星読みの魔術師
遠い昔、星の運行を読み、未来を予知するがゆえに感情を失った「星読みの魔術師」が世にいた。一方、王国の名門ヴァルハルト公爵家には、先祖の罪により若くして命を落とすという呪われた運命が代々受け継がれていた。これは、そんな定められた運命に絶望した若き公爵が、感情を知らない魔術師と出会い、太古の約束を解き、運命に抗う物語である。
煌びやかなシャンデリアが輝く大広間では、夜会が催されている。人々は笑い、踊り、グラスを片手に彼に媚を売る。しかし、レオナルドの視界には、その光景は入っていなかった。
「退屈だな」
彼は喧騒から離れたテラスで、一人、冷たい夜風に身を晒していた。
誰もが彼に近寄らない。いや、近寄れないのだ。皆が口に出さない、しかし皆が知っていること。ヴァルハルト公爵家の跡継ぎは、皆、二十歳を待たずして命を落とす。
「どうせ、短い命だ」
先祖が犯した罪により、代々呪われた運命を背負っているのだ。
「もうすぐ、僕の二十歳の誕生日だ」
そう呟くと、誰もが顔を曇らせ、目を逸らした。彼らは哀れみの視線を向けるが、その奥にあるのは、呪われた血筋に対する恐怖だった。自嘲気味に笑い、グラスを飲み干す。彼の心はすでに死んでいた。死への恐怖はとっくに通り過ぎ、今はただ、定められた運命を静かに受け入れるだけだった。
遥か遠い山奥の「星見の塔」で、一人の少女が天球儀に映る星々を読んでいた。彼女の名は、エラナ。星の光を読み、運命を知る者。感情を持たないとされてきた魔術師の末裔だ。
エラナが天球儀に手をかざし、星の光を読み解き始めると、夜空の星々が呼応するかのように、一際強く輝き出す。まるで彼女の言葉に耳を傾けているかのようだった。その光が告げるのは、若き公爵の悲劇的な未来。そして、その運命に抗おうと、塔を降りる自分自身の姿だった。それは、定められた未来に抗う、彼女の初めての願い。しかし、彼女自身にその自覚はなかった。ただ、星がそう告げ、そうするべきだと理解しただけだった。
塔を降りて、町へ
エラナが塔を出て、初めて人間の住む町に足を踏み入れたのは、それから間もなくのことだった。
「なんて、騒がしいのでしょう」
彼女にとって、町は驚きの連続だった。色とりどりの屋根、行き交う人々の活気、そして空気を満たす甘い匂い。
「これが…人の営み」
エラナは、無表情のまま、小さな声で呟いた。彼女のローブは埃っぽく、周りの人々からは好奇の目に晒されていた。エラナはそんな視線に気づかないふりをして、ひたすら星が示す場所を目指した。
目的の場所は、町外れの酒場だった。星が示す光は、この場所で輝いていた。エラナが酒場の扉を開けると、そこは喧騒に満ちていた。酔っぱらいの男たちが大声で笑い、グラスを叩きつける音が響く。その一角で、一人の男が一人で酒を飲んでいた。
彼は荒れた様子で、テーブルに空のボトルを並べていた。周りの人々は、彼に怯えるように距離を取っている。
「ヴァルハルト公爵、あなたを救いに来ました」
エラナは、躊躇なく彼のテーブルに近づいた。静かで、感情のない声。レオナルドは、不意に声をかけられ、顔を上げた。そこに立っていたのは、見慣れない粗末なローブを纏った、無表情な少女だった。
「またか。見ろよ、僕を憐れんで、こんな場所までやってくる奴が後を絶たない」
彼は、苛立ちを隠さずに尋ねた。
「もう放っておいてくれ」
「いいえ。私は、あなたを憐れんでいるのではありません。あなたを救うために来ました」
エラナは、まっすぐに彼の目を見つめた。その瞳には、どんな感情も映っていなかった。そのことが、かえってレオナルドの興味を引いた。
「面白いな。僕の命が短いことを知っていて、それでも僕を救うと言うのか?」
「知っています。あなたの命は、次の満月の夜、二十歳の誕生日と共に、星に還る。それは、星が示した運命です」
