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小説家とAI 第十八話

だが、その瞬間、岸の瞳から熱がすっと引いた。

代わりに宿ったのは、冷静な光――編集者としての顔だった。



「先生、それは駄目です」



声色は低く、鋭かった。



「……駄目?」



「『見張り塔の男』だけを出してください」



岸ははっきり言い切った。



「これは先生自身の手で書いた作品です。

三年の沈黙を破る“復帰作”として世に出すべきは、こちらだけです」


俺は黙って彼女を見返す。



「『空の墟』は……今は出すべきじゃありません。

あまりにも衝撃が強すぎる。

“AIが人間を超えた”という事実だけが一人歩きして、先生の名前を飲み込んでしまう。

それでは作品が潰れる。先生自身が壊れる」


机の上で二つの原稿を見比べながら、岸は息を整えた。

「だから――『見張り塔の男』を出しましょう。

そして、時を待つんです。

数年後に、満を持して『空の墟』を出す。

そうすれば読者は混乱ではなく、理解として受け止めるはずです」


俺は口を閉ざしたまま、岸の言葉を飲み込むように黙っていた。




彼女は編集者としての冷静な目で、正しい判断をしているのだろう。



「壊れる? 俺が?」



俺は静かに首を振った。


「違う。俺は壊れない。

俺に壊れてほしいと願うのは、“AIで書くのはズルだ”と嘲る世間のほうだ」


岸が息を呑む。



「奴らは言う。『人間が血を流して書いたものこそ本物だ』と。

だがな鉛筆を削って手で書いたら“本物”で、ワープロで打ったら“偽物”なのか?

印刷機で量産したら“魂が薄まる”のか? 笑わせる」


声は次第に熱を帯び、部屋に響いた。



「道具を使うことと、作品の価値は別だ。AIを使ったっていい。

俺が題を与え、俺の言葉を食わせ、俺の影を映し出させた。そこから生まれたものは、紛れもなく俺の一部だ。



俺が血を流して書き上げた『見張り塔の男』があったからこそ、

『空の墟』が産まれたんだ」


俺は机を叩き、二つの原稿を指で示した。


「血と汗で築いた必然の塔の先に、AIがさらに上を積み上げた。

その関係を見ずに、“AIはズルだ”と吐き捨てる奴らが一番の愚か者だ。

ズルなんかじゃない。

俺とエンポが繋がったから、この二つは揃ったんだ」


俺の言葉は烈火のように燃え、室内の空気を震わせた。


「だから両方出す。

俺の血で生んだ『見張り塔の男』と、

そこから立ち上がった『空の墟』。

二つが並んで初めて、俺の答えになる」



岸は目を見開いたまま、胸に原稿を抱きしめていた。

恐れとも感動ともつかない震えが、その指先に宿っていた。

彼女は視線を落としたまま小さく呟く。



「……でも、出版戦略的には分けた方が売り上げは……いや、でも二冊同時なら話題性は爆発的で……」


さらに唇を噛み、またブツブツと。




「けど読者が混乱して……いやでも、それすら議論になれば注目を集めて……」


俺は笑って椅子に深く腰を下ろした。




「好きに悩め。俺の本意は変わらない」


彼女は顔を上げ、真剣な目で俺を見つめた。



「……本当に、出すんですね」



「任せる」



俺は机を叩き、二つの原稿を並べ直した。




「俺の想いは今伝えた、だがどうするかは任せるよ。」


岸は南条のその言葉に大きく眼を開き微動だに出来なかった。





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