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婚約破棄と言われても、どうせ好き合っていないからどうでもいいですね



 ねえ、やっぱりあなたもそうなの……? 違うと思っていたんだよ? 


「カリナ、お前の顔を見るのはもううんざりだ。俺との婚約を解消しろ――」


 私の婚約者ゼスト様は全校集会の後、大勢の人がいる前で私にそう告げた。まるでみんなに言い聞かせるように……。


 この一ヶ月、嫌な予感はしていた。それでもこの二年間で築き上げた絆を信じたかった。

 私、男爵令嬢カリナは、いまこの時、伯爵子息のゼスト様から婚約破棄されたのであった。


 帝都一の美麗と呼ばれているゼスト様の背中を感情を殺しながら見送る。



 そもそもこの婚約自体は『高等部三年間の契約婚約』。偽物の関係。

 私たち以外にその事を知っているのは私の家族とゼスト様のご家族だけ。

 いずれは終わる婚約、私たちが平穏に学園生活をするための契約。


 だから、何故二年間で契約を打ち切ったか不思議だった。

 私たちの間には恋愛感情なんて無かった。あったのは打算だけだったはずなのに……。


 悲しくなんてない。この二年間でゼスト様を通じてお友達が沢山出来た。


 私はもう独りぼっちなんかじゃない。だから捨てられても――


 ***


「カリナ様がまさか婚約破棄されるなんて……」

「絶対嘘だと思います。だって、ゼスト様は――」

「おほほほっ、これでゼスト様はフリーですこと。あら? ゼスト様が学園に来ていない?」

「カリナ様、これから大変ね。あれだけの器量良しでしょ。すっごくモテモテになっちゃうよ」

「こら、カリナ様が落ち込んでいるのにそんな事いうんじゃないの」

「でもさ、ここ最近のゼスト様はちょっとおかしかったよ。なんか乱暴に振る舞って、みんなから嫌われるような感じでさ」


 教室のざわめき、友人の心配の声、あの日からゼスト様は学園に来なかった。

 私とゼスト様は契約婚約なのに、いつも一緒にいた。いえ、正確にはゼスト様がいつも私の教室にいた。それに毎日一緒に帰っていた。


 必ずカフェに寄り道をして、それから伯爵家でおもてなしをされ、男爵家まで送ってくれる。勉強をする時もあれば、冒険者ギルドへ行くときもあっていり、魔法の練習をしたりもした。


 授業中、無性に悲しくなった。別に好きでも何でもないのに、なんであなたはこんなにも私の心の中を埋め尽くしているの?


 あなたがいない毎日を虚無に包まれながら過ごす。


 本当におかしい、お互い好きあっているわけじゃなかったのに。

 私は先生に見つからないように、机の中に入れているゼスト様から貰った手紙を取り出した。


 私たちの契約婚約一周年の時の手紙。


『感謝している。あなたが契約をしてくれて』


 たったそれだけの内容。


 でもね、なんか感じるんだ。これを書くために、凄く長い時間をかけたような気がする。

 幾千、幾万の言葉を削り取って、圧縮させて、その言葉になったと思うんだ。

 だって、ゼスト様、この手紙を私に渡す時、手が震えていたんだもん。


 私は手紙を手に当てて、ゼスト様と出会いを思い出すのであった。



 ***



 貧乏男爵令嬢、そんな私には男爵子息のクルスという幼馴染がいた。

 普通に仲が良かったけど、彼は中等部に上がるころ……全て変わってしまった。


「なんだよカリナ。はんっ、別にお前とはただの幼馴染だろ? 付き合ってもいないのに勝手な事言うなよ。俺とは身分が違うだろ、ははっ」


 そう言って私を突き飛ばした幼馴染のクルス。


 子供の頃は普通の男爵家として私と一緒に遊んでいた。

 二人で泥んこになって駆け回ったり、私と一緒におままごとをしたり、色んな事をして二人で過ごした。


 でも、クルスは本当はこの国の帝王の婚外子だったんだ。穏やかに過ごしていたけど、帝国が揺るぐ大きな事件があった。事件の詳細は私には関係ない。ただ、クルスが帝国の皇子になる事が決定づけられる事件であった。


