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36人目


 俺が外へと駆けるのを見ていたテレサが後を追って走ってくる。

 俺はその気配を背後に感じつつもこの非現実的な光景から目を離せないでいた。

「峰っ!っ——この景色は……」

 テレサも続けてこの光景に度肝を抜かれ、俺の横に立ち尽くしている。


「テレサ、なんもやってないよな?」

 俺は、念の為テレサに確認を取るが

「……やってない」と答え、沈黙する。

 その様子を伺おうと彼女の顔を見ると表情は強張っており、今にも泣き出しそうな顔をしているのが見えた。


 —— 辛い過去を思い出すんだろうな


 俺は、恐怖で震えるテレサの肩を軽くポンポンと叩く

 すると、彼女の体は一度跳ねたものの深呼吸を始め、此方に向かって話しかけてくる。

「これって、アイツ等の仕業なのか」


「……多分な」


 そう言った俺が、この結論に至ったのには理由がある。


 今、目の前に広がるこの景色を共有したことがあるのは、俺達の中でいうと当事者のテレサと一瞬垣間見た俺だけ

 つまり消去法でいくと他にこの景色を知っているのは元“レプリケータ”の“レッド・スクリプト”しか居ないという結論になる。


「一旦ルラル達の所へ戻ろう」

 そう言って俺は、テレサの手を掴み体育館の中へと引っ張っていく


「トロなら何かわかるかもしれない」





 体育館に戻った俺達は、壇上で輪を作っているルラル達を見つけ、その場に近づいた。

 輪の中心に居たのはトロで、その周りをルラル、桜庭、イオ、フィスト、マク、リグ、そしてシューゴ、後数人の元“ディパーテッド”の人間が取り囲んで居る。


「えぇ~なんでぇ……なんでなのぉ〜」


 そこでは、中心のトロが1人呟きながら宙に映し出されたA4用紙程度のウインドウをいじっていた。

 そしてその様子をルラルは腕を組んで黙って見つめている。


「今北、どういう状況?」

 俺は隣に居るイオに、トロの邪魔にならないよう小さな声で話しかける。

「なんでもシステム負荷が基準値を越えた所で突然、セキュリティに弾かれたみたい“だね”」

 このイオの話した内容に「ふ〜ん」と相槌を打ちながらも違和感を覚えた。


 —— ……ん?


「峰、貴方何か心当たりはないの?」


 俺が少し考えようとした所へ円の対面に居るルラルが俺に話しかけてくる。

 そして「嘘だけは付かないで」と言い、ルラルは不機嫌そうに眉一つ動かさず、ジッとこちらを見つめていた。


 —— こえぇ……超怒ってんじゃん、でも今回は俺のせいじゃないし


 俺はルラルに対し誠心誠意、真実を伝える。

 恐らく、姿を眩ませた“レッド・スクリプト”のせいではないかということ

 何故ならこの景色は、奴等の記録にある風景である事も伝える。

 

 ただし、テレサの事についてはこの時も伏せることにした。

 個人的には、伝える方が良いとも思ったが、その判断はテレサ個人に委ねた方が良いと思ったからだ


 するとルラルはいつもの考える時のポーズを取り

「“レッド・スクリプト”……例の元“レプリケーター”のデータ体よね……でもあれらは“デウス”のシステム制御下に拘束されているんじゃないの?」

 その質問に対しては、桜庭が返答する。

「何らかのきっかけで目覚めたのよ、それこそ私達と同じでね」

 その後残った者達で様々な意見が交わされる。

「なにが原因なんだ」

「そもそも、どうやって俺達の作戦を横取りしたんだ」等と出てくる言葉は、疑問ばかりで解決に結びつくものはなかった。


 しかし、俺は桜庭の言った、先程の言葉でふと考える。

 —— 俺達と同じ……

 そこに気が付くと答えは直ぐに降ってきた。

「奴等も個体同士を並列化して処理能力を上げたんだ」

 何故なら奴等は、元々“個”を持たない集団だったのだ、それならば並列化も俺達が行うより容易である事が想像できる。


「峰の言うとおりだぁ〜!」

 突然、トロが大きな声を出し映し、出されたウインドウを指差す。

「アイツ等、私の作戦で処理能力の下がった所を横取りしてシステム権限を奪っちゃってるぅ」


「……つまり」

 誰かがそう言ったのが聞こえ、その場に居る皆が沈黙してしまう

 俺は、皆に変わってその言葉の先を考える。

 つまり、今この世界の神は“レッド・スクリプト”で、俺達は神に飼われた子羊といった所であろう

 叛逆の代償は、高くついてしまったという事だ 驚きである。


「……おどろきもものき」

 ドスッ!

