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忘れ物専門、言の葉郵便局  作者: 輝久実


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修復された色彩

一度は泥にまみれ、引き裂かれたスケッチブックを抱え、ハルは地下の修復室へと駆け込んだ。


「……ツムギ君、お願い! これを直してほしいんだ。このままだと、彼の世界から色が消えちゃう」


 ツムギは無言でスケッチブックを受け取ると、拡大鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


「ひどいね。紙の繊維まで絶望が染み付いている……。でも、大丈夫。想いの根っこはまだ死んでいないよ」


 ツムギは「記憶の糸」を針に通し、破られたページを一枚ずつ丁寧に縫い合わせていく。さらに、真っ二つに割れていた絵の具セットには、ウツロが持ち帰った「現世の朝焼けの光」を混ぜ込んだ特殊なにかわを流し込んだ。


 数時間後。修復されたスケッチブックは、まるで最初からそうであったかのように、かすかな虹色の光を放っていた。


「……さあ、急いで、ハル。もうすぐ、あの子が深い眠りに落ちる時間だ」


 ウツロの導きで、ハルとクロは少年の夢の世界へと足を踏み入れた。


 そこは、果てしなく続く「灰色のゴミ捨て場」だった。空からは黒い雨が降り、すべての色が泥に沈んでいる。


 そのゴミの山の頂上で、小さな少年が膝を抱えて震えていた。


「……また、捨てに来たの? もういいよ。僕、何もいらないから。絵なんて、描かないから……」


 少年の声は、自分自身を消し去りたいという願いに満ちていた。ハルは胸を締め付けられる思いで、少年の元へと歩み寄る。


「……捨てに来たんじゃない。返しに来たんだよ」


 ハルが差し出したスケッチブックを見て、少年は怯えたように目を見開いた。


「いらない! それがあると、また怒られる。あんなもの、ゴミなんだ!」


「ゴミじゃない!」


 ハルは、少年の手を強く握った。いつもは弱々しいハルの声が、灰色の空を切り裂くように響く。


「……僕は、自分のことが何も分からないんだ。名前も、どこから来たのかも。でもね、君が描いたこの絵を見て、僕の胸は温かくなった。君の描いた色は、誰にも捨てられない、君だけの宝物なんだよ」


 ハルは修復された絵の具セットを広げ、筆を少年の手に握らせた。


「描いていいんだよ。誰のためでもなく、君のために。……僕が、君の『一番最初の鑑賞者』になるから」


 クロが猫の姿で少年の足元に寄り添い、ゴロゴロと喉を鳴らす。


 少年はおずおずと筆をとり、真っ白なページに、一滴の「青」を落とした。


 その瞬間、灰色の空から黒い雨が消え、一点の青から鮮やかな空の色が広がっていく。


「……あ。……綺麗だ」


 少年が描き続けるにつれ、夢の世界はゴミの山から、光溢れる花畑へと姿を変えていった。


 児童養護施設の一室。朝の光が差し込む中で、少年が目を覚ました。


 夢の内容は、もうほとんど覚えていない。


 けれど、枕元に置いてあった「古びた、でも大切に使い込まれたスケッチブック」を見たとき、彼の頬には自然と涙が伝った。


 彼はもう、それを隠そうとはしなかった。


 新しいページを開き、彼は鉛筆を走らせる。


 そこには、「紺色のコートを着た、優しそうな青年」と「首に鈴をつけた黒猫」の姿が、鮮やかな色彩で描かれていた。


 局に戻ったハルのペンダントには、今度は「鮮やかな虹色の滴」が溜まっていた。


「……お疲れ様、ハル。少し、顔つきが変わったわね」


 ミス・カラスが、珍しく毒舌を封印してハルの肩に手を置いた。


「……はい。僕、分かった気がします。誰かの想いを守ることは、自分を守ることでもあるんだって」


 ハルの輪郭は、一歩ずつ、けれど確実に濃くなっている。


 その様子を、仮面を被った局長が遠くから静かに見守っていた。

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