『なあカリナ、将来は俺達結婚しような!』『俺、カリナの事大好きなんだ』『今は貧乏だけど絶対に成り上がって素敵なドレスをプレゼントするぜ』『カリナ、皇族ってどんな飯食ってんだろうな?』『へへっ、今はおもちゃの指輪だけど、いつか必ず……』


 私は平凡な幸せを望んでいた。波風が立たない平穏な日々を送りたかった。クルスの事は友達としての感情しか抱いていない。でも、貴族の結婚ってこんなものでしょ? って思っていた。


 好きでもないけど、平凡な幸せが手に入るならそれでもいい、と思った。


 でも、どんどん変わっていくクルスが怖かった。環境がこんなにも人を変えるとは思わなかった。


 クルスにひどい言葉をかけられて突き飛ばされた時、私はゼスト様と出会った。

 ちょっと不思議だった。なんでこんな校舎裏にいるんだろう、って思った。


 伯爵子息のゼスト様は雲の上の存在。

 そんなゼスト様が怖い顔をして私に言ったんだ。


「誰も人を好きにならない君が理想だ。俺の事好きでもなんでもないだろ?」


 当たり前の事を聞かれて私は頷いた。ゼスト様は苦笑しているように見えた。


「契約をしよう。俺達は婚約者になるんだ。そうすれば無駄な労力を無くせる」


「すみません……ちょっと意味がわかりません。私、今振られたんですよ? 」


「いや、俺は学生生活を穏やかに暮らしたいんだ。君も面倒事は嫌だろ? 俺といればクルスに絡まれない、それに他の子息にもだ」


 ようは仮面婚約者。この学園生活を生きやすくするための盾。

 モテモテのゼスト様は婚約者という盾ができ、私には権力から守ってくれる盾が出来る。


「……いいですね。じゃあ契約しましょうか?」


「――――っ。ああ、わかった。ただ、一つだけ約束してくれ。……俺に惚れるな。もちろん、俺も君に惚れない」


「なにそれ? ……好きになるわけないでしょ、あはは」


 なんだろう、すっごく笑っちゃった覚えがある。だって、俺に惚れるなって……ぷっ、今思い出しても笑っちゃうもん。


 それが私とゼストとの始まり。

 ゼストと私のぎこちない仮面婚約者の日々が始まった。


 ***


 手紙をそっと机の中に戻す。


 ゼスト様は契約期間を待たずに、私の前から消えた。

 ……例え契約婚約だとしても、確かな絆はあったはずだ。


「本当にあなたは馬鹿なんだから……。あなたからだもんね、お互い好きにならないっていったのは」


 この一ヶ月、結構嫌な事を言われた。馬鹿だのブスだの、まるで子供の悪口。すごく無理している感じがあった。

 共通の友達に聞いてもわからないと言っていた。


 それでも、あなたの事を嫌おうとしても……嫌いになれないの。


 だって、あなたは本当は凄く臆病で内気で怖がりだもんね。あれだけ結果を残しているのに。


 ずっと不思議だった。まるで生き急いでいるみたいで……。


 ***


 婚約してすぐの時。


「カリナ、いいか俺達は確かに婚約者だ。しかし、これは契約婚約であってそこに愛はない」


「わかっています、私は身の安全と家の借金が無くなるならそれで……」


 私たちの婚約の事が学園中に知れ渡った。もちろん形の上では魔道具「婚約の誓約書」を交わした正式な婚約者同士。

 学園を卒業したら私たちはさよならだ。


 そして、お互い自由な生活を送る。


 学園では必要最低限の関わりだけで十分。私はそう思っていた。

 彼は貴族学園の一年A組、高位貴族が集まる教室。私は一年C組、格が劣る貴族が集められた教室。

 だから――


「……ごほんっ、そこの君、カリナを呼んでほしい」

 私の教室に突然現れたゼスト様。慌てふためくクラスメイト。騒然とする教室。


 それもそうだ。ゼスト様は帝都一の美麗といわれている伊達男。しかも、歌劇の題材にされているほどだ。

 誰とも婚約せず、皇女との婚約さえも断ったことは有名な話。


 S級冒険者としての顔を持っており、魔女の弟子と噂され、魔物のスタンピードでは英雄並の活躍をし、新世代の帝都最強の魔法騎士と呼ばれている。


