【短編小説】お手伝いロボット
都会の喧騒から離れた高台の一角に、田中氏の豪邸はあった。
光る緑とスズメの囀りが朝を告げ、一歩ベランダに出れば街の隙間を流れる川を眺めることができた。
しかしそんな素晴らしい朝とは対照的に、窓の外を眺める田中氏は険しい表情だった。
「はぁ‥‥私は人を見る目がないのかもしれない。会社の代表として、我ながら情けない」
『次の使用人は、いかがいたしましょう』
「ふむ‥‥」
田中氏を悩ませているのは、この家に仕える使用人である。というのも最近入ったばかりの使用人が、体調が悪いからと連日休んでいるのだ。
「前に雇った人間には金を持ち逃げされ、その前の人間は家にある装飾品を片っ端から壊し、その前の人間はあることないことペチャクチャと言いふらしていた。これは一体どうしたものか‥‥。なにかいい案はあるかね」
田中氏はキッチンにまわると、シンク下のキャビネットからペーパーフィルターを取り出した。いつもであればドリッパーにペーパーフィルターがセットされているのだが、使用人が休みのため今日は自分で用意しなくてはならない。
『最近、D開発会社から面白いロボットが発売されたそうですよ』
執事はタブレット片手に田中氏に近づいた。
「お手伝いロボット?」
『はい。なんでも、身の回りのことをやってくれるロボットだとか。身体の不自由な人や高齢者向けに造られたそうですが、機能をみると結構良さそうですよ』
田中氏はタブレットに顔を近づけた。
主な機能
①掃除
②洗濯
③お皿洗い
④簡単な料理
⑤重いものも運べます
機能をみた田中氏は「おぉ」と小さく感動した。たしかに執事の言うとおり、悪くない内容だった。今勤めてる使用人の仕事にもぴったりと当てはまる。少しばかり値段が張るが、毎月高い給料を払うことを思えば許容範囲内だった。
それに家の用事を済ませるだけなら、ロボットの方が好都合であると田中氏は考えた。使用人の気まぐれな無駄話に付き合う必要もない。
詮索されるのは好きではない田中氏にとっては、無機質なくらいがちょうどよかった。
「よし、これを注文してくれ。それから今の使用人は、恨まれないよう退職金をつけてクビにしろ。はぁ、まったく‥‥人間はすぐに体調を壊すし、嘘をつくし、しまいには金品を盗んで行く。いつなにを起こすか信用ならん。しかし、これでやっと平穏な日々が戻ってくるな」
ロボットはすぐにやってきた。
ロボットらしい四角い頭に、丸い目がふたつと三角の鼻。身長は1メートルほどで、胴体は硬い金属素材でできていた。
背中のボタンで起動すると、ホースの腕をスルスルと伸ばし、5本の指で器用に物を掴かんでみせた。腕はどこまでも伸び続け、4階建ての屋根まで届いた。
「おぉ!これはいい!さっそく屋根の掃除をしてもらおうか」
田中氏が雑巾とタワシを与えると、水を使って屋根を磨きはじめた。力は相当強かった。全体を覆っていた苔は次々と剥がれ落ち、10分と経たない間に立派な瓦の屋根が姿を現した。
気をよくした田中氏は、ロボットに次々と仕事を依頼した。
「次は洗濯だ!使用人が休みだったせいで溜まりに溜まっているんだ。頼んだよ」
するとロボットは洗濯機を使わずに、物置からタライを引っ張り出しなみなみに水を張った。
そこに大量の洗濯物を放り込むと、自身の腕を突っ込み、高速でかき混ぜはじめた。
その姿に田中氏はまた感動した。
「素晴らしい‥‥!洗濯機だと量に限度があるが、ロボットなら一度に全て片付くではないか」
ロボットの無限に伸びる腕に洗濯物をかけ、腕から温風が出るように設定すれば、乾燥だって一瞬で終わった。
皿洗いも、酒のツマミを作るのも、ロボットは効率よくこなし、その度に田中氏は感動した。
ある日のことであった。
田中氏がいつも通りロボットに仕事を依頼すると、ロボットは返事しなかった。
起動ボタンを押し直しても、軽く叩いてみても反応はない。注文先の会社に電話すると、故障の可能性があると、若い男がやってきた。
『あー、バッテリーの故障ですね。常に稼働させているとこうなることがあるんですよ。新品のバッテリーを持ってきたので、交換しておきますね』
これにて一件落着かと思いきや、その日はまたやってきた。
田中氏が部屋から出ると、掃除機を片手に、ロボットが廊下の真ん中で止まっていた。電話をすると、前と同じ若い男がやってきた。
『あー、中の部品が破損しちゃってますね。1日の使用時間はなるべく1時間以内にしてください』
「あぁ、はい。気をつけます」
『修理には5日ほどいただきます』
「5日!?そんな急に5日も休まれては困る!家のことは一体誰がするというのだ」
『しかしそうは言われましても、部品を取り寄せる時間もありますし、最低でも5日はかかります。それでは』
5日後。ロボットが戻ってきた頃には、大量の洗濯物と皿洗いと掃除が待っていた。
ところが万全になり戻ってきたロボットは、その全てを手強よくこなし、みるみるうちに部屋を元通りに片付けた。
田中氏は男との約束を忘れ、つづけて、寝室のベッドメイキングと庭の手入れとお菓子作りまで注文した。
ロボットはすんなりと聞き入れ田中氏の寝室へと向かった。
それから少し経った時である。
寝室からガシャンガシャンとガラスが割れる音が聞こえてきた。
「なにごとだ!」
田中氏が寝室に向かうと、ロボットが長い腕を振り回し、部屋の装飾品を片っ端から割っていた。水晶の白鳥、海外から取り寄せた絵画、高価な花瓶が次から次に壊されていく。
ロボットはそのまま窓ガラスを突き破り、庭へ飛び出した。それから変な歌を歌い始めた。
『コノイエノシュジンハ、ヒトヅカイガアライ〜♪ヒトリジャナニモデキナイ、ムノウナニンゲンサ〜』
まもなくしてロボットの大合唱を聞いた近所の人々が家の周りに集まり、ヒソヒソと耳打ちをした。
田中氏は急いでロボットの後ろに回り、電源スイッチをオフにした。
ロボットの動きはピタリと止まり、田中氏はよろよろと部屋の隅に座り込んだ。
駆けつけた執事も、部屋の大惨事に驚き呆れるしかなかった。
「人間はなにをしでかすか分からんと思っていたが、ロボットも同じだったのか」
『‥‥そのようですね‥‥』