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評価ゼロの俺を切った会社を、潰れる前に俺が買うことにした 最下位営業の反撃――粉飾決算と裏切りに支配された会社の終わり  作者: かーすけ


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第8話 「揺れる均衡」

 翌日。

 オフィスは、妙に静かだった。

 誰もが普段通りに仕事をしている。

 電話も鳴るし、会話もある。

 だが——

 どこか一歩引いた空気。


 (全員、様子見か)

 蓮は画面を見ながら思う。

 昨日の“呼び出し”と“戻ってこない人間”。

 誰も口には出さない。

 だが、全員が理解している。

 (削られてる)

 静かに。

 確実に。

 そのとき。

「神谷」

 低い声。

 顔を上げると、部長が立っていた。

「ちょっと来い」

 短く言う。

 周囲の視線が、一瞬だけ集まる。

 すぐに逸れる。

 (またか)

 蓮は無言で立ち上がる。


 会議室。

 ドアが閉まる。

 二人きり。

 数秒の沈黙。

「最近、動きがいいな」

 部長が言う。

「そうですか」

 蓮は表情を崩さない。

「数字も、安定してる」

 評価。

 だが、その目は探っている。

「ありがとうございます」

 形式的に返す。

 部長は、ゆっくりと椅子に座る。

「一つ、聞く」

 空気が変わる。

「佐伯と、よく話してるな」

 心臓が、わずかに強く打つ。

 だが、顔には出さない。

「隣の席ですから」

 自然な返答。

 部長は、じっと蓮を見る。

 数秒。

 そして。

「そうか」

 それ以上は追わない。

 だが——

 (見てるな)

 確実に。


「それと」

 部長が続ける。

「経理の中原」

 一瞬、空気が止まる。

「関わるな」

 はっきりと言った。

 理由は説明しない。

 だが、その一言で十分だった。

 (バレてる……?)

 いや。

 完全ではない。

 だが、警戒されている。

「……分かりました」

 蓮は短く答える。

 部長は満足そうに頷く。

「余計なことはするな」

 念押し。

 そのまま、話は終わった。


 部屋を出る。

 廊下。

 空気が、少し重い。

 (監視は強まってるな)

 状況は、確実に悪化している。

 だが——

 (想定内だ)

 席に戻る。

 その途中。

 ふと、違和感。

 (……いない)

 佐伯の席。

 空いている。

 時計を見る。

 外出の予定はなかったはず。

 (どこ行った)

 そのとき。

「神谷さん」

 声をかけられる。

 振り向くと、中原だった。

「ちょっといい?」

 短く言う。

 表情はいつも通り。

 だが、目が違う。

「……何かあった?」

 歩きながら聞く。

 中原は、小さく頷く。

「来て」


 昨日と同じ、経理室の奥。

 中に入る。

 ドアが閉まる。

「これ見て」

 すぐに本題。

 PCの画面が向けられる。

 表示されているのは——

 アクセスログ。

「増えてる」

 中原が言う。

 確かに。

 見慣れないIDのアクセスが、昨日より増えている。

 しかも——

「時間帯が、広がってる」

 深夜。

 早朝。

 完全に監視。

「完全にマークされてる」

 中原の声は冷静だが、速い。

 焦りが混じっている。

「それだけじゃない」

 さらに画面を切り替える。

「これ」

 表示されたのは、別のログ。

 ファイルの閲覧履歴。

 蓮は、目を細める。

「……これ」

 見覚えのあるファイル名。

 昨日、三人で見たデータ。

「誰かが開いてる」

 中原が言う。

「私たちの後で」

 時間を見る。

 ——今朝。

 ついさっき。

「……誰が」

 佐伯の顔が、一瞬よぎる。

 だが——

 (早すぎる)

 判断はまだ。


 そのとき。

 ——ガチャ。

 ドアが開く。

 二人が同時に振り向く。

 立っていたのは——

 佐伯だった。

「……何してるの?」

 いつも通りの口調。

 だが。

 (タイミングが良すぎる)

 蓮は、ゆっくりと答える。

「仕事」

 短く。

 佐伯は、部屋の中を見回す。

 PC。

 画面。

 中原。

 全てを確認するように。

「ふーん」

 軽く言う。

 そして。

「探したよ」

 蓮を見る。

「席いなかったから」

 理由としては自然。

 だが——

 (視線が違う)

 どこか、探るような目。

 昨日までとは、わずかに違う。


「何か用ですか」

 蓮が聞く。

 佐伯は、一瞬だけ間を置き。

「いや、別に」

 そう言って笑う。

 だが、その笑いは薄い。

「ちょっと気になっただけ」

 何が。

 とは言わない。

 沈黙。

 三人の間に、妙な間が生まれる。

 そのとき。

 中原が、静かに言った。

「……佐伯」

 名前を呼ぶ。

「今朝、ここ来た?」

 直球。

 空気が凍る。

 佐伯は、一瞬だけ目を細め。

 そして、すぐに笑った。

「来てないよ」

 即答。

 迷いはない。

 だが——

 (早い)

 考える間がなかった。

 用意された答え。

「ログ、残ってるけど」

 中原が続ける。

 追い込む。

 佐伯の表情が、わずかに固まる。

 ほんの一瞬。

 だが——

 見逃さない。

「……マジで?」

 驚いたように言う。

「誰かと間違えてるんじゃない?」

 自然な返し。

 だが。

 (ズレてる)

 “否定”ではなく、“回避”。

 蓮は、静かに口を開く。

「じゃあ、誰だと思います?」

 視線を外さずに聞く。

 佐伯は、少しだけ考え。

 肩をすくめた。

「さあね」

 そして。

「でもさ」

 一歩、近づく。

 声を落とす。

「疑いすぎじゃない?」

 その一言。

 空気が、一気に変わる。

「この状況で?」

 中原が冷たく返す。

「当たり前でしょ」

 正論。

 佐伯は苦笑する。

「まあ、そうだけどさ」

 軽く流す。

 だが、その目は——

 笑っていない。

 数秒の沈黙。

 そして。

「俺、戻るわ」

 佐伯が言う。

 ドアに向かう。

 その手が、ノブにかかる。

 一瞬、止まる。

 振り返らないまま。

「——気をつけろよ」

 低く言う。

 それだけ残して、出ていく。

 ドアが閉まる。

 静寂。


 中原が、小さく息を吐く。

「……どう思う?」

 蓮に聞く。

 蓮は、しばらく何も言わない。

 頭の中で、整理する。

 タイミング。

 視線。

 言葉。

 そして——

 ログ。

「……黒とは言い切れない」

 ゆっくりと言う。

「でも」

 一拍。

「白でもない」

 中原が、静かに頷く。

「同感」

 完全な味方ではない。

 だが、敵とも限らない。

 最悪の状態。

「どうする?」

 中原が聞く。

 蓮は、画面を見る。

 ログ。

 データ。

 そして、選別リスト。

 (時間がない)

 決断が必要だ。

「……利用する」

 静かに言う。

「疑いながら」

 それが最適解。

 中原は、少しだけ笑った。

「最低」

 だが、その顔は納得している。

 蓮も、わずかに笑う。

「生き残るためです」

 それが全てだった。


 外では、いつも通りのオフィスが動いている。

 だが——

 この中では。

 誰が味方で、誰が敵か。

 もう、分からない。

 均衡は、静かに崩れ始めていた。

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