 そんな彼が教室に来たんだ。そりゃ驚くよね。


 ゼスト様は私と目が合うと、手招きをした。私はこの時、少し面倒だなって思いながらも席を立った。


「みんなも知っていると思う。俺はカリナと婚約をした。……これからもこの教室には立ち寄ると思う。お願いだから騒がず普通に過ごしてほしい」


「え? 頻繁に来るの? だって私たち」


 ゼスト様は慌てて私の口を塞ごうとした。彼の手が顔に触れた瞬間、少しだけドキリとしたけど、そんなものは生理現象。

 ……私が彼の事を好きになるわけない。

 ゼスト様は私の口を抑えながら小声で囁く。


「カリナ、いいかこれは俺が平穏な学園生活を送るためだ。……こ、恋人の真似事はみんなから関係を疑われないためだ」


「はぁ……、なんか納得できないけど、わかりました」


「……本当にわかっているか?」


 まさか、ゼスト様が毎日教室へ来るとは思わなかったけどね……。



 ***



 思えば、あの時のゼスト様は顔が赤かったような気がする。


 私は目を瞑った。ゼスト様との二年間。……穏やかで安らかな二年間だった。


 それでも私たちは契約婚約者。お互いを好きになっちゃ駄目だったんだ。

 だって……好きになっても苦しくなるだけ。それを知っていたから。


 私を冷たく捨てたのなら、もう忘れてしまって、平穏に過ごせばいい。

 でも、なんでこんなに心が嵐みたいになっているの。


「馬鹿……、ちゃんと説明しなさいよ……」



 ***



 伯爵家は私の家に謝罪をし、莫大なお金を差し出したと父から聞いている。

 私はゼストのお父様に問いただした。彼は今どこにいるのか? 何故契約婚約が破談となったのか?

「……申し訳ないカリナ嬢。……本当に、申し訳ない。私の力不足だ。だが、君は私にとって娘のような存在だ。困った事があったらいつでも言ってくれ。私の力の限り全力を尽くす」


 彼のお父様は涙を流していた。悲しみが伝わってくる。私は自分の中で渦巻く感情を制御出来なくて、ただ頷いた。


 学園では誰も彼も私に同情してくれた。そもそも大貴族の子息がこんな風に失踪するのはスキャンダラスだ。


「カリナ嬢、ぜひ私と婚約を――」

「カリナ、俺と付き合えよ。あいつの事なんて忘れちまえ」

「……ずっと前から好きだったんだ。カリナさん、僕は君を絶対に幸せにする」

「あいつひでえ事言って学園を去ったんだろ? ムカつくんだよ、くそ。……ムカつくのに文句言えねえんだよ」


 有象無象の子息たちが押し寄せてくる。

 そんな彼らを押さえてくれるのは、私の大事な友だち。

 私とゼスト様との学園生活の中で沢山の事件が起きた。その時の事件で関わった人たち。


 私は机の中に入れてあった「手紙」をポッケに入れていた。

 それに触れるとちょっとだけ心が穏やかになれるんだ。

 思えば、私たちは平穏ながら一度も素直になっていなかったのかもしれない。


 ゼスト様と私はこの二年間、人との触れ合いを経験した。

 令嬢であったり、子息であったり、冒険者であったり、騎士であったり。

 ふと、ゼスト様がいなくても、毎日誰かと話している自分に驚いた。


 それに、求婚なんてされるなんて思いもしなかった。


 だから――


「カリナ! ふふっ、君の噂は帝都は広まるほどだ。帝都一の美貌の男爵令嬢カリナ。……幼馴染のよしみだ、俺と婚約しよう。あんなクズ男は忘れて――」


 腸が煮えくり返っても、無責任な皇子クルスに苛ついても、私は彼と一緒に強くなれた。


 自分の事だったら聞き流せる。でも彼の悪口は――絶対に許せない。

 彼の胸ぐらを掴んで足が浮くほど締め上げる。


「クルス、冗談は顔だけにして。――二度とゼスト様の悪口を言わないで」


「は、ひ……」



 ***




 放課後、自然公園に来るとゼスト様の事を思い出す。

 おかしい、あんなに嫌われたのに、あんなに悪口を言われたのに、なんで、私はゼスト様を信じようとしてるの? 


