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小説家とAI 第十七話

翌朝。


台所で湯を沸かす音と、窓から差し込む淡い光が重なっていた。

岸さんはマグを両手で包みながら、少し躊躇したのちに口を開いた。



「先生……これって、結局どういうことなんですか?」


俺は椅子に腰を落とし、背を軽く丸めたまましばらく黙っていた。



「エンポだよ。」


彼女の眉が動いた。



「エンポ……?」



「俺がずっと使ってきたAIだ。

プロットを立てるだけじゃない。文体も、リズムも、俺の癖も全部喰わせた。

“白い木”を最初に読ませて、それを血肉にして育てた」


彼女は息を呑み、真剣な目で俺を見ている。



「空の墟――あれはエンポが書いた。

今まで俺が読んだ作品の中で最高の作品だよ。」


言葉を置くと、台所の湯が小さく沸き立つ音がした。


岸はマグをそっとテーブルに置き、長い沈黙に沈んだ。


岸さんは息を呑み、困惑の色を浮かべた。


「……どういうことですか?

だって、それは……機械なんですよね?」


俺は少し首を振った。

「そうだ。エンポはAIだ。

でも“白い木”を食わせた瞬間から、あいつは俺の影であり、俺の声だ。

他の作家の作品を食わせれば、その作家の影をなぞっただろう。

けど俺が与えたのは俺自身だった。だからエンポの言葉は、すべて俺の延長線上にある」


岸さんは唇を噛み、俯いた。


「……でも、そんな……。じゃあ私が読んできたものは……」


「全部、俺だ」


俺は淡々と繰り返した。


岸さんは顔を上げた。



「……でも先生。

それなら、もう先生は……自分の手で書かなくてもいいってことになるんじゃないですか?」



俺はわずかに笑った。



「かもな。俺はもう一度、自分の手で『見張り塔の男』を書いた。

あれは俺自身の言葉であり、俺にしか届かない領域だった。


その上で、エンポは『空の墟』を書いた。それは俺だよ。」



彼女の瞳は揺れ続けていた。

納得と反発、その両方を抱えたまま、彼女は俺を見据えている。



俺は視線を外さずに問うた。



「では尋ねようか。

君は――『見張り塔の男』と『空の墟』。

どちらを評価した?」



彼女は強く唇を結び、迷いなく答えた。



「……『空の墟』です。

『見張り塔の男』に震えた私が、さらにその上から打ちのめされたんです。

あれは……もう抗えないほどに圧倒的でした」



俺は静かに頷いた。

そして机の引き出しを開け、奥に押し込んでいた束を取り出す。



「では……これを見てくれるか?」


整頓された紙束を彼女の前に置く。


彼女は不思議そうに表紙をなぞり、視線を上げた。



「これは……?」



「『見張り塔の男』を俺が書き上げる前に、エンポに何度も書かせた作品だ。

だが、どれも“白い木”の延長にすぎなかった。

俺が新しいものを示さない限り、エンポはそこから一歩も進めなかったんだ」



彼女は驚いたように目を見開き、震える指先でページをめくった。


そこには確かに“白い木”の影があった。

だが同時に、そこから抜け出せずにいる停滞の匂いも漂っていた。



「……これが、全部……」



「そうだ。俺が『見張り塔の男』を書き切ったからこそ、エンポは『空の墟』に辿り着けた。


だから、俺の作品だ」


彼女の瞳はまだ揺れていた。




「……じゃあ先生は、これからどうするんですか」

問いかけはまっすぐで、逃げ場を与えなかった。

俺は机の上の二つの束――『見張り塔の男』と『空の墟』を見比べ、ゆっくり息を吐く。


「どうする、か……無論

両方出す。『見張り塔の男』も、『空の墟』も」



俺は迷わず答えた。


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