レオナルドは、目を見開いた。彼女の言葉は、彼の呪いについて正確だった。そして、彼の周りの人間が誰も知らない、彼の誕生日の日付まで、言い当てたのだ。
「一体、君は何者だ?」
「私は、星読みの魔術師。星の光を読み解き、運命を知る者です」
「ほう…それで、その星読みの魔術師様は、僕をどうやって救うつもりだ?」
レオナルドは、嘲るような口調で言った。だが、その瞳の奥には、かすかな期待の色が灯っていた。
「契約を結びましょう」
エラナの言葉に、レオナルドは目を細めた。
「あなたを死なせないという、契約を」
レオナルドは、エラナの言葉に目を細めた。その無表情な顔の奥に、確固たる意志を感じたからだ。
「契約……ね。君は、僕が君を信じるとでも?」
「信じる必要はありません。私の言葉が真実だと、ご自身で確認してください」
エラナはそう言い放つと、懐から小さな小瓶を取り出した。中には、まるで星の光を溶かし込んだかのような、淡く輝く液体が入っていた。
「これは……星の雫か?」
レオナルドは、その魔力に気づき、わずかに驚きの表情を見せた。星の雫は、星読みの一族だけが扱える貴重な魔力の源だ。
「はい。この雫を飲むことで、契約は成立します。そして、それは呪いの根源に触れる『導きの光』となります」
「呪いは弱まらないのか?」
レオナルドの声は、わずかに期待を含んでいた。しかし、エラナは淡々と首を振る。
「いいえ。呪いは、太古の約束が解かれるまで、消えることはありません」
レオナルドは、再び絶望の淵に突き落とされたような感覚に襲われた。だが、彼の目の前には、ただ淡々と、しかし揺るぎなく彼を見つめるエラナの瞳があった。
「わかった。その契約、結ぼう」
レオナルドは、迷いなく答えた。彼は差し出された星の雫を、ためらうことなく飲み干した。すると、体の奥から温かい光が満ちてくるのを感じる。それは、数年ぶりに感じる、生きているという確かな感覚だった。
「それで、僕は何をすればいい?」
「まず、公爵家の歴史を調べます。呪いの元凶は、星と交わされた『約束』。それは、必ずどこかに記されているはずです」
エラナはそう言い、レオナルドの屋敷へと向かった。契約が成立したことで、二人の運命は静かに交差し始めた。
エラナは、レオナルドの屋敷へと向かう馬車の中で、静かに目を閉じていた。星の光は、彼を屋敷へと導けと告げた。彼女にとって、それはただ従うべき運命の道筋に過ぎない。しかし、その胸の奥には、初めて感じるかすかな熱があった。それは、星の光が示す未来が、彼女自身の意思と重なったことによる、未知の感情だった。
レオナルドは、隣に座るエラナから目を離せずにいた。彼女は、星の雫を飲んだことで、彼の体に満ちた光の源だ。彼の中にある死への諦めは、温かい光によってゆっくりと溶かされていく。それは、生への渇望。彼がとっくに捨て去ったはずの感情だった。
「呪いは、太古の約束が解かれるまで消えない……か」
レオナルドは、自分の胸に手を当てて呟いた。確かに、呪いの力はまだ彼の体から消え去ってはいない。だが、それでも彼は生きている。呪われた運命に抗い、生きる道を示してくれる存在が、今、彼の隣にいる。
「君は、僕を救いに来たと言ったな」
レオナルドは、馬車の窓から外の景色を眺めながら、静かに語り始めた。隣に座るエラナは、無表情のまま、ただじっと彼の話を聞いている。
「この呪いによって、僕は長くは生きられない。
だが、死ぬことも許されない。僕が死ねば、ヴァルハルト公爵家は終わり、先祖が犯した罪は償われずに残る。僕は、この呪いと罪を背負って、生きる意味を見出せないまま、ただ死を待っていた」
彼の言葉は、自嘲と諦観に満ちていた。エラナは、そんな彼の様子をただ静かに見つめていたが、やがて口を開いた。
「いいえ。あなたは、生きる意味を見失っただけです。死を待っていたのは、その道筋しか見えなかったからに過ぎません」
