第2話 「数字の裏側」
“犯人”として名指しされた男が、なぜか動じていない
昼下がりの経理部。
営業フロアとは違い、静かで、張り詰めた空気がある。
その中で、蓮は明らかに“異物”だった。
「何?」
麻衣の冷たい声だった。
机に座ったまま、視線すら上げない。
キーボードを叩く指が止まらない。
「ちょっと、確認したいことがあって」
「昨日のデータなんだけど」
蓮は慎重に言葉を選ぶ。
「現金残高、やっぱりおかしいよね?」
その一言で。
麻衣の指がぴたりと止まった。
数秒の沈黙。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
視線がぶつかる。
初めて、まともに目が合った。
「……で?」
麻衣が言う。
「何が言いたいの」
蓮は一瞬だけ迷い、それから口を開いた。
「売上が伸びてるのに、現金が減ってる」
「それだけなら、あり得る」
「でも」
一拍。
「同じ数字が、続いてる」
その瞬間。
麻衣の表情が、わずかに変わった。
ほんの一瞬。
だが確かに、“見過ごせない何か”がそこにあった。
「……帰って」
低く言う。
「これ以上は、関わらない方がいい」
拒絶。
だが——。
「やっぱり、何かあるんだな」
蓮がそう言うと、麻衣は目を細めた。
「知らない方がいいこともある」
「でも、もう見ちゃった」
静かに返す。
沈黙。
数秒。
やがて。
麻衣は小さく息を吐いた。
「……一つだけ教える」
視線を落としたまま、言う。
「その数字、“動かされてる”」
「……誰に?」
思わず問い返す。
だが。
麻衣は首を振った。
「そこまでは言えない」
立ち上がる。
会話は終わりだと告げるように。
「帰って」
もう一度、同じ言葉。
だが今度は、さっきよりも少しだけ柔らかかった。
蓮はそれ以上言わず、経理部を後にした。
廊下を歩きながら、考える。
(数字が、動かされている)
つまり。
誰かが、意図的に。
(なんのために)
そのとき。
ポケットのスマートフォンが震えた。
画面を見る。
知らない番号。
一瞬迷ってから、通話ボタンを押す。
「——蓮か」
低い男の声。
聞き覚えはない。
「誰ですか」
短く問う。
少しの間。
そして。
「小野寺だ」
その名前に、心臓がわずかに跳ねる。
取引先の社長。
なぜ、直接——。
「一度、会え」
短く言う。
「話がある」
「……何の話ですか」
数秒の沈黙。
そして。
「お前の会社の“値段”の話だ」
通話が切れる。
蓮は、その場に立ち尽くした。




