第18話 「同じ手、違う使い方」
夜。
オフィスの明かりは、半分以上が落ちている。
残っているのは、ほんの数人。
その中で——
蓮は、一人で資料を見ていた。
次の案件。
さっき麻衣から渡された、大口顧客。
条件は厳しい。
だが——
(取れる)
感覚はある。
問題は、時間。
競合も動いている。
そして——
(あいつも来るな)
直感。
佐伯。
あの場で終わる男ではない。
むしろ——
ここからが本番。
そのとき。
スマートフォンが震える。
画面を見る。
非通知。
数秒、見つめる。
そして——
出る。
「神谷です」
名乗る。
すぐに、声が返る。
「——準備いいか?」
低い声。
聞き覚えがある。
佐伯。
やはり来た。
「何のですか」
とぼける。
だが——
無駄だと分かっている。
佐伯は、小さく笑った。
「同じ案件だろ」
確信。
逃げ道はない。
「ええ」
蓮は、あっさり認める。
沈黙。
数秒。
その中で——
互いに測る。
距離を。
「一つ提案がある」
佐伯が言う。
来た。
だが——
蓮は、何も言わない。
続きを促す。
「今回は、ぶつけよう」
意外な言葉。
だが——
理にかなっている。
「手を隠さず、正面から」
一拍。
「どっちが上か、はっきりさせる」
宣戦布告。
逃げない。
濁さない。
完全勝負。
蓮は、わずかに笑った。
「いいですね」
即答。
迷いはない。
「受けます」
短く。
その一言で——
関係が、決まる。
協力でも、駆け引きでもない。
対立。
「場所は?」
蓮が聞く。
佐伯は答える。
「明日、朝一」
一拍。
「先方の本社」
完全な同席。
逃げ場なし。
「分かりました」
通話が切れる。
静寂。
だが——
その空気は、重くない。
むしろ。
(分かりやすい)
余計な読み合いがない。
純粋な勝負。
蓮は、資料を閉じる。
そして。
ゆっくりと立ち上がる。
「……面白い」
小さく呟く。
ここからが、本当の意味での“外”。
甘さは、一切通用しない。
翌朝。
大型オフィスビル。
受付前。
蓮は、一人で立っている。
時計を見る。
約束の時間、五分前。
そのとき。
「早いな」
声。
振り向く。
佐伯が歩いてくる。
昨日よりも、少しだけ整った表情。
だが、その目は鋭いまま。
「遅れる理由がないので」
蓮が言う。
佐伯は、軽く笑う。
「いいな、その感じ」
そして。
並ぶ。
同じ方向を見て。
だが——
味方ではない。
「確認だけど」
佐伯が言う。
「手加減なしでいいよな」
蓮は、即答する。
「当然です」
その一言で、全てが決まる。
受付を通る。
エレベーター。
無言。
だが、その沈黙は——
心地いいほど張り詰めている。
階が上がる。
チン、という音。
ドアが開く。
そこに広がるのは——
広いフロア。
そして、奥の会議室。
案内される。
ドアの前で止まる。
一瞬だけ、二人の視線が合う。
そして。
同時に、頷く。
覚悟の確認。
ドアが開く。
中に入る。
そこには——
三人の役員。
全員が、こちらを見ている。
評価する目。
値踏みする目。
逃げ場はない。
「どうぞ」
席に促される。
蓮と佐伯、横並び。
だが——
見えない線が引かれている。
「では」
中央の男が口を開く。
「提案を」
その一言で——
戦いが始まる。
蓮は、資料を開く。
だが。
今回は、違う。
準備した通りには、やらない。
(読まれてる前提で動く)
それが、今回のテーマ。
「まず」
静かに切り出す。
「前提を共有させてください」
役員たちが、わずかに反応する。
“前提”。
通常の営業では、あまり使わない言葉。
「今回の件」
一拍。
「御社は、すでに複数社から提案を受けているはずです」
事実。
だが——
あえて口にする。
空気が、わずかに変わる。
「その中で」
視線を、まっすぐ向ける。
「なぜ、我々を呼んだのか」
問いを、投げる。
沈黙。
数秒。
役員たちが、互いに視線を交わす。
想定外。
その反応で、分かる。
(刺さってるな)
蓮は、続ける。
「条件ではない」
一拍。
「違いを見ている」
核心。
その瞬間——
横で、佐伯がわずかに笑った。
(同じか)
考えていることが。
だが。
次の瞬間——
佐伯が、口を開く。
「その通りです」
割り込む。
空気が揺れる。
だが、止まらない。
「だから」
一歩前に出る。
「俺は、条件の話はしません」
蓮の目が、細くなる。
(潰しに来たな)
自分の土俵を、奪う。
強い一手。
佐伯は続ける。
「御社が欲しいのは」
一拍。
「“コントロール”ですよね」
核心を突く。
役員の一人の眉が、わずかに動く。
当たり。
「外部に依存せず」
「自分たちで握る」
そのためのパートナー。
それが——
今回の本質。
沈黙。
空気が、変わる。
完全に、主導権が動いた。
蓮は、ゆっくりと息を吐く。
そして——
笑った。
(いいな)
本気で来ている。
なら——
こちらも、出し切るだけ。
蓮は、静かに口を開く。
「では」
一拍。
「その“コントロール”」
視線を、まっすぐに向ける。
「奪いに来てるのは、どちらだと思います?」
逆転の問い。
空気が、再び揺れる。
勝負は——
まだ、終わらない。




