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評価ゼロの俺を切った会社を、潰れる前に俺が買うことにした 最下位営業の反撃――粉飾決算と裏切りに支配された会社の終わり  作者: かーすけ


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第3話  「会社の値段」

 夜の街は、やけに静かだった。

 昼間の喧騒が嘘みたいに消えている。


 蓮はスマートフォンの地図を確認しながら、指定された場所へと向かっていた。

 駅から少し離れた、古い雑居ビル。

 看板も出ていない。

 (……ここか)

 一瞬だけ立ち止まる。

 だが、すぐに扉を押した。


 中は小さなバーだった。

 薄暗い照明。

 カウンターに数席だけの、静かな空間。

 客は一人。

 奥の席に座る男が、グラスを傾けていた。


 「来たか」

 顔を上げたのは、小野寺誠だった。


 昼間に見るスーツ姿とは違う。

 ネクタイを外し、どこかラフな雰囲気。

 だが、その目だけは変わらない。


 「座れ」

 短く言われ、蓮は向かいに座る。


 「飲むか?」

 「……いえ」

 首を振る。

 そんな余裕はない。


 小野寺は軽く笑い、グラスを置いた。

 「で?」

 まっすぐに見てくる。

 「どこまで気づいた」


 蓮は少しだけ言葉を選ぶ。

 「数字が、合ってない」

 「それだけか」

 「……意図的にズラされてる」

 数秒の沈黙。


 小野寺は、満足そうに頷いた。

 「十分だ」

 そう言って、テーブルに一枚の紙を置く。

 「見ろ」


 蓮はそれを手に取る。

 そこに書かれていたのは——

 簡単な財務データだった。

 売上。利益。負債。

 そして。


 (……なんだ、これ)


 見た瞬間、違和感が走る。

 「これ……うちの会社ですか?」

 「そうだ」

 だが、社内で見ている数字とは違う。


 「外から見た“本当の数字”だ」

 その一言で、背筋が冷える。

 「……こんなに、悪いんですか」

 蓮の声は、無意識に低くなっていた。


 小野寺はあっさりと答える。

 「もう崩壊寸前だ」

 言葉が、軽い。

 だが、内容は重すぎる。


 「資金はあと数日」

 「……そんな」


 頭の中で、社内の風景がよぎる。

 いつも通りのオフィス。

 いつも通りの会議。

 誰も、そんな顔はしていなかった。


 「気づいてないと思うか?」

 小野寺が言う。

 「上は全部知ってる」

 その一言で、全てが繋がる。


 (隠してる……)


 「粉飾だ」

 はっきりと言い切る。

 蓮は言葉を失った。


 「なんで、そんなこと——」

 思わず口に出る。

 小野寺は肩をすくめた。

 「延命だな」

 「延命……」

 「潰れるのを、少し先に伸ばしてるだけだ」


 静かな説明。

 だが、その実態は——。

 (ただの時間稼ぎ……)


 「じゃあ、このままだと」

 「潰れる」

 即答だった。

 逃げ道はない。


 蓮は、無意識に拳を握っていた。

 「……止められないんですか」

 その問いに、小野寺は一瞬だけ笑った。

 「面白いこと言うな」


 グラスを軽く揺らす。

 「止める必要があるのか?」

 意味が分からなかった。

 「会社なんてのはな」

 小野寺は続ける。

 「潰れるときは潰れる」

 あまりにもあっさりとした言い方。

 「問題はその後だ」


 その言葉に、蓮は顔を上げる。

 小野寺の目が、わずかに鋭くなる。

 「価値は残る」

 一語ずつ、はっきりと。


 「人材。顧客。技術。ブランド」

 指でテーブルを叩く。

 「全部、消えるわけじゃない」

 そこで、ようやく理解が追いつく。

 (……まさか)


 「潰れる前に拾う」

 小野寺が言う。

 「それが、“買う”ってことだ」


 空気が、変わる。

 蓮は何も言えなかった。

 今まで考えたこともない発想。

 会社は守るものだと思っていた。

 立て直すものだと。

 だが——。


 「壊れる前提で考える」

 小野寺の言葉が、頭に響く。

 「それが外の世界だ」

 沈黙。


 数秒後。

 「……俺に、何をしろと」

 やっとのことで言葉を絞り出す。

 小野寺は、わずかに笑った。

 「簡単だ」

 一歩、身を乗り出す。


 「お前は“中”にいる」

 その一言で、全てが決まった。

 「情報を持ってこい」

 低く、はっきりと。

 「本当の数字を」


 鼓動が速くなる。

 それが何を意味するのか、分からないほど鈍くはない。

 「それ、って……」

 「そうだ」

 被せるように言う。

 「裏切りだ」


 言葉が、突き刺さる。


 会社を裏切る。

 上司を裏切る。

 仲間を——。

 (……違う)


 ふと、頭をよぎる。

 (先に裏切ったのは、どっちだ)

 数字を偽り、現実を隠し、崩壊に向かっている会社。

 「どうする」

 小野寺が問う。


 逃げることもできる。

 何も知らなかったことにすることも。

 だが。


 蓮は、ゆっくりと顔を上げた。

 「……やります」


 言葉は、自然に出ていた。

 小野寺は満足そうに頷く。

 「いい判断だ」


 そして、最後に一言。

 「値段を決めるのは、情報を持ってる側だ」

 その言葉が、深く残る。


 店を出ると、夜の空気がやけに冷たかった。

 スマートフォンが震える。


 画面を見る。

 麻衣からのメッセージ。


 『本気で関わるつもり?』


 短い一文。

 蓮は少しだけ考え。

 そして。

 『もう決めた』

 そう返した。


 既読がつくまで、時間はかからなかった。

 だが、返事はすぐには来ない。

 数秒後。


 画面に表示されたのは——

 『なら、明日来て』

 一行だけ。


 その意味を考える間もなく。

 次のメッセージが届く。

 『見せるものがある』

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