エラナの言葉は、感情を含まない、ただ事実を述べるだけの声だった。しかし、その言葉は、レオナルドの心に鋭く突き刺さった。
「私があなたに与えたのは、生きるための『道標』です。その道を歩むかどうかは、あなた自身が選ぶことです」
レオナルドは、目を見開いた。彼女の言葉は、彼の心を深く抉った。同時に、彼の心に新たな決意を芽生えさせる。
「そうか。そうだよな」
彼は、初めて心から笑った。それは自嘲でも、諦めでもない、生きている喜びと、抗うことへの決意が混ざった、本物の笑みだった。長年彼の心を覆っていた暗闇が、音を立てて砕け散る。そして、彼の内側から、かつて感じたことのない力が湧き上がってくるのを感じた。
「行こう。エラナ」
彼は、もう一度、彼女の名を呼んだ。酒場の喧騒の中、名前を呼び合った時とは違う、はっきりと彼女を認識した声。
「約束を果たそう」
エラナは、無表情のまま、彼の言葉を静かに受け止めた。彼女は、ただ星の示す道を進むだけ。だが、その隣で、レオナルドは自らの意思で歩み始めた。
馬車が屋敷に到着すると、エラナは迷うことなく図書館へ向かった。星の光が示す場所には、必ず太古の約束が記された書物があると、彼女は確信していた。
静寂に包まれたヴァルハルト公爵家の図書館に、エラナの淡い光が満ちていく。彼女は、星の雫が放つ光を頼りに、幾千と並ぶ書物の間を迷うことなく進んだ。レオナルドは、そんな彼女の背中を、ただ静かに見つめていた。彼の胸には、希望と、そしてまだ見ぬ真実への、かすかな恐怖が混ざり合っていた。
エラナの足が止まったのは、図書館の最も奥、忘れ去られた歴史書が収められている一角だった。彼女が手を伸ばした一冊の古びた書物は、表紙も題名も風化して読み取れない。しかし、触れた瞬間、彼女の瞳が一際強く輝いた。星が告げた『約束』が、この書物の中にある。
「これです」
エラナは無表情のまま、書物をレオナルドに差し出した。彼は震える手でそれを受け取る。書物を開くと、そこにはヴァルハルト家の初代当主が記したであろう、呪いの歴史が記されていた。
『太古の昔、我らヴァルハルトの一族は、星の恵みを受け、王国に繁栄をもたらした。しかし、我らはその恩を忘れ、星の力を我が物としようと企んだ。星読みの一族を欺き、その力を奪ったのだ』
レオナルドは、ページをめくる手が止まらなかった。彼は、これまで代々受け継がれてきた「呪い」が、単なる呪いではなく、星との「約束」を破ったことへの代償だったことを知る。
『その罪の償いとして、我らは約束を交わした。星の光が示す道を歩み、その恵みを正しく王国の未来へ繋ぐこと。しかし、我らはその約束さえも破ってしまった。星の導きを拒み、自らの欲に溺れた。我らの祖先は、星の導きを記したこの書を封印し、二度と星の力を利用しようとはしなかった。しかし、星は約束を忘れてはいなかった。星の導きを拒んだ代償として、我らヴァルハルトの一族は、代々、若くして命を落とす運命を背負うこととなったのだ』
「これが……僕らの呪いの真実」
レオナルドは、言葉を失った。呪いは、先祖が犯した罪の罰ではなく、破られた約束の証だった。そして、その呪いを解く鍵は、再び星の導きを受け入れること。
彼は、静かにエラナを見つめた。彼女は、ただ淡々と、星の光が示す道標を告げる。
「太古の約束を解くには、星の光が最も強く輝く場所で、星読みの魔術師の血を引く者が、星の力を再び大地に還す必要があります。その場所は……」
「その場所は?」
レオナルドは、震える声で尋ねた。エラナは、迷うことなく答える。
「ヴァルハルトの庭園にある『失われた泉』です」
レオナルドは、驚きに目を見開いた。彼の屋敷の庭園には、確かに『失われた泉』と呼ばれる場所があった。そこは、長い間忘れ去られ、雑草が生い茂るだけの場所だった。だが、彼の先祖が犯した罪を償うための場所が、こんなにも身近な場所にあったのだ。
