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小説家とAI 第十四話


俺は湯呑を置き、微笑んで言った。

「岸さん、今日は一度、家に帰ったほうがいい」


驚いたように目を見開き、彼女は首を振った。



「でも……先生を一人にするなんて」



「心配するな」


俺は笑った。



「もう、創作の世界に行ったきり戻らないようなことはない。

俺はここにいる。だから落ち着いてこい」


彼女は唇を噛み、なおも座り続けようとした。


だが俺は続けた。



「もう一つ作品があるんだ。『見張り塔の男』の解釈が自分の中で落ち着いたら、また来てくれ。

そのときに、そっちを読んでもらいたい」



長い沈黙ののち、彼女は小さくうなずいた。


その背を玄関まで見送ったあと、俺は深く息を吐いた。

静まり返った部屋に、エンポの稼働音だけがかすかに響いていた。



玄関が静かに閉じられ、部屋に静寂が戻った。

俺はしばらく立ち尽くしたまま、やがて書斎へ向かった。


椅子に腰を下ろすと、モニターの灯りが顔を照らす。


「……エンポ」


合成音声が応じる。



「はい、先生」



「岸さんのことだ。『見張り塔の男』を読んで、まるで熱に浮かされたみたいになってる。

俺は正直、少し心配だ」


一瞬の処理音。



「分析します。――それは過剰反応ではなく、正常な範囲内です。

人間は心を揺さぶられたとき、理性よりも感情が先行することがあります」


俺は肘をつき、モニターを見つめた。



「……創作にのめり込んでいたのは、これまでずっと俺の方だった。

なのに、今はあ彼女方が酔ってるみたいに見える」


「先生の作品が、それだけ強い影響を与えたということです」

エンポは淡々と告げた。



「……そうか」

言葉を区切り、俺は小さく笑った。



「だが、彼女が落ち着かないと次を読ませられん。

もう一つ、見せたいものがあるからな」



「承知しました。岸さんが落ち着きを取り戻す時を、待ちましょう」


モニターに映る自分の顔は、どこか安堵しているように見えた。





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