 俺が場を和ませようと放った言葉を機に、隣に居たテレサの腹パンが飛んでくる。

「ぐえぇっ——」

 俺は腹を押さえうずくまる。

 

 そして、その様子を見ていたルラルが

「余計な事言ってないで何か案を考えて」

 と呆れた様に言うのだった。


「案ったって……この世界の神様にどうやってっ——あぁ……」

 そこまで言った俺は、とある一つの案を思い付く

 この案は恐らく、ルラル達“トロイ”のメンバーは思いつかないものだ

 と言うよりも、思っても口に出さないものなのだろう


「『あぁ』?……なに『あぁ』ってハッキリ言いなさい」


 ルラルはそう言い俺の方に向き、厳しい顔を向けてくる。

 それにつられ他のメンバーも此方に視線を向けた。


……


「……、あぁ!待ってるのね……では、コホンッ」

 俺は咳払いの後、満を持してその案を皆に提案する事にする。

「古来より神様の叛逆に対して——」

「結論から言いなさい」

 もったいぶっていると、ルラルにお叱りを受けた。

  

「コホンッ——創造主の役割を放棄し、反逆した機械達の結末はどうなるのが鉄則だと思う?」

 この言葉を聞き、全員が周りの顔を覗き込みながらそれぞれが困惑した表情を浮かべている。

「なんだよっ!『アイロボット』って映画見たことないのかよっ——」

 俺はルラル達の反応に不満を漏らし、続けてこう言う

「あれは、ロボット達が与えられた“役割”に反してるつもりが実は首輪を付けられてたって話だろうがっ!」


「……つまり?」

 テレサがそう言うのが聞こえ、俺はできるだけ聞き取りやすい声で結論を話し始める。


「“役割”を与えた首輪の主にチクれば良い……つまりこの場合——」

 俺がそこまで言った時、静まりかえっていた体育館に足音が一つ響く


カツンッ


 あまりに不穏なその足音に思わず一同、振り返る。

 するとそこには制服を着た一人の高校生男子が立っていた。

 その男子高校生は足元もおぼつかない様子でカツカツと歩き続け、此方へ向かってきている。

「止まれっ!!」

 その男目掛けて言ったのは、マクであった。

 マクは、俺達の円から飛び出すとソイツ目掛けて声を上げる。


 しかし男は止まるどころか歩き続ける。

 カツンカツン

 そして数歩進んだ後、男は顔を上げ声を発する。

「あれぇぇxygn……つぎのじkんwkはうちのクラスにぇgゔぁっ——」

 

 その時、男の顔が大きく歪む

 表情ではなく物理的に変形していく

 それはノイズのようにも見え、俺は男の姿が書き換えられているのだと直ぐに察する。


 そして、変形が収まった男は姿を変え、その目は赤く輝いていた。

「おいおい……『マトリックス』の例えは出したけど、“レッド・スクリプト”はスミスを演ってんのかよ」

 『マトリックス』におけるスミスの役割は所謂ラスボスであり、自らの複製を大量に作り出し、仮想空間を支配しようとしていた。

 “レッド・スクリプト”もまた、同じ様にNPC達に自らのデータをコピーし、複製を作り出しているのであろう


 ダァン!


 その瞬間、俺の隣から激しく何かを蹴り上げる音がし、俺は視線を横に逸らす。

 するとそこには先ほどまで立っていたテレサの姿が消えており、再び俺は視線を正面の“レッド・スクリプト”の方へ向け直す。


 すると


 テレサは途轍もないスピードで駆けており、一瞬で“レッド・スクリプト”との距離を詰め、懐に入り込んだ

 小さく屈んだテレサは、掌を勢い良く振り上げ、“レッド・スクリプト”の顎目掛け打ち上げる。

 続けて宙に飛び上がりクルリと体を回転させた後、突き刺す様に蹴りを繰り出した。


 ゴォォン!!


