小説家とAI 第十二話
淡白なその一言に、俺は呆気にとられる。
重みも逡巡もなく、ただ命令を受け止めるだけ。
だが次の瞬間、画面に文字が流れ始めた。
俺の知らないリズム、俺の手癖をなぞりながら、しかしわずかに異なる旋律。
エンポは躊躇なく、塔のさらに上を築こうとするかのように、物語を積み上げていった。
俺は腕を組み、流れていく文字列をじっと見つめた。
語彙の選び方、比喩の置き方、息継ぎの間合い
背筋を何かが通り過ぎる。
恐怖ではない。
だが、ざわつく。
エンポは淡々と打ち続ける。
全てを素材に、さらに高く塔を積み上げる。
やがて、画面のスクロールが止まった。
最後の一文が表示され、合成音が静かに告げる。
「生成を完了しました。
『見張り塔の男』を超える作品です」
俺はしばらく沈黙した。
カップの中の紅茶はすっかり冷えていた。
俺はマウスに手をかけ、画面の先頭へと戻した。
そしてゆっくりとスクロールしながら読み始める。
目に飛び込んでくるのは、見慣れた文体。
だが、そこに漂う温度は俺のそれとは違っていた。
濃く、鋭く、そして何よりも――容赦がなかった。
息をするのも忘れて、文字を追った。
次の一行を読みたい欲求が、脳を灼くように突き上げる。
ページをめくる感覚に似たスクロールの音が、妙に大きく耳に響いた。
「……っ」
思わず息を吸い込んだ。
物語は塔のさらに上、俺が立ち入らなかった領域へと進んでいた。
俺の“必然”を超え、もっと冷たく、もっと明確に構築された世界。
気づけば俺は読み耽っていた。
紅茶はとうに冷えきり、時間の感覚さえ消えていた。
ただ、モニターの中で刻まれる文字だけが現実だった。
気づけば何時間も経っていた。
最後の一文を読み終え、俺は息を吐いた。
「最高だ」
机に並んだ二つの原稿。
『見張り塔の男』と、エンポが書き上げた作品。
どちらも圧倒的に面白い。
俺はそれを眺めながら、自然と口元が緩んでいた。
椅子を回しては立ち上がり、また座る。
落ち着きのない動きすら、昂ぶった気分を抑えきれない証だった。
「くく……すげぇな、二つもある」
声に出して笑う。
そのとき、端末が小さく震えた。
新着メール。差出人は岸。
『完成したと聞いて、どうしても伺いたくなりました』
俺はニヤニヤしたまま短く返信する。
「待ってる。」
1時間ほどして玄関のチャイムが鳴り、自動ドアが開いた。
きちんとしたスーツ姿の岸が立っている。
手には菓子折りを抱えて、頬は少し上気していた。