 公園で猫が遊んでいた。……懐かしいな。


 彼と初めて会ったのは学園じゃない。

 彼は覚えていないかもしれないけど、子供の頃の自然公園で私たちは会っていたんだ。


 猫を遊んでいた私を遠巻きで見ていた独りぼっちの男の子。私は彼に気がついて、手招きをした。

 猫を独り占めにしちゃ悪いって思ったんだ。


「ふ、ふん、僕は別に猫なんて触りたく……」

「可愛いよにゃんこさん。ほら、肉球だよ」

「……ふ、ふふ、そ、そんなに頭をくっつけるな。よ、よしよし、よしよし、わぁ、可愛い……」

 初めは強がっていたゼスト様もすぐににゃんこにメロメロになってしまった覚えがある。

 少し内気な感じで、今のゼスト様からは想像もつかない。


 ベンチに腰をかける。あの時のゼスト様は可愛かったなって思いながら。

 成長するにつれてたくましくなり、精悍な顔つきになり、帝都の令嬢の話題の中心にいた。


 だから、なんで私に――、



 その時、私は思わず立ち上がってしまった。


 ゼスト様の――使い魔猫のミーがフラフラと倒れたのを見てしまった。


 反射的だった。気がついたら私は走っていた――、もしかしたらゼスト様が近くにいるかもしれない。


 ボロボロの使い魔猫のミーが私を見つけると、目を輝かせ最後の力を振り絞るように立ち上がった。

「くぃーんっ」

 私は駆け寄って使い魔の身体を抱きとめる。

「ミー……傷だらけだよ。早く傷を治さなきゃ! あいつはどうしたの? ミーの事、命より大事にしてたでしょ?」

「くーんっ……、くん」

 私は回復魔法でミーの身体を癒す。でも根本的に衰弱が激しい。安静にしないと――。


 ミーは前足を器用に使って、小さなカバンの中から大量の手紙を取り出した。……血がついている。ボロボロの手紙。何枚も何枚も出てきた。


 ミーは私のそれを渡すと、安心したかのように眠りについてしまった。私はミーを抱えてベンチ移動し、回復魔法をかけながら手紙を読んだ――




 なにこの手紙?

 

 私たちとの思い出が書かれてある? 

 クルスに暴言を吐かれて陰で泣いていた時、ゼスト様は突然私の前に現れて、契約婚約を持ちかけたんだ。


『その時俺は思ったんだ。不謹慎かも知れないが、俺にとって特別なチャンスだったんだ。心臓がバクバクした、君と話すきっかけになると思った。口の中が乾いてうまく声が出せなかった』