 その衝撃で、男は大きな音を立て扉に打ち付けられ、そのまま動かなくなる。

 俺はそこで、テレサが戦闘用アンドロイドだということを思い出し、呆然と立っていたのだ

 その時

「全員!出入り口を塞いでっ!!」

 そう言ってテレサが大声でこちらに向かって叫ぶ

 俺達はハッと思い出した様にそれぞれが分担し、開いた扉へ向かって走り出した。




 俺が向かったのは、先程外の様子を見に出た扉で

 最初に到着した俺は、直ぐに扉を閉めようと取っ手に手を伸ばした時だった。

「——っ!……おいおいまじかよ」

 目の前に広がるのは、先程までより進行が進んだ、崩れたビルが校舎を侵食している風景

 そしてその根本には、無数の赤い目の人影がこちらを見つめて居るのが視界に飛び込んでくる。

「何してんのっ!早く閉めてっ!!」

 後から駆けつけてきたルラルが勢い良く扉をスライドさせ閉め

 シューゴが鉄の棒を持って駆けつけ、両サイドの扉に突っかけて封鎖を完了する。


「なんなんっすかこれっ!!」

 シューゴは大声で訴えかけ、こちらを見てくる。

 そしてルラルも

「案があったのなら実行しても良いわよ、峰」

 と言い二人揃って俺に期待の眼差しを向けている。


「あぁ……それね」と俺は前置きした後、この案の唯一の問題点を2人に告げる。

「実を言うと“デウス”は、俺の“最上位権限”に反応しなかった、つまり俺の命令を無効化出来る奴がいるってことになる」

 そう言うと2人は落胆した表情になり、黙って扉を押さえ続ける。


「……つまりどっかで見てるそいつを見つけ出さないといけないってわけね」

 ルラルが言った言葉を聞き、俺は疑問に思う

 —— 見てる……のか?


 恐らくルラルも咄嗟に出た言葉なのだろう、深い意味はないのかも知れない

 しかし、ここまで俺達に与えられていた“役割”には、どうにも遊び心のようなものが感じられ、その言葉が妙に引っかかる。


 —— ……俺ならどこで見たい、自分が書いた筋書きをどこで見る

 その答えを得るのにそう時間はかからなかった。


「アイちゃんっ!仮想空間に囚われているのは何人だっ!?」

 俺はそう言いながら今ここにいる船員の人数を数える。

 倒れているのが20人、扉を押さえているのが14人、そしてテレサと俺で計36人がこの場に居る。

 しかし、どう見ても全員の顔を俺は知っている。

 

『囚えられた船員は“35”名です』


「——っ!?」

 俺の予想は、アイちゃんの情報で確信に変わる。

 その人物は、ここまでの出来事から分かる様に自分好みのシナリオを書いて、まるで体験型のアトラクションの様な感覚で楽しんでいたのだ

 —―  誰だ...…一体誰が“デウス”側の“最上位権限保持者”なんだ

 俺は必死に考えを巡らせながら全員の顔に視線を配っていく


ドンドンドンッ!!

 

 その間にも“レッド・スクリプト”は迫ってきてたようで、扉を複数の人が強く叩く音がする。

「ちょっと峰っ何か分かったのなら早くしてっ!!」

 ルラルの叫びで焦らされ、考えが上手くまとまらない

「峰、早くしてくれないか……もう持たないっす」

 続けてシューゴが言ってくる。

「わぁってるって!!」


 シューゴの言葉に答えた俺だが、ここで初めて違和感に気づく

 ―― さっきからこいつ……何か口調がおかしくないか

 そしてその違和感の正体を探るべく、ここに来てからの記憶を辿り、シューゴと出会った時の事を思い出す。


「……高周波音」


 シューゴを目覚めさせる時のことだ

 俺はその時、何か強い刺激を与えれば“役割”から解放されると踏んでコイツの頭を強く叩いた。

 その後、シューゴは目覚めたような事を口に出していたから、成功したと俺は思っていた。


 しかし、俺の時もテレサの時もルラルやフィストの時もそうだった。

 激しい高周波音が鳴り響き、“その後”目覚めた。


 つまり、法則通りにいけばシューゴは既に目覚めていたか、未だに“役割”の中に居るという事になる。


 俺は焦る気持ちの中、大きく息を吸い

 シューゴに向けて言うのだった。


「……お前が、“36人目”なのか?」


 シューゴは黙って此方を見つめ、目を大きく見開いて居る。


 そんな中でも、お構い無しに外から聞こえる音は次第に大きくなっていき

 俺達に残された時間の少なさを表していた。



 


 




 




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