ファイトクラブ
暴動が起こっている広場からトンズラこいた俺は今崩落した床の部分に再び戻ってきていた。
「ぜぇ……アイちゃん!はぁ……はぁ、ここからメインシステムとまでの道筋出して!」
俺はちょっと一息といった感じで少し足を遅め、この先のの道順を再確認する
道順に関してはサーナダ・ファミリーの者に以前マクが貰っていたものをそのままアイちゃんに転送してもらっていた。
なので後は、それを俺でも見れるようにしてもらうだけだ
『最短ルートを検索、表示します』
そう言うと右手のアメノハバキリの一部が形を変え、球体を作り出す
そしてそこから映像が出力され、右腕の甲から宙に浮かび上がる
「お?おおぉ〜……次世代アップルウォッチかな?」
そして浮かんだ地図からルートを確認し、タイランと行動を共にしていた経験からある程度目処を立てることができた。
「……にしても、アイちゃん機能がなんか増えてね?」
以前迄にこういった機能は確認できず、ここで初めて機能に触れる
記憶に残る限り、きっかけは恐らくあの時だろう
『搭乗者トレーサーの機体“キューピット”の機能を解析した際に付随していたものを使用しています』
「やっぱりか……それって規約に違反したりしない?ほら……AI生成ガイダンス的なさ」
俺達の時代ではチョロっと騒がしくなった問題だけに、少し神経質になる
新しい事が始まるときというのは人は敏感になるものだ
所有権や著作権で揉めるのは是非避けたい
「あ、でも——」
『対象となるトレーサーが死亡しているので問題ありません』
「そうそう、確か虎に食い殺っ——うっまた気持ち悪くなってきた」
当時を思い出し未だに気分が悪くなる
我ながら情けない話しだ
しかしそうこう言っている間にも足は止めていなかったので
崩落した床をつたい、再びエリア5に到着していた。
俺はもう一度、アイちゃんの映し出した地図を確認し走り始める
「爆発迄の時間は?」
『残り10800秒です』
「いちまっ——時間で言って」
『残り時間は現在、2時間59分57秒45です』
「今度は細か過ぎる」と喉まで来ていたが、体力温存為に飲み込む事にする
そして俺は、ひたすら走り続ける
寂れた住宅街を抜け、タイランの家の前を抜け
“ディパーテッド”達がファイトをしていた空間を抜け走る
すると長い廊下に差し掛かる
廊下は100メートルほどあり何の装飾も施されていない簡素な作りだ
そして剥き出しの金属がその道の圧迫感を引き立てている
「随分寂れてんな」
恐らくこの通路は長い間ここで多くの“ディパーテッド”を送り出してきたのであろう
無数の“ディパーテッド”がここを通り死んで死んでいった。
そう考え始めると、踏み出す足にも力が入り始める
なぜなら俺は、その長い連鎖を終わらそうとしているからだ
「……恨まれるかもな」
繰り返す再生を永遠の命と捉える者も多いだろう
それを終わらせる事の重圧に押し潰されそうになるが、俺は足を止めない
『……貴方の——』
その時急にアイちゃんが話し始め、少し驚く
今迄は殆どの場合において、話しかけた時にしか話さなかったのに
今は自ら話し始めた。
『貴方の決断なのであれば、私はいつでも側でサポート致します』
意外だった。
だが背中を押されたのも事実で、俺は少し足取りが軽くなった。
「急にレーザーが飛んできて細切れにされたりしないよな?」
などといつも通り冗談が言える程度には気持ちも楽になる
そして
終点である黒く、所々錆びた厳重な扉の前に到着する
「……」
「大阪府警はもうやったよな」
ガコンッ!
俺が開け方について思考を巡らせていると重い
音を立て、自然と扉が開く
「開くんかいっ!」
確かに“ディパーテッド”がここから出てくるなら開いて当然の事ではあった。
そして開かれた扉の先を見て、俺は背筋が凍る思いをする
広大な薄暗い球状の空間に無数の光が立ち並び、さながらプラネタリウムを思わせる様に光っている物が見える
しかし、それが直ぐに“ディパーテッド”達を生み出す胎盤なのであると気がつく
「これが、全部“ディパーテッド”の……」
見渡せば所々欠けている部分はあれど大まかに3色に光っている
俺は周囲を見渡しながら足を進める
通路は一本道で、球状の空間に宙に浮く形で一本橋が架かっており
それが終点である端末迄繋がってた。
そしてその端末からは上下に無数のケーブルが伸び、大樹の枝と根を思わせる形状をしていたのだ
「なんか……今迄の端末と少し違うな」
その機械的な見た目から、今迄のAIの端末などのスマートさは感じられず
俺はこのコロニーが数千年前の宇宙開拓の為の施設であったことを思い出した。
そのまま俺はギシギシと軋む橋を渡り端末がある終点に辿り着く着く
この場所だけは少し足場が広く、そしてこの空間の中央にある事から
どう見てもメインシステムと確信する
「……そうだっ!爆弾」
暫く圧倒されていた俺だが最優先の目的を思い出し、タイランの仕掛けた爆弾を探し周囲を回る
「これかっ!」
爆弾は端末の横にかなり雑に仕掛けられており、というよりも置かれていて
実にタイランらしいと感心しながらも、俺はその爆弾のそばへにじり寄っていく
「どうだ?解除出来そう?」
