とある一室
豪華に彩られた一室
部屋には何重にも編み上げられた絨毯と天幕のある寝具が壁側に置かれており、その他にもある装飾品の数々が絢爛ともいえる室内を創り出している。
その一室に一人
開け放たれたバルコニーに繋がる窓の横で、椅子に腰掛け読書を行っている男がいる。
男は少し長めの黒髪でスーツを身に着けており、いかにも出来るビジネスまんといった風貌である。
時折吹く風がレースカーテンを持ち上げ心地良さに包まれる中、男が何かに気が付き観音開きのドアを見る。
カッカッカッ
とハイヒールのような足音が聞こえ始め扉に向かって大きくなっていく
バンッ
扉が大きく開くとそこへ、ドレスを纏った銀髪の女性が勢いよく入ってくる。
「聞いて!イリマ!聞いてよ!」
そう言うとドレスを纏った少女はイリマと呼ばれた男の元に速歩きで歩いて行く、
それに合わせ男も本を静かに閉じ、座ったまま女の方に向き直る。
「どうしたんだい?」
男が聞くと、少女はまるで演劇でもしているかの様に大きく手を広げ
「お父様ったら酷いの!酷いのよ!」
そう言ったかと思えば男に駆け寄り膝をつき
「私を敵国に売り渡すなんて言うの」
女は男の元足元で顔を俯向け泣き始めた。
暫くその様子を見ていた男が足元の少女に向かい少し微笑みながら言う
「楽しそうだね?」
ピタッと少女が泣くのを止め、クスクスと俯いた先から笑顔が漏れ始める。
クスクス笑いながら顔を上げ、少女は男を一瞥し立ち上がる。
「楽しいわよ」
「とういうより興味深いかしら」
そう言う少女の笑顔は年相応の様に見えるが、何処か底しれぬ知性を匂わせるものであり
「ならこの世界には満足したようだね」
男が立ち上がり少女の方に歩きながら語りかける。
それに答え少女も
「いいえ…駄目ね」
「もう5万の人口しかいなくなってしまったというのに全面戦争は避けられないもの」
それに…と少女が続けようとした時、会話が止まる。
「なにか問題かい?」
男が言うと少女が男の方を向き少し笑い
「問題と言うほどではないんだけど」
「一人起きちゃったみたい」
少女の言葉を聞いても男は浮かべた笑みを崩さずどうするのかを問うと
少女が答える。
「どうもしないわ」
続けて
「でもあそこには彼らの遺物を元に造った“アレ”があるからどうなるかは興味深いわ」
それだけ…と少し楽しそうに笑いながら少女が男の胸にもたれこみ上目遣いで男に話しかける
「さあもう行きましょう」
「イリマ…私に命令して」
「貴方に命令してもらえると私…何だってできるわ」
美しい少女に抱きつかれても姿勢も表情も崩さず男が天井を見つめる。
その顔は少し寂しそうであったが胸中を察することが出来ない。
「そうだね…ここの本は殆ど読み尽くしてしまった」
言葉を零した後、少女の肩を掴み少し離した男は、その整った顔を見ながら言う
「この世界を消去するんだ“マキナ”」
すると少女の目が赤く光ったように見え
「了解しましたイリマ」
パチン!
と指を鳴らすと先程迄晴天だった空が黒く染まり、あちらこちらで雷が落ちだす。
市街には何処からともなく黒く濁った水が押し寄せ人々の悲鳴が街中から上がりだす。
先程まで、イリマと呼ばれた男とマキナと呼ばれた銀髪の少女がいた部屋に二人の姿は既になく、
水に飲まれていくその部屋には男の呼んでいた本だけが残っていた。