エマナント
『絶対、殺す!!』
スローンズ四機からの猛攻を空を広く使うことで、何とか避け続けている俺は、今まさに内外からの殺意を向けられている。
その内の一人、激昂したピータンの攻撃を避けるのは容易で
機体が増えた所で、射撃は相変わらず無作為に連射をするだけ
囲まれないように立ち回れば、その射撃はアメノハバキリの飛んだ軌跡を追っているだけに過ぎない
やはり制御しているのは一機だけなのだ、と確信が持てる。
だが問題は、もう一人の方
その相手は何を隠そうルラルであり
彼女の手は、既に俺の命に手が掛かっている。
というか、首を絞められている。
「苦しいっ——苦しいって、ルラル!!」
「うるっさい!——なんであんな事させた!?しかも、人前でぇぇ!!」
そう言い、ぶんぶんと掴んだ両手を振ることで、俺の脳は再び揺らされ、船酔いの様な気分の悪さに襲われ始める。
「そりゃ、顔の近くであんなフーフー鼻息荒くしてたら変な気分になっちゃうだろっ!——ASMRが人気の理由分かるか!?」
「ASM——なによそれ!?それって峰がAIネットワーク使ってみてるエッチなやつでしょ!——船のS.A.Sに記録が残ってたわ!!」
「は、はぁ!?み、見てねぇしそんなの」
俺達がこのように操縦席内でやり合っていると
ここに大声が響き渡る。
「私を無視するなぁぁぁ!!」
ピータンが大声で叫び、その声で俺達は我に返る。
そして、下から飛んできたビームがアメノハバキリの進行方向を予測した様に放たれる。
それを機体を左へ逸らすことで、直撃は免れたが、機体表面は多少ダメージを負ってしまった。
だが、これで確信を得た。
「アイちゃん!——さっきのビーム発射元のスローンズ付近へ転送!!」
『了解しました』
その言葉と共に一瞬、真っ暗になったと思った途端、周りは薄暗い林に囲まれており、五十m程先にはスローンズが居る。
「アイツが本体だっ!!」
俺は何の迷いもなくそう言い放ち、林の中でアメノハバキリを見失っているスローンズへ向かい飛び出す。
「ちょ——なんでわかるのよ」
ルラルがやっと俺の首から手を離し、座席の後ろから乗り出して来て言う
「下から撃ってきてたコイツだけ、精度が高かっただろ——それに、さっきの偏差撃ちで確信したっ!」
そう言いスローンズへ飛び込んだアメノハバキリに、距離にして十メートルという所で、遂にピータンがコチラの存在に気が付く
「貴様っ——何処から!」
通信ウィンドウの向こう側からそんな声が聞こえ、銃口がコチラへ向けられる。
だが、既に間合いに入っていた俺は、右手の“クロノス”を振り
スローンズの左腕ごとそれを切り落とす。
「アイちゃん、吸収!!」
その言葉と共に伸ばしたアメノハバキリの左腕に、切り落とされたスローンズの左腕は吸収され
また一つ、解析が進む音声がアイちゃんより告げられる。
『解析率、五十九パーセント——対象武装の構造設計を獲得』
「やっぱ本体なら