俺は恐る恐るアイちゃんに尋ねる
すると返ってきた答えは
『当初の推測通り、問題なく解除出来ます』
するとアイちゃんは触手を俺の手から伸ばし、あれよあれよと言う間に爆弾を粉々に分解してしまう
そしてその中から一つの容器を取り出し、俺の手に委ねる
『これが反物質です』
「いや危ねえっ!」
そう言い投げ飛ばそうとしてしまうが、アイちゃんの言葉を思い出す
「そっか、容器は頑丈だったよな」
取り敢えずはこれで一安心なのは間違いない
そして容器の中を見ると白い光が浮いているのが見て取れる
恐らくこれが反物質なのだと直ぐに確信するが、俺はそれを一旦ポケットにしまい次の作業に取り掛かる
「じゃあ生成装置を停止させますか」
そう言い俺は再び端末の前へ戻る
そして
俺は声を張り、命令を下す
「“最上位権限保持者”峰浩二が命令を下すっ——」
「生成システムの停止を実行しろ!!」
「……」
「峰浩二の名のもとに命ずるっ!生成システムを停止せよっ!!」
「…………」
「我が名はっ——ねぇこれどうなってんの?」
うんともすんとも言わない
これを例えるなら、過疎配信者位なんとも応えないのだ
—— なんも喋らないのに何で配信つけるんだ?未だに意味がわからん
などと考えていると
『この端末はAIを搭載していないようです』
アイちゃんの衝撃発言に身が凍る思いをする
なぜなら俺が命令を下して何とか出来るのはAIに対してだけの、チート能力なのだ
それを奪われた俺はレモンのない唐揚げ、もしくはタレ味の焼き鳥の様な物
「まっっじで、どうすんだよ!!」
俺は髪を掻き上げ、周囲をうろつく
解決策が思いつかないのだ
「やだ、もしかして俺のチート能力弱すぎぃ?」
しまいに俺は気が狂ってわけのわからない事を口にしだす
しかし昨今のなろうとかその辺ではチート能力が流行っているのも事実だった。
俺の能力は限定的過ぎて、こういう時に困るのだ
「ていうかこれ、そもそも能力でも何ともないし!」
一人でツッコミを入れ
宙に浮かぶ光達を見て立ち尽くす
「あぁ、トロが売られちゃう」
「きっと小太りで禿げ上がったおじさんに買われてこう言われるんだろうな——」
「『こんなセ◯クス専用ボディして恥ずかしくないの?死ねよ!!』とか」
「『催眠解除、催眠!!』とかさぁ」
などと特定のエロ漫画のシチュエーションを想像してしまい、罪悪感に蝕まれる
「俺に見ただけでセキュリティを解除するとかの能力があれば……あぁ!」
俺は思い出した。
以前アイちゃんが機器にハッキングを行っていた事を
「アイさん!」
「ハッキングでどうにかならない?」
俺は直ぐアイちゃんに提案をし、返事を待つ
『……古い端末ですが、可能でしょう』
そう言ったアイちゃんの言葉を聞き俺は飛び上がって喜ぶ
『2時間程時間を頂ければ』とアイちゃんは言うが、それならばギリギリトロのオークションにも間に合うと思い
実行を指示した。
すると直ぐにアイちゃんは俺の両手から“スライム端末”を全て離し、端末に被さり指令を実行し始める
「2時間……待ってろよトロ」
そして
1時間と38分後
「ちゅ!かわいくてご〜め〜ん産まれてちゃ〜って——」
『……マスター』
「ふんふふ〜——え?なに?」
『メインシステムと生成システムの切り離しに成功しました』
『これより生成システムのシャットダウンに入ります』
俺はこの間ずっと鼻歌を歌っていたのだが、
そろそろ作業が終了する旨の報告をアイちゃんから受ける
「……やっとか」
俺は立ち上がり、尻を払う
そして端末に向き直る
その時だった。
「まだ居たとはなぁ!」
この球状の空間に声が響き渡る
俺はバッと後ろを振り返り、入り口の方を見る
するとそこにはタイランとボロボロになった数人の男達が立っている
「あぁ……やべ忘れてた」
「あれ?タイラン?ちょっと迷子になっちゃって!」
するとタイランはボロボロで血の滲んだ顔でいつもの笑みを浮かべ
「迷子……迷子か」そう言いながら腕を振りゆっくり此方へ歩き出す
「爆弾……解除したみたいだなぁ」
そう言いながら、俺の持っていた反物質の容器を見る
それに対し、俺は俺で
「反物質……ああこれの事?」
「なんかここに落ちてたんだよ」
などととぼけ床を指さしてみたりする
「……渡しな」
タイランが10メートル程の距離で立ち止まり、ニヤけながら俺に言う
しかし言葉は笑ってはいないと直ぐに察する
「……断る」
こうなってしまえばもう後戻りは出来ない
俺は腹を括り、前へ歩き始める
そして
靴を脱ぎ、上着を脱ぐ
その様子を見ていたタイランですら俺の意図を察せず此方を見ている
「無意味な生を否定するのは構わない、ただ誰かを巻き込むのは駄目だ」
そう言って俺は立ち止まる
2人の距離はもはや5メートル程度しか離れていない
「さっさと…ソレを、返すんだ」
俺は反物質の容器をポケットにしまい込みタイランに向けて放つ
「……ファイトしようぜ、タイラン・ダイデン!」
「………ハッ!」
ハハハハハァ〜!!!
タイランは大声で笑い、靴を脱ぎ上着を脱ぎ捨て上半身は裸になる
そして「いいぜっ!」と言い、俺達は向かい合う
そして、その時
微かにだが身体が軽くなるのを俺は確かに感じていた。