「行こう。エラナ」
レオナルドは、決意に満ちた瞳でエラナに告げた。彼の心には、もはや絶望はなかった。ただ、自らの運命に抗い、生きる道を選択する、確固たる意志だけがあった。
静寂に包まれたヴァルハルト公爵家の図書館で、レオナルドとエラナは言葉を交わす。二人の視線は、今、目の前にある古びた書物と、その先に広がる庭園の『失われた泉』に注がれていた。
「呪いの真実を知った今、何をすればいい?」
レオナルドは、静かにエラナに尋ねた。彼の声には、もはや絶望の色はない。あるのは、自らの運命に立ち向かう、確固たる決意だけだった。
「次の満月の夜、星の光が最も強く輝く時、私は『失われた泉』で、星の力を大地に還します」
エラナは、淡々と答える。彼女にとって、それは星が告げた未来の道筋にすぎない。しかし、その言葉は、レオナルドの心に、これまで感じたことのない、生きるための希望の光を灯した。
「分かった。僕が君を守る」
レオナルドは、迷うことなくそう告げた。エラナは、無表情のまま、彼の言葉を受け止める。彼女は、ただ星の導きに従うだけ。だが、その隣で、レオナルドは自らの意志で歩み始めた。
二人は、図書館を出て、庭園へと向かった。夜の闇に包まれた庭園は、草木が荒れ放題で、かつての華やかさは失われていた。
「ここが『失われた泉』……」
レオナルドは、かつて子供の頃に遊んだ場所を思い出し、胸が締め付けられる。だが、彼の心には、希望の光が灯っている。
「ここで、僕の運命は変わる」
レオナルドは、決意に満ちた瞳でエラナを見つめた。エラナは、彼の言葉に応えるように、静かに星の光が最も強く輝く、満月の夜を待っていた。
その夜、満月が空高く昇り、銀色の光がヴァルハルト公爵家の庭園を照らし出した。エラナは、ローブを翻し、迷うことなく『失われた泉』へと向かう。レオナルドは、彼女の隣を歩きながら、その神秘的な横顔をじっと見つめていた。彼の胸には、希望と、そしてまだ見ぬ真実への、かすかな恐怖が混ざり合っていた。
『失われた泉』に辿り着くと、そこは草木が生い茂り、見る影もなかった。エラナは、そんな荒れた場所に腰を下ろし、静かに目を閉じる。彼女が両手を掲げ、星の雫を唱えようとしたその瞬間、彼女の足元に、黒い靄のようなものがうごめき始めた。
「エラナ?」
レオナルドは、異変に気づき、不安な声で彼女の名を呼んだ。しかし、エラナはそれに答えることなく、ただ苦痛に顔を歪める。
「星の光が……私を……拒絶している……?」
エラナは、か細い声で呟いた。その言葉と共に、彼女の体を、黒い靄が蝕むように這い上がっていく。それは、星の光が失われた、呪いの残骸のようだった。
「どういうことだ!?」
レオナルドは、慌てて彼女に駆け寄る。しかし、彼が彼女に触れようとした瞬間、黒い靄が彼の手を弾き、エラナの体を完全に覆い尽くした。
「エラナ!」
レオナルドは、彼女の名を叫ぶ。だが、黒い靄はエラナを飲み込み、その姿を消滅させた。そして、彼女がいた場所には、ただ虚無だけが残されていた。
エラナの姿が消えた後、レオナルドの胸元から放たれていた温かい光は、一瞬にしてかき消された。彼の体には、再び冷たい呪いの力が這い上がってくる。それは、以前よりもずっと強く、そして重い。
「嘘だ……」
レオナルドは、膝から崩れ落ちた。絶望が、再び彼の心を蝕んでいく。呪いは解かれていない。そして、彼に希望を与えてくれたエラナは、目の前で消え去った。
その時、夜空の星々が、まるで彼の絶望に呼応するかのように、一斉に光を失った。そして、空に浮かぶ満月が、まるで誰かに食われたかのように、みるみるうちに欠けていく。
「太古の約束は、果たされました。星の光は、大地に還った。」
