郵便局の朝
『言の葉郵便局』の朝は、巨大なネジを巻くような音で始まる。
中央ホールで行われる朝礼。蓄音機の仮面を被った局長が、言葉を一切発さず、ただその場に「存在」するだけで、空気がピンと張り詰める。
「――以上。今日の配達予定は掲示板を確認すること。ハル、ぼさっとしない!」
ミス・カラスの厳しい声に、ハルは肩を跳ねさせた。ベールの奥の冷ややかな視線を感じながら、慌てて掲示板に目をやる。
横では、人間に化けたクロが
「あーあ、また怒られてやんの」
と、わざとらしく欠伸をしていた。
朝礼が解散になると、ハルは吸い寄せられるように、地下にある『修復室』へと向かった。そこは、現世で傷つき、摩耗してしまった「想い」を治すための、静かな工房だ。
「……ツムギ君、入ってもいい?」
返事の代わりに、カチカチという精密機械をいじる音が返ってきた。
眼鏡を光らせた少年・ツムギが、拡大鏡を覗き込みながらピンセットを動かしている。
「ハルか。……前回の『白い花』、完全に開花させたみたいだね。花の芯だけが戻ってきたよ。はい、これ」
ツムギが差し出したのは、ガラス瓶に入った小さな光の粒だった。
「それは『感謝の残滓』だ。君のペンダントに少しだけ吸わせておいたよ。……でも、君自身の記憶は、まだ全然だね」
ハルは胸元の空っぽのペンダントを触った。確かに少しだけ、昨日より温かい気がする。
「焦っても仕方ないよ。……ところで、さっきウツロさんが変な顔をして戻ってきたけど、何かあったのかな?」
その時。
修復室の壁に溶け込むようにして、フードを被った青年・ウツロが姿を現した。ヘッドホンを首にかけ、スマホのような端末を弄りながら、彼は気だるげに口を開く。
「……あー、いたいた。新人君、ちょっといいかな。次の案件、かなり面倒なやつ引いちゃった」
ウツロが端末を空間にかざすと、そこにある「忘れ物」の情報がホログラムのように浮かび上がった。
「これ、見てよ。普通は『物』とか『言葉』なんだけど……今回の依頼品、**『自分の名前』**なんだよね」
「……名前?」
ハルが首を傾げると、ウツロは少しだけフードを上げた。その瞳には、不可解な戸惑いがある。
「そう。ある若者が、自分の名前をスマホのデータと一緒に『ゴミ箱』に捨てちゃった。それ以来、彼は自分の名前を誰も呼んでくれないし、自分でも思い出せなくなってる。……でも問題はそこじゃない。その捨てられた名前が、現世で**『意志を持って歩き回ってる』**らしいんだ」
「名前が……歩いてる……?」
ハルは絶句した。今まで届けてきた「想い」とは、あまりにも性質が違う。
「面白いじゃねえか」
いつの間にか背後にいたクロが、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべた。
「自分の名前を捨てた男と、勝手に動き出した名前、か。ハル、お前の責任感で、そいつを捕まえてこいよ!」




