封印された納戸
「……勝手に入るなんて、やっぱり良くないよ!」
「うるせぇ。真っ当に訪ねて追い返されたら、この花は一生蕾のままだぞ」
クロが指先をパチンと鳴らすと、固く閉ざされていた勝手口の鍵が勝手に回り、音もなく扉が開いた。ハルはおどおどしながら、クロの後に続いて屋敷の中へと足を踏み入れる。
家の中は、外観以上に冷え切っていた。積もった埃と、時間が止まったような静寂。
廊下を進むにつれ、ハルの腕の中にあるコサージュの拍動が速くなっていく。
「あっちだ」
クロが指し示したのは、廊下の突き当たりにある薄暗い納戸だった。そこには重々しい鎖が巻かれ、奇妙なお札が何枚も貼られている。
「……これ、普通じゃないよ。何でこんなに厳重に隠してあるの?」
「家系同士の喧嘩が数代も続くなんてのは、たいてい理屈じゃねえ。『呪い』に近い何かが介在してるのさ」
クロが人型のまま、鋭い爪で鎖を断ち切る。バサリとお札が剥がれ落ち、ハルが恐る恐る扉を引くと――そこには、一対の「雛人形」が置かれていた。
しかし、その人形は異様だった。男雛と女雛の間に、一本の太い「杭」が打ち込まれ、二つの家系の家紋が入った布でぐるぐる巻きに縛り付けられていたのだ。
「これ……二人の先祖?」
「いや」クロが目を細めて、人形の背後にある古びた日記帳を手に取った。
「……ふん、なるほどな。不仲の始まりは『裏切り』なんかじゃなかった。逆だぜ、ハル」
ハルが日記を覗き込むと、そこには震える文字で、数十年前の真実が記されていた。
かつて、両家の当主は無二の親友だった。しかし、ある飢饉の年、一族を守るためにどうしても「生贄」のような形で財産を分ける必要があった。
彼らは、あえて**「憎しみ合う芝居」**をすることで、片方の家系を完全に切り離し、もう片方が没落しても、もう片方が生き残れるように仕組んだのだ。
「……じゃあ、仲が悪かったのは、お互いを守るための『嘘』だったの?」
「そうだ。だが、嘘も数代続けば真実になる。後の世代は理由も知らずに、ただ『あいつらは敵だ』と教え込まれてきた。この人形を封印することで、その優しすぎる嘘を、誰にも暴かれないようにしたんだろうな」
ハルは、自分の胸元で震えるコサージュを見つめた。
この花の持ち主である老婦人は、知っていたのかもしれない。あるいは、本能的に気づいていた。自分たちが憎み合わなければならない理由なんて、どこにもないことを。
「……ひどすぎる。守るために、好きっていう気持ちまで捨てなきゃいけなかったなんて」
ハルの瞳に、強い光が宿った。いつもはおどおどしている彼の肩が、今は怒りと使命感で震えている。
「クロ。この花を、あのおじいさんに届けよう。今すぐに。家系なんて関係ない。彼らが守りたかったのは『家』かもしれないけど、彼女が守りたかったのは、この気持ちなんだから」
その時、納戸の奥から、低く掠れた声が響いた。
「……誰だ。そこで何をしている」
振り返ると、そこには杖をつき、幽鬼のような形相をした老人が立っていた。




