ガンジーも助走をつけて殴る
「へっくちっ!」
くしゃみ
「キモいな……何だそのくしゃみ」
くしゃみをした俺に、マクがいちいちツッコミを入れるが今はそれどころではない
「うっせぇな!」
「——それより早く行けよ!!」
というのも今俺達は上層への抜け道の前に立っており、ここを通っていけばエリア1の港へ直通で行くことが出来るのだ
別にメインシャフトからエレベーターで上に上がることも可能だが、サーナダ達の所へは桜庭を送っている
なのでマク、フィストの役目はルラル達への伝言と——
もし明日のオークションに間に合わなかった時の代理出席を伝えて貰う事が目的なのだ
「本当にお前は残るのか?」
当然俺は行かない
俺にはまだやるべき事があるからだ
「良いから早く行けよ」
パンパンッ!
俺は腰下で手を叩きマク達を急かす
「それともまだ俺を後ろにピタッとくっつけて、ムスコの銃身向けられてる方が好みなのか?」
「バカ言うな」と言いマクは長い原始的なハシゴに手足をかけ言うが
その顔は明らかに俺を心配しているものであった。
—— 正直このクソ長いハシゴを俺は登れる気がしねぇ
単純計算でも1エリア50メートルあったとして、エリア4のここから150メートルも登らなければならない
身体能力を強化されたこの時代の人類なら可能だろうが、俺は正直しんどい
なのでこの選択は俺の為でもある
「俺はまずタイラン達に付いて行かなきゃならん」
「——見届ける義務がある」
事前の打ち合わせでは俺はタイラン達に付いていき、上層エリアの連中と“ディパーテッド”が衝突したタイミングで抜ける段取りなのだ
そしてその後爆弾を解除し、“ディパーテッド”の生成装置を停止させる
これで全ての問題は解決する
「……気を付けろよ」
マクはそう言いようやくハシゴを登り始める
そして続いてフィストが行く
俺はというと2人の遠ざかるケツを眺めた後
「アイちゃん?」『はいマスター』と、軽くやり取りをして本題に入る
「あのさ……爆弾って解除出来るよね?」
『……』
「…………」
『今後は事前に確認することを推奨します』
普通に叱られてしまった。
しかもアイちゃんに関しては、ルラル達と違い淡々と言うから余計にヘコむ
「……はい」
我ながらかなり情けがない姿だ
AI、つまり機械に叱られる人間なんて睡眠前は想像もしなかった。
「……」
ここで少しだけ理解した
自ら考える事を止め、AIの言うまま動く“人類”に“最上位AI”は嫌気が差したのかも知れないと
だがその仮説には一つ問題がある事に続けて気付く
「アイちゃん……アイちゃん達AIは魂を持つのか?」
俺も随分タイランに影響を受けたのかもしれない
“ディパーテッド”達複製体にも当然の様に魂と言うものがあると思われる
それは魂の定義にもよるが、
自ら考え行動に起こす、そんなエネルギー的な物を魂とするならAI達にもそれがあるかもしれないと、ふと考えてしまった。
しかし、そんなファンタジーな妄想もアイちゃんによってバッサリ否定される
『——私達AIに魂はありません』
その後
アイちゃんが魂に付いて熱弁を振るい、俺は途中から訳が分からなくなってしまったので
そこで考えるのを止めた。
AIと“人類”そしてクローン体である“ディパーテッド”
その差も分からないままではあったが今は優先すべき事柄がある事を思い出し、タイランの元へ戻ることにする
とその前に
「あっ……爆弾」
『通常、反物質爆弾は爆心となる反物質を特殊な容器に保存したものです』
「つまり?」
『“ディパーテッド”の科学レベルを考慮しても容器事取り外せば爆発の恐れは無いものと思われます』
これで一安心である
俺は改めてタイラン達“ディパーテッド”の元へ戻ることにした。
「へぇ、戻ったのか」
戻った矢先、タイランは俺に向かいいつもの笑みを浮かべながら少し皮肉げに言う
「見届けるって言ったろ」
俺は笑みを返し、タイランに返事を返す
彼等は既に襲撃の準備を行って居たのだが、それを見た俺は唖然としてしまう
「アレ……武器は無いのか?」
「ハッ!自己破壊的行動に武器は要らない」
「身体がありゃ十分さ……良いか、死を拒絶するな」
—— いやそういう問題じゃないだろ
タイランのぶっ飛び理論には流石に俺も少し呆れてしまう
それと同時に憧れの登場人物には会うものではないと確信する、大体ガッカリしてしまうからだ
容姿は全然似てないが
「分かった、アンタがどう生きるかを見届けるのが俺の役目だ——」
「それで良いよ」
呆れ口調で言う俺の態度を全く気にも留めていないタイランはくわえたタバコを上に向け、俺に提案を持ちかける
「なぁお前も参加するか?」
「感じたいだろ?生の実感を!」
—— え……俺も一緒に死ねと?
