捨てられた約束
現世のゴミ集積場は、境界線の霧とは違う、鼻をつくような現実的な悪臭と重苦しさに満ちていた。
降りしきる雨の中、ハルとクロ(猫の姿)、そして今回は「現世の地理」に詳しいウツロが同行していた。
「……あそこだ。あのゴミの山の中に、強い『想いの残香』がある」
ウツロが指さしたのは、無造作に積み上げられた粗大ゴミの山だった。ハルは泥に汚れながら、必死に手を動かして何かを探し始める。
「……あった。これだ」
ハルが引き揚げたのは、泥にまみれた「古びたスケッチブック」だった。
ページは雨を吸ってふやけ、多くのページが破り取られている。しかし、残されたページには、たどたどしいけれど温かい筆致で、「幸せそうな家族の食卓」の絵が描かれていた。
「これ、ただの落書きじゃない。……色が、すごく温かい。でも……」
ハルがスケッチブックに触れた瞬間、胸の奥がキリリと痛んだ。
この忘れ物は、「返してほしい」という願いではなく、「僕なんかが、こんな夢を見ていてごめんなさい」という、深い絶望と謝罪に染まっていた。
「ハル、これを見ろよ」
クロが足元で何かを指し示した。それは、スケッチブックと一緒に捨てられていた、真っ二つに割られた「新品の絵の具セット」だった。
「……親に捨てられたんだな」
ウツロが冷ややかに、けれど少しだけ悲しそうに言った。
「依頼人の子供は、今、街の外れの児童養護施設にいる。親からネグレクトを受けて保護されたんだ。その時、親が『お前にはこんなもの必要ない』って、目の前でこのスケッチブックをゴミに捨てた……。子供にとっては、それが自分の『未来』を捨てられたのと同じだったんだ」
ハルは、泥だらけのスケッチブックを抱きしめた。
冷たい雨の中、ハルの心に少年の泣き声が響いてくる。
「……ひどい。こんなの、忘れ物じゃない。奪われたものだ」
ハルの瞳に、これまでにない激しい怒りが宿る。
いつもは弱々しいハルの指が、スケッチブックを壊さないように、けれど決して離さないように強く力を込めた。
「責任を持って、届けるよ。……彼に、絵を描くことは悪いことじゃないって、伝えなきゃいけないんだ」
「……だが、ハル。相手はまだ生きてる子供だ。しかも施設にいる。普通に行っても会わせてもらえないぜ?」
クロがニヤリと笑い、人間の姿にバサリと変わった。
「郵便局員の出番だ。ウツロ、あいつの『夢の通り道』を探せ。眠っている少年の夢の中に、このスケッチブックを直接叩き込みに行くぞ!」




