第22話 「交差点」
夜。
雨が降っていた。
細かい雨粒が、アスファルトを鈍く光らせる。
蓮は、一人で歩いていた。
スマートフォンの画面には、簡潔なメッセージ。
——「来い」
差出人は、佐伯。
場所は、都心から少し外れたビル。
オフィス街でも、住宅地でもない。
中途半端な場所。
(わざわざ、ここか)
意図は分かる。
人目を避けるため。
それだけじゃない。
「どこでもいい場所」だからだ。
つまり——
どちらのフィールドでもない。
対等。
あるいは。
無法。
ビルの前で、足を止める。
古い建物。
明かりは、上の階に一つだけ。
そこだ。
エレベーターは使わない。
階段を上がる。
一段ずつ。
音を立てずに。
そして——
三階。
ドアが、半開きになっている。
中から、わずかに光。
蓮は、軽くノックする。
返事はない。
そのまま、ドアを押す。
中に入る。
薄暗い部屋。
机が一つ。
椅子が二つ。
そして——
窓際に立つ男。
「遅いな」
振り向かずに言う。
佐伯。
「時間通りです」
蓮が答える。
ドアを閉める。
カチリ、と音。
外界が遮断される。
佐伯が、ゆっくりと振り向く。
目が合う。
その瞬間。
前回とは違う“何か”がある。
「……顔、変わったな」
佐伯が言う。
蓮は、わずかに笑う。
「お互いに」
事実。
佐伯もまた——
前よりも鋭くなっている。
余計なものが削ぎ落とされている。
「で」
佐伯が、椅子に腰を下ろす。
顎で、向かいを示す。
「座れよ」
命令でも、誘いでもない。
ただの事実提示。
蓮は、黙って座る。
テーブルを挟んで、向かい合う。
沈黙。
長い。
だが、不快ではない。
張り詰めている。
その中で——
佐伯が、口を開く。
「知ってるだろ」
一拍。
「俺の件」
社内問題。
越境の一手。
すでに、噂は回っている。
蓮は、頷く。
「ええ」
短く。
佐伯は、少しだけ笑う。
「で?」
一拍。
「どう思う」
試す。
評価を聞く。
だが——ただの興味ではない。
“どっち側か”を測っている。
蓮は、数秒考える。
そして。
答える。
「やりすぎです」
はっきりと。
否定。
だが——感情は乗せない。
事実として。
佐伯は、頷く。
予想通り。
「だよな」
あっさり認める。
その上で——前に、少し身を乗り出す。
「でも」
一拍。
「取れる」
低く言う。
確信。
揺るがない。
「一週間で、形にする」
期限付き。
リスク込み。
だが——現実的なライン。
蓮は、じっと見ている。
その目を。
嘘はない。
(本気だな)
だからこそ、危険。
「その後は?」
蓮が聞く。
佐伯の目が、わずかに動く。
「どういう意味だ」
蓮は、静かに言う。
「一回取って」
一拍。
「その後、維持できますか」
核心。
短期と長期。
そこが、分かれ目。
沈黙。
数秒。
佐伯は、目を逸らさない。
そして——答える。
「維持する必要あるか?」
逆に問う。
蓮の眉が、わずかに動く。
「どういうことですか」
佐伯は、笑う。
静かに。
「取れればいい」
一拍。
「次に行けばいい」
その一言。
思想が、完全に露わになる。
積み上げない。
回す。
回転させる。
その中で、利益を取る。
「崩れる前に抜ける」
それが——
やり方。
蓮は、何も言わない。
ただ、聞く。
そして。
ゆっくりと、口を開く。
「それは」
一拍。
「使い捨てですね」
静かな指摘。
否定ではない。
定義。
佐伯は、頷く。
「そうだ」
あっさりと。
迷いはない。
その潔さが——逆に重い。
「悪いか?」
問い。
挑発ではない。
純粋な確認。
蓮は、少しだけ考える。
そして——答える。
「悪くはない」
一拍。
「ただ」
視線を、まっすぐ向ける。
「長くは続かない」
断言。
その根拠は——
言わなくても分かる。
信頼。
再現性。
蓄積。
それらが、欠ける。
佐伯は、笑った。
「だからいいんだよ」
即答。
「長くやる必要がない」
一拍。
「その前に、全部取る」
空気が、変わる。
その言葉。
ただの強がりではない。
計画。
蓮の目が、わずかに細くなる。
(どこまで見てる)
そのとき。
佐伯が、ゆっくりと言った。
「お前のとこ」
一拍。
「同じことやってるだろ」
核心。
蓮の動きが、止まる。
ほんの一瞬。
だが——
見逃さない。
佐伯は、笑う。
「顔に出たな」
確信。
「選んで、切って、拾う」
一拍。
「違いはスピードだけだ」
その通りだ。
否定できない。
蓮は、沈黙する。
言葉を探す。
だが——見つからない。
「だからさ」
佐伯が、少しだけ身を引く。
椅子に深く座る。
「組まないか」
唐突な一言。
空気が、止まる。
「……何ですか」
蓮が、低く聞く。
佐伯は、まっすぐ見る。
「お前の“仕組み”と」
一拍。
「俺の“スピード”」
組み合わせる。
最強の形。
「全部、取れる」
静かに言う。
嘘はない。
確かに、それは——強い。
沈黙。
長い。
雨の音だけが、響く。
蓮は、目を閉じる。
数秒。
思考が、回る。
合理的には——正しい。
だが。
(それは)
一拍。
(終わりだな)
どこかで、確信する。
そして。
目を開ける。
答える。
「やりません」
短く。
はっきりと。
拒否。
空気が、わずかに揺れる。
だが——佐伯は、驚かない。
むしろ。
少しだけ笑った。
「だろうな」
予想通り。
その上で——立ち上がる。
「じゃあ」
一拍。
「敵だな」
宣言。
完全に。
蓮も、立ち上がる。
「ええ」
迷いなく。
そして。
「次は、止めます」
静かに言う。
警告。
いや——
予告。
佐伯は、笑った。
心底楽しそうに。
「やってみろ」
その一言。
ドアへ向かう。
開ける。
雨の音が、一気に入ってくる。
振り返らない。
そのまま、出ていく。
ドアが閉まる。
静寂。
蓮は、一人残る。
しばらく動かない。
そして。
小さく、息を吐く。
「……厄介だな」
正直な感想。
だが——同時に。
(面白い)
そうも思っている。
窓の外。
雨は、まだ降っている。
だが——その先にあるものは。
もう、はっきり見えている。