『君と話した後、俺は変な事を言わなかったか不安になってしまった』

『傷ついた君を見ていられなかった』

『俺はカリナを愛している。子供の頃、出会った時から――』


 手紙は何十枚もあった。

 どれもこれも、私の事しか書いていなかった。


 わたしは……、わたしは……、私は――


 契約があった。


 自分の心が彼に惹かれているのを理解していた。理性でそれを押さえていた。


 なのに、こんなものを見せられて――


「……嫌いになれるわけないじゃない。……馬鹿……」





 ***





 俺の余命は後一年。


 これは竜殺しの伯爵家の呪いといっていいだろう。


 とある魔竜を殺した際にかけられた呪い。伯爵家に生まれた子供に「竜紋」という痣が現れる、その子供は18歳の誕生日で死ぬ、とされている。


 俺ゼストは生まれた時に竜紋が現れた子供だった。


 本来ならいらない子供、絶対に死ぬ子供なのに、俺の両親はそんな事関係無しに俺を全力で育ててくれた。俺にはもったいないほどの素晴らしい親だ。


 元々内気な性格をしていた俺は、竜紋とは関係無しに中々友達が出来なく、世間に馴染めなかった。


 そんな時、俺は一人の少女と出会った。男爵令嬢カリナ。猫と戯れていた。

 俺は一目惚れなんて存在しない、恋なんてこの世界にない、と思っていたのに、身体が一気に熱くなって、もうカリナの事しか目に入らなくなった。


 ……たった十分。恋に落ちるには十分な時間。


 それでも、カリナは幼馴染のボーイフレンドがいた。男爵子息のクルスと将来は婚約を交わすのだろう、と思っていた。


 そもそも、俺は余命が存在している。……もしもだ、もしも、カリナが何会った時、いつでも助けられるように――

 俺はカリナのために全力で短い人生を生きる事を決めた瞬間だった。


 余命という逃げに走らない。一日一日を大切に過ごし、己の身体を鍛え上げ、勉学に励み、冒険者から教えを請い、魔女の弟子入りをし、何が起きても大丈夫なように備えた。


 ……でも、カリナが校舎裏で泣いているのを見かけた時、俺は悲しすぎて泣いちゃったんだ。

 もちろん、クルスのクズ野郎にムカついた。でも、それ以上に、心を傷ついたカリナを見て、込み上げてくるものが止まらなかった。


 俺ではカリナを幸せに出来ないんだ。先が無いんだ。

 内気な性根は変わっていない。周りから色々言われても、あの猫と戯れるのに躊躇しちゃう男なんだ。


 でも、足はカリナの方に向かっていた。震える身体を超上級魔法で抑え込んで。


『――男爵令嬢カリナだな? 俺は伯爵家のゼスト。……なあ、お互い平穏な学生生活を送らないか?』


 声が震えていないか心配だった。カリナに怖がられていないか心配だった。

 こんな提案馬鹿げている、って一蹴されると思った。


 だから、カリナが契約婚約に同意してくれた時は生まれて一番嬉しかった。


「ふんっ、絶対に惚れるなよ。いいか、俺達の関係は三年だ。……契約の更新はない」

「構わないです。あの……ゼスト様、目元にゴミが……」

「こ、これは違う、いいから契約成立だ。追って誓約書の準備に入る」

「はぁ……」



 俺達の関係で一番重要なのは、『俺がカリナから好かれない事』だ。

 なぜなら俺は死ぬ。カリナを悲しませたくない。

 なら初めから関わるなって思うかもしれない。……カリナを他の貴族から守るためでもある。

 そして、学園で孤立しているカリナを様々な人と引合せ、信頼関係を築き、俺がいなくなっても大丈夫な道を作るためだ。


 クルスの婚約者や取り巻き、様々なしがらみの上にカリナは存在していた。吹けば飛んでしまうような場所だ。


 好かれないように、少しの嫌悪感を維持しつつ……、心の奥底でこの状況を楽しもうと思った。


 確かに好きな人から嫌われるのは苦痛だ。それよりも、将来カリナが不幸せになる方がもっと苦痛だ。

 もっとも喜ばしい事はカリナが幸せでいることだ。


 そこに俺は必要ない。きっと学園を卒業する頃には、カリナには無限の選択肢があるだろうな。


 最後の一年でカリナをもっと幸せにするプランと練っていたんだが……。


 余命がただの余命だと高をくくっていた。相変わらず自分が馬鹿だと思った。

 余命一年。身体が衰弱し、身体がうまく動かせなくなっていた。だから、頃合いだと思った。

 さて、ここで俺には選択肢が3つある。


 1、このまま痛みに耐えながら余命まで学園に通う。2、伯爵領で余命を穏やかに一人で過ごす。

 3、呪いの原因を解明する。


「……本当なら呪いを解明したいけど、この身体じゃ無理なんだよ」


 もちろん、呪いを解こうと努力した時期もあった。だが、勇者がいない無い限り絶対に不可能なんだ。


 伯爵領の別邸のベッドの上で寝ていた。何もする事がない、ただただ身体が苦痛に苛まされるだけだ。

 それでも、俺は手紙というものを書いてみた。一文字書くだけで冷や汗が出るが、これがまた中々面白い。

 自分の感情を素直に書けるんだ。


 前に書いた手紙は簡素すぎた。でもあの言葉に何時間かけたんだ? もう忘れちゃったな。


 手紙は送り先が必要だ。……どうせ出すことのない手紙。俺はカリナに向けて手紙を書いた。書いた。書いた。書いた。書いた。書いた。書いた。書いた。


 …………………


 余命まであと300日くらいか? おかしくないか? この苦しみは? あと300日続くの? え、死んだほうが楽じゃない?