どこからか、エラナの声が聞こえた。それは、直接彼の耳に届くのではなく、彼の心の中に響く声だった。
「だが、星は……、我らに恵みを与えたのではない。太古の約束を解いた代償として、星の力を……全て奪った」
「どういうことだ、エラナ!?」
レオナルドは、心の中で叫ぶ。
「呪いは、星の光がなければ解けない。そして、星の光が失われた今、呪いを解く唯一の方法は……」
エラナの声は、そこで途切れた。
「エラナ! 続けてくれ!」
レオナルドの心に、焦燥と恐怖が満ちていく。彼は、絶望の淵に立たされていた。呪いは解けていない。そして、彼に希望を与えてくれたエラナは、目の前で消え去った。彼の本当の戦いは、今、始まったばかりだった。
レオナルドは、再び泉を見つめた。星の光は完全に消え、世界は深い闇に包まれている。彼の心臓が、呪いの力によって冷たく締め付けられる。しかし、彼の足は止まらなかった。絶望の中に、わずかな希望を見出したのだ。
レオナルドは、泉のほとりに立ち、深呼吸をする。彼は、手記に記された言葉を胸に、静かに目を閉じた。
「エラナ……」
そう呟いた瞬間、彼の心臓が、まるで誰かに掴まれたかのように強く脈打った。それは、呪いの力ではない。彼の胸から、淡い光が放たれた。それは、星の雫の最後の残滓か、それともエラナの魂の欠片か。光は、彼の心臓に向かって流れ込み、彼の全身を温かい光で満たしていく。
「レオナルド……私は、あなたの魂の中に……」
エラナの声が、直接彼の心に響いてきた。それは、か細く、今にも消え入りそうな声だった。
「呪いは……魂を一つにすることでしか解かれない……。私の魂は、星の光と共に……消え去ろうとしている。あなたが……私を……拒絶すれば……」
エラナの言葉は、そこで途切れた。レオナルドは、目を見開く。呪いを解く唯一の方法は、エラナの魂を、彼自身の魂に宿すこと。だが、それは、エラナの魂が完全に消え去ることを意味していた。
「嫌だ……そんなこと……」
レオナルドは、苦痛に顔を歪めた。彼は、エラナを救うためにここにきたのだ。だが、彼女を救うことは、彼女を消滅させることだった。彼は、自分の命と引き換えに、彼女の魂を犠牲にしなければならない。
「エラナ……僕は……君を失いたくない……」
彼の心に、絶望が広がっていく。彼は、もう一度、すべてを諦めようとした。だが、その時、エラナの声が、再び彼の心に響いてきた。
「生きて……レオナルド……。あなたは……私の……」
エラナの言葉は、そこで途切れた。そして、彼女の魂の光が、レオナルドの心臓の中で、ゆっくりと消えていく。
それは、まるで彼の心臓そのものが凍りつくような感覚だった。彼は、彼女を失うという絶望に打ちひしがれ、その場に立ち尽くす。しかし、その時、彼の胸の奥から、かすかに光が瞬いた。
それは、消え去ったはずの星の雫の最後の残滓だった。その光は、彼の心臓の中で、エラナの魂の欠片と共鳴し、再び輝き始めた。
「生きて……」
その光の中から、エラナの声が聞こえた。それは、以前よりもずっと強く、そして温かい声だった。
「呪いは、私を……あなたの一部にした。だから、あなたはもう……一人じゃない」
レオナルドは、目を見開いた。彼女は、消滅したのではない。彼の魂の中に、彼女の魂が宿ったのだ。
「エラナ……君は、僕の中に……」
彼は、震える声で呟いた。彼の心には、彼女の温かい光が満ちていた。それは、死への恐怖を完全に打ち消し、生きる喜びで満たしていく。
「生きて……私の代わりに、この呪われた世界を……」
エラナの声は、そこで途切れた。そして、彼女の魂の光は、レオナルドの魂と完全に一つになった。
エラナの魂の光が、レオナルドの心臓の中で完全に一つになった。彼の体から呪いの力が完全に消え去り、代わりに、温かい光が全身を巡る。それは、数年ぶりに感じる、生きていることの確かな感覚だった。