「……悪いけど自己破壊にも自己改善にも興味ないんだ」
「理想は自己保全、死ぬ気はねぇよ」
当然死にたくはないし、俺が死ぬことは即ち、このコロニーにいる皆が爆弾と一緒に塵になるという事なので
そんな提案は飲めなかった。
しかしタイランは意外とこの答えが気に入った様で
「へぇ悪くない、自己保全——」
「つまりアンタは今の自分に満足してるって事か」
このタイランの感想はきっとオリジナルの名残りなのだろうと俺は察する
完璧に模倣していたならここは「くだらねぇ」「そんなもんマスターベーションだ」等と否定をしていたと解釈する
しかしこの男はそれを肯定した。
オリジナルの人物は、きっと変わらない自分に憧れていたのだろう
他者の意見に流され人の目を気にし、
常に自分というものを見失いそうになっている自身を変えたいと
きっとそう思っていたのだ
だがこれは、最後の希望を断つ事にも繋がった。
この感想をタイランが口にした事は、2人の人格は既に混ざりあっており
もはや専門家でもなければ治療は困難だという事だ
「もういいから、さっさと行こうぜ」
「時間ないんだろ?」
俺はそう言いタイランを急かす
トロのオークション迄もう既に15時間を切っていた。
それに爆弾の解除には後5時間しかないので、俺は急いでいる
「ヘッヘッヘ、世話女房みたいだな」
笑うタイランと行動を共に俺は決戦後へと赴く
格好良く言ったが俺は折を見て退散するんだが
そして
決戦の地となっていたのは、以前サーナダ・ファミリーが配給を行っていた広場であり
敷かれたバリケードは未来的な光の柵で、これは以前俺が入っていた牢の壁を持ち運び可能にしたようなものであり
それが複数あちこちに置かれ、その背後にファミリーの人間が武装して立っている
そしてそれと向かい合う様に20メートル程の距離を取り、“ディパーテッド”が今にも襲いかかりそうな様子で立つが
こちらはなにも持たず、拳のみで戦うという覚悟の表れなのだろう
「通しな!」
“ディパーテッド”達の群れの背後からタイランが先頭に向けて歩き出す
すると彼等は人波を割りそこにタイランに道が出来上がっていく
「はえぇ……圧巻だな」
俺は思わず口に出したが、
これはハッキリ言ってタイランのカリスマ性に感心したため漏れた言葉だった。
そしてタイランが先頭を抜け、誰もいない2つの勢力の堺に出た途端
サーナダファミリーにではなく、“ディパーテッド”達に向け語り始める
「お前達は何の為に産まれ、何の為に死ぬ」
第一声は聞いた事のあるフレーズだった。
やはりこれがタイランのテーマとして深く根ざしているのだろう
「何の目的もなく生み出され、何の証も残さず死ぬ」
「俺達“ディパーテッド”はそれでいいのか?」
「——違うだろ!」
タイランは次第に感情を乗せ、それがさらなる緊張感を生み出す
「俺が目覚めた時、今は居ない誰かにこう言われた『何もしなけりゃ安泰に生きられる』」
「俺は思ったよ……なら俺達は何の為に存在するんだってな」
「……だが!俺達の魂はそんなの求めちゃいない!!」
タイランが前列にいる者達を順に指差しさらに続ける
「お前達は今日、死ぬ!」
「永遠に続く再生に別れを告げ、傷ついた魂を救済する!!」
おおおおおおおぉ!!!!
“ディパーテッド”達の声でエリアが震える
そして俺もタイランの言葉、そして想いには正直少し心が動かされた。
そして気付く、これは“ディパーテッド”達の叫びなのだと
これらはつまり「俺達こそが本物で、今迄の個体こそが偽物なんだ!!」
「俺達は怠惰には過ごさない、死に方は自分で決められる」という覚悟が伝わってくる
演説を終えたタイランがタバコを挟んだ指で俺を指差す
「お前もコイツラをイかせてみるか?」
「……え?俺?」
「……」
俺は急な無茶振りに言葉を詰まらせる
そして何とか、ある言葉を思いつく
「……えっと、『明日死ぬかの様に生き、永遠に生きるかの如く学べ』?」
……
………
先程までの熱狂ぶりとは打って変わり、周囲に沈黙が訪れる
—— しくったぁっぁぁ!
それもそうだ
誰がこれから暴力を行う者達へ向けてガンジーの言葉を送るだろうか
それはもう皮肉を通り越してただの煽りでしかない
「ハハハハハァ〜!」
しかしタイランは笑っている
そして
「死ぬ気で最後まで戦えって事だ!!」
そう叫び再び周囲は熱狂に包まれた。
「え……ちがっ」
そんな俺の言葉も歓声に包まれ消えていく
そして
その時が来る
タイランは手に持ったタバコを地面に叩きつけ、最後に言う
「サプライズだ!」
すると先陣を切りファミリー側に突っ込んでいき、他の者達もそれに続く
俺は彼等の背中を見守り、その場を後にした。




