第20話 「選ばれる理由」
「……決めよう」
その一言で——
空気が凍りつく。
役員たちの視線が、ゆっくりと動く。
蓮と、佐伯。
どちらも外さない。
どちらも捨てがたい。
だが——
選ばなければならない。
中央の男が、指を動かす。
ほんのわずかに。
そして。
その指は——
蓮を指した。
「今回は、こちらで」
静かな決定。
だが、その重みは大きい。
空気が、緩む。
わずかに。
だが確実に。
「理由は明確です」
男が続ける。
視線は、佐伯にも向けられる。
逃げ場はない。
「あなたの提案は、強い」
評価。
正直な。
「だが」
一拍。
「会社としては、採れない」
冷静な判断。
個ではなく、組織。
その論理。
「再現できないものは」
短く。
「信用できない」
完全な線引き。
佐伯は、動かない。
ただ、聞いている。
表情は変わらない。
だが——
その奥で、何かが沈んでいく。
「彼は違う」
視線が、蓮へ戻る。
「同じ結果を、もう一度出せる」
それが、価値。
それが、選ばれた理由。
沈黙。
そして。
「以上です」
決着。
完全な。
会議室を出る。
ドアが閉まる。
外の空気。
静かだ。
だが——
さっきまでの緊張が、まだ残っている。
数歩。
二人は、無言で歩く。
そして。
エレベーターホール。
そこで、止まる。
沈黙。
長い。
先に口を開いたのは——
佐伯だった。
「……負けたな」
小さく。
だが、はっきりと。
認める。
言い訳はない。
逃げもない。
ただの事実。
蓮は、少しだけ間を置いて。
「ええ」
短く返す。
余計な言葉は、いらない。
その方が、誠実だ。
「でも」
佐伯が、続ける。
顔を上げる。
その目には——
悔しさと。
それ以上の、何か。
「間違ってない」
自分の選択を、否定しない。
蓮は、わずかに頷く。
「そうですね」
それもまた、事実。
あの場では、あれが最善だった。
ただ——
選ばれなかっただけ。
そのとき。
エレベーターが到着する。
チン、という音。
ドアが開く。
だが、二人とも動かない。
もう少しだけ、この空間にいる。
「一つだけ」
佐伯が言う。
蓮を見る。
まっすぐに。
「お前」
一拍。
「どこまで行くつもりだ」
唐突な問い。
だが——
本質。
蓮は、少しだけ考える。
そして。
答える。
「行けるところまで」
曖昧。
だが、嘘ではない。
佐伯は、小さく笑った。
「いいな」
そして。
「じゃあ、俺も行く」
短く。
宣言。
その言葉の意味を——
蓮は、正確に理解する。
(こいつ、止まらないな)
あの一手。
あれで終わる男ではない。
むしろ——
ここから、もっと踏み込んでくる。
「気をつけてください」
蓮が言う。
軽く。
だが、その裏には本気がある。
「戻れなくなりますよ」
忠告。
それに対して。
佐伯は、笑った。
「もう遅い」
即答。
そして——
エレベーターに乗る。
ドアが閉まる直前。
「次は、勝つ」
その一言を残して。
閉まる。
静寂。
残されたのは、蓮一人。
同時刻。
別の場所。
車の中。
佐伯は、シートに深く体を預けている。
目を閉じる。
数秒。
そして——
ゆっくりと、スマートフォンを取り出す。
履歴。
さっきの通話。
あの“越境”の一手。
まだ、生きている。
「……さて」
小さく呟く。
目を開ける。
その視線は——
冷たい。
「どう転がすか」
あの契約は、まだ確定していない。
だが。
動き始めている。
会社を通さずに。
ルールの外で。
「一社じゃ足りないな」
次の番号を、選ぶ。
さらに大きい。
さらに危険な相手。
発信。
コール音。
鳴る。
鳴る。
そして——
「……はい」
繋がる。
佐伯は、笑った。
静かに。
「話がある」
その一言。
新しい火種が、生まれる。
夕方。
オフィス。
蓮は、報告を終えていた。
「受注です」
短く。
麻衣は、頷く。
「知ってる」
すでに情報は回っている。
その速さ。
ここが“外”。
「いいよ」
それだけ。
評価は、シンプル。
だが。
そのとき。
麻衣が、ふと聞く。
「相手、どうだった?」
意味は明確。
佐伯。
蓮は、少しだけ考え。
答える。
「危ないですね」
率直に。
麻衣は、笑った。
「でしょ」
軽く言う。
だが——
その目は、笑っていない。
「そういうのが、一番厄介」
一拍。
「ルール壊してくるから」
その通り。
蓮は、静かに頷く。
そして。
窓の外を見る。
街の灯り。
いつもと同じ景色。
だが——
もう、同じではない。
(次は、もっと荒れるな)
確信がある。
佐伯は、止まらない。
そして——
自分も。
止まらない。
静かに、息を吐く。
その目は——
もう、迷っていない。