 片目が見えなくなった。それでも手紙を書いた。右手が動かなくなった。それでも左手で手紙を書いた。頭痛が激しくなった。それでも手紙を書いた。


 手紙を書いている時は、カリナと一緒にいた時の事を思い出せるんだ。それが呪いの痛みを和らげてくれる。


 きっと他人から見たらひどい人生だったと、思う。でも、違うんだ。

 俺はすっごく幸せだったんだ。

 一日一日が輝いていたんだ。


 全身の感覚が無くなった。


 そして――




 意識を取り戻すと、感覚が復活していた。目が見える。手が動く、身体が動く。……俺は嬉しさよりも悲しさで心が埋め尽くされた。


 俺の目の前にはカリナが立っていた。



 ***


「バカバカバカッ! なんで違う選択肢を選ばないの! 知ってたでしょ? 竜紋の呪いは『婚約の誓約書』で結ばれている相手と分かち合えるって! 過去にもいたんでしょ! それでゼスト様は長生きできるんでしょ!」


 見るも無惨な姿だったゼスト様が徐々に身体が元に戻っていく。その代わり、私の身体に異物が入った感覚があった。


 ゼスト様が悲しそうな表情で私を見た。


「馬鹿っ! そんな顔しないの! あなたは……、あなたはずっと自分を傷つけていたの。今だけの話じゃない。この二年間ずっとずっとずっと。余命なんてどうでもいい。本当にあなたが死ぬんなら、私はもっとあなたと一緒にいたかった。だから、正直に言ってほしかった、私を信じてほしかった、遠ざけてほしくなかった。――一緒に解決したかった。だって、私たち婚約者でしょ!」


 私はミーから手紙を受け取った。それはミーが勝手に持ってきた手紙。というよりも、ミーは戦闘能力皆無の使い魔猫。そんなミーが遥か遠くにある伯爵家から帝都のあの公園にたどり着いたんだ。どれだけ大冒険だったか想像も出来ない。


 ミーが一番分かっていたんだ。ご主人様の苦しさを。私に伝えたかったんだ。


「ふぅ……、竜紋を分かち合う、それは余命を分け合うだけだ。……ご先祖さまの事例は調べた事がある。お互い寿命が十年だけになって――」


「馬鹿ッ! それでいいのよ! 十年もあるのよ。あなたは十年も生きられるのよ? ねえ、なんで私があなたの事を馬鹿って言っているかわかる?」


「い、いや、まってくれ。寝起きで少し頭が……」


「……あなたが死んだら……、私は一生悲しむのよ。何も知らされていなく、わけもわからず悲しみに明け暮れ……」


「まってくれ、俺の事は嫌いになって」


「……嫌いになれればどんなに楽だったか……。あのね、まだわからない? 私はあなたがいない人生がいやなの。……あなたが、あなたが……、いないと……、馬鹿……馬鹿……」


 私は彼の胸を叩く。

 私たちの寿命は十年になった。私の両親も了承済だし、ゼスト様のお父様も私に熱意に押されて、ここを教えてくれた。


「……ねえ、お願い。契約婚約なんて嫌」


 ゼスト様は顔を抑えて涙を殺している。大丈夫、あなたはとっても涙もろいって知っているから。


「一人で無理なら二人で呪いを解く方法を探しましょう? 二人でも駄目なら、みんなを巻き込んで探しましょう? それでも駄目なら皇家も巻き込んで、他国も巻き込んで探しましょう」


「カリナ――」


 ゼスト様の視線に熱がこもる。生命力が復活した証。


「私は絶対にあなたを死なせません。だから――」


 ゼスト様は私をそっと抱きしめた。


「ずっと、好きだった。言えなかった。言ってはいけなかった。本当にいいんだな? 俺は、カリナの事をずっと愛していたんだ……。俺と正式に婚約してほしい」


 私はすくっと立ち上がった。


「もう身体は大丈夫なの? なら、一端帝都に戻って作戦会議しましょ?」


「カ、カリナ? 返事は……」


 私はゼストの顔を優しく撫でる。


「馬鹿……心配させた罰よ。……あのね、呪いが解けても解けなくても……私たち全力で生きようね? もう嘘は駄目よ」


 ゼスト様はコクリと頷く。


「……世界で一番愛しているわ、ゼスト様」



 余命が十年になったとしても――

 愛しあう二人が幸せな時を送るには十分な時間。

 呪いは解けなかったとしても――ううん、絶対に解ける。だって、私の身体にある両親が隠したゆうしゃのしるしが疼いているんだもん。


 ずっと本心を言えなかったゼスト様。

 ずっと素直になれなかった私。


 二人の平穏な人生のために――








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