第12話 「値段を決める者たち」
ビルの最上階。
ガラス張りの会議室。
夜景が、足元まで広がっている。
だが——
その美しさとは裏腹に、空気は冷え切っていた。
テーブルの上には、いくつかのタブレット。
数字が並んでいる。
そして、その中央に——
蓮と中原が座っていた。
向かい側。
小野寺と麻衣。
そして、もう一人。
見知らぬ男。
無言で資料を見ている。
「揃ったね」
麻衣が言う。
形式的な一言。
だが、すぐに本題に入る。
「データ」
視線が、蓮に向く。
蓮は、無言でUSBを取り出す。
別のもの。
“本物”。
テーブルに置く。
小野寺がそれを手に取る。
差し込む。
画面に、データが展開される。
資金繰り。
二重帳簿。
選別リスト。
すべて。
数秒。
誰も喋らない。
ただ、数字だけが流れる。
やがて。
「……想像以上だな」
小野寺が呟く。
声に、わずかな感心。
「完全に終わってる」
隣の男が初めて口を開く。
低い声。
感情はない。
「資金ショートは、三日以内」
中原が補足する。
事実だけを。
男は頷く。
「なら——」
タブレットを操作する。
画面が切り替わる。
評価シート。
項目が並ぶ。
人材。
顧客。
技術。
ブランド。
そして——
「負債」
大きく赤字で表示される。
「ここが問題だな」
男が言う。
「引き取るには重すぎる」
当然の判断。
「切り分けるしかない」
麻衣が言う。
即断。
「不採算部門は全部切る」
迷いはない。
中原の指が、わずかに止まる。
自分の部署。
経理も、その中に含まれる可能性がある。
だが、何も言わない。
言う立場ではない。
「人材は?」
小野寺が聞く。
麻衣が、画面を操作する。
選別リストが表示される。
「Aは確保」
淡々と。
「Bは再評価」
そして。
「Cは切る」
そのまま。
そこに、情はない。
「この“佐伯”ってのは?」
男が指で示す。
Aランク。
確保対象。
蓮の視線が、一瞬だけ動く。
「営業で数字持ってる」
麻衣が説明する。
「ただ——」
一拍。
「リスクあり」
裏切り。
不安定要素。
「外すか?」
男が言う。
合理的な判断。
だが——
「いや」
小野寺が首を振る。
「使える」
短く言う。
「裏切るやつは、また裏切る」
その通りだ。
「なら」
少しだけ笑う。
「こちら側で使えばいい」
空気が、わずかに変わる。
冷たい発想。
だが、合理的。
「本人は?」
麻衣が、蓮に視線を向ける。
「どう思う」
試すような問い。
蓮は、数秒考える。
そして。
「使えます」
はっきりと言う。
中原が、わずかに眉を動かす。
だが、口は出さない。
「理由は?」
男が聞く。
蓮は答える。
「一度、裏切った人間は」
一拍。
「選択に迷いがない」
覚悟が決まる。
良くも悪くも。
「なるほど」
男が頷く。
納得。
「じゃあ決まりだな」
あっさりと言う。
そして——
画面に、最終評価が表示される。
全員の視線が集まる。
そこに書かれていた数字。
——“12億”
沈黙。
中原が、小さく息を飲む。
あまりにも安い。
だが——
これが現実。
「安いな」
蓮が呟く。
無意識に。
小野寺が笑う。
「当たり前だ」
「潰れる会社に、価値はない」
冷たい事実。
そして。
「だが——」
指で、別の項目を叩く。
人材。
顧客。
そこに、価値がある。
「ここを取る」
それが全て。
会社ではない。
中身だけを。
「決まりだな」
男が言う。
契約が、動く。
この瞬間。
一つの会社の“終わり”が決まった。
同時に——
新しい価値の“始まり”も。
そのとき。
麻衣が、静かに言った。
「処理はどうする?」
視線は、蓮ではない。
小野寺。
つまり——
“残った人間たち”の話。
小野寺は、少しだけ考え。
「予定通りだ」
短く言う。
「混乱させて、一気に切る」
逃げ場を与えない。
その中で——
「使えるやつだけ拾う」
選別。
完全な。
中原の指が、わずかに震える。
だが——
止めない。
止められない。
「じゃあ」
麻衣が立ち上がる。
「始めようか」
その一言で。
全てが、動き出す。
同時刻。
会社ビル。
会議室。
椅子に座らされている男。
——佐伯。
両腕は拘束されていない。
だが、逃げ場はない。
目の前には——
部長。
無言で立っている。
「……なんでだ」
佐伯が言う。
声は、かすれている。
「あと一歩だった」
悔しさ。
恐怖。
混ざっている。
部長は、何も言わない。
ただ、見ている。
「助かるはずだったんだ」
続ける。
「言われた通りにやれば——」
その言葉。
部長の目が、わずかに細くなる。
「誰に言われた」
低く問う。
佐伯は、言葉を詰まらせる。
しまった、という顔。
沈黙。
それで十分だった。
「外と繋がってるな」
確信。
佐伯は、目を逸らす。
答えない。
だが——
否定もしない。
「……使えないな」
部長が呟く。
評価が、下る。
その一言で。
空気が、決まる。
「待ってくれ……!」
佐伯が身を乗り出す。
「まだやれる!」
必死。
だが——
遅い。
部長は、ゆっくりと首を振る。
「一度でも裏切ったやつは」
一拍。
「信用できない」
完全な否定。
だが、それは——
さっきの会議とは、真逆の評価。
「連れていけ」
短い命令。
ドアが開く。
無言の男たちが入ってくる。
佐伯の顔が、青ざめる。
「やめろ……!」
抵抗する。
だが、抑えられる。
力では勝てない。
引きずられるように、立たされる。
そのとき。
「……神谷」
小さく呟く。
その名前に、わずかな感情。
後悔か。
それとも——
別の何かか。
そのまま。
連れていかれる。
ドアが閉まる。
静寂。
部長は、一人残る。
しばらく、何も動かない。
やがて。
小さく、呟く。
「……甘いな」
誰に向けた言葉か。
それは、分からない。
同時刻。
ガラス張りの会議室。
夜景の中で——
契約書に、サインが入る。
インクが乾く。
それだけで。
一つの会社の運命が、確定する。
蓮は、その光景を見ていた。
感情はない。
ただ——
理解している。
(これが、“外”か)
守る場所ではない。
奪う場所。
選ぶ側。
その一員に、自分はなった。
静かに、息を吐く。
そのとき。
麻衣が、横で小さく言った。
「顔、変わったね」
からかうでもなく。
事実として。
蓮は、少しだけ笑った。
「そうですか」
自覚はある。
もう——
戻らない。




