いたのかはミュー自身にもわからない。

 だが、シュラは頷いた。


「いいんだ、これで。……静かに還してやりたい。蛇もただ、そういう生き物だったってだけだ。悪じゃない」

「そう、ですか……」


 シュラは淡く笑った。

 そうして光を見つめながら、ぽつりと言う。


「……なんでかな。意外と、悪い気分じゃないんだ」


 本心から言葉を吐き出した。


「お前たちが来てくれてよかった。……本当に」

「……どうして」


 戸惑うミューに、シュラは静かに言った。


「……今夜、きっと本当は、全部間違えたままに終わってしまう筈だったんだ。誰も知らないまま、後悔だけが残る……そんなふうに。でも……」


 青年は空を見つめて、呟く。


「罪は、成立する前に祓われた。今夜は誰も、何も……罪を犯さないままに還った。だから────」


 目を閉じる。


 この瞬間、この己は、大切な人を想っていてもいい。

 誰に憚ることもなく、ただ、純粋に。


 それはシュラにとってひどく個人的でささやかな、けれど紛れもなく────救済と、そう呼べるものだった。






 空が朝焼けに燃え上がる。

 真っ直ぐな陽射しが砂漠を染める。


 シュラはぽつりと言った。


「もう少し……ここにいようと思う。先に戻っていてくれ」


 ミューは頷いて、立ち上がった。


「……朝ごはん、できるのにまだ時間がかかりますから。でも、あまり身体を冷やさないように」

「ああ。……そうする。ありがとう」


 軽く手を振ってミューは家の中に戻る。


 灰色髪の青年はそれからしばらく、じっと目を細めて、空を煌めかせながら昇る太陽の姿を見つめていた。

 

 


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誰もが優しく、誰もが悪くなかった…誰も助からなかったが、誰もが救われた…泣けた。
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