夜空を見上げると、そこには無数の星々が再び輝きを放ち、満月が銀色の光を放っている。世界は、元に戻ったのだ。
エラナの魂がレオナルドと一つになった瞬間、彼の体から呪いは完全に消え去った。しかし、喜びはなかった。彼の心は、愛する人を失った悲しみで満たされていた。
「エラナ……」
彼は、自分の胸に手を当て、そこに宿る温かい光を感じる。彼女は、彼の命を救うために、自らの魂を捧げたのだ。だが、レオナルドは知っていた。彼女は、まだ消え去ったわけではない。彼の魂の中で、かすかに息づいている。
「僕が、君を救う」
彼は、静かに立ち上がり、再び図書館へ向かった。呪いを解くという個人的な目的は果たされた。エラナを、彼女自身の肉体に戻すという、前代未聞の試練を残して。
レオナルドは、エラナが読み解いた古文書を再び開いた。呪いの真実が記されたページを何度も読み返す。そして、星の光が失われた世界で、星の力を再び取り戻す唯一の方法が、「星の血を引く者と、星に選ばれし者が、その魂を一つにすること」だと記されていることを再確認した。
その言葉の意味を、レオナルドは今、身をもって知っている。彼の体には、エラナの魂が宿っている。しかし、彼女の魂は、不完全なまま彼の魂と一つになったため、彼女の肉体は虚無に飲み込まれたのだ。
「エラナの魂と、僕の魂を完全に一つにするには……」
レオナルドは、図書館の奥にある、星読みの魔術師たちが記した禁書を探し始めた。それは、星の力を扱う者だけが手にすることができる、究極の秘術が記された書物だ。彼は、その禁書に、エラナを救うためのヒントが隠されていると信じていた。
夜が明け、太陽が昇っても、彼の探求は止まらなかった。絶望の中に、わずかな希望を見出したのだ。彼は、必ずエラナを救い出すと心に誓っていた。
レオナルドは、エラナが消えた夜から眠ることなく禁書を探し続けた。彼の心臓には、彼女の温かい光が宿っている。それは、彼の命を繋ぎ、探求の原動力となった。しかし、その光は、彼女自身の命の灯火が弱まっていくのを示すようでもあり、レオナルドの焦りを募らせた。
そして、夜明け前のわずかな時間、彼はついに目的の書物を見つけ出した。それは、星の光が失われた時代に、星読みの魔術師たちが記したとされる伝説の書だった。書を開くと、そこには、魂と魂を完全に融合させ、魂の消滅を阻止する秘術が記されていた。
『星の力を取り戻すには、星の血を引く者が、自らの命を捧げ、星に選ばれし者の魂と一つになることで、新たな星の光を生み出すことができる』
レオナルドは、その言葉の意味を理解した。エラナは、彼の命を救うために自らの魂を捧げた。そして今、彼女を救うには、彼自身が、彼女のために自らの命を捧げなければならない。
迷いはなかった。彼は、再び『失われた泉』へと向かった。夜が明け、太陽が昇り始める。しかし、彼の心には、すでに夜明けが訪れていた。彼は、エラナの魂と完全に一つになることを決意したのだ。
『失われた泉』に辿り着くと、彼は泉のほとりに立ち、静かに目を閉じた。彼の胸には、エラナの魂が宿っている。彼は、彼女の魂に語りかけた。
「エラナ……君は、僕に生きる意味を教えてくれた。だから、今度は僕が、君に生きる喜びを教えてあげる」
レオナルドは、秘術を詠唱した。彼の体から、温かい光が放たれ、夜明けの空に昇っていく。それは、彼の命そのものだった。光は、彼の魂とエラナの魂を完全に一つにし、二つの魂が、夜明けの空に、新しい星として輝き始めた。
その瞬間、世界に光が戻った。空には、無数の星々が輝き、再び満月が、銀色の光を放っている。そして、二つの魂が一つになった時、レオナルドの体は、ゆっくりと消滅し始めた。
彼の命は、エラナの魂と一つになり、世界に新たな星の光をもたらした。彼は、彼女を救い、そして、彼女と共に、永遠の命を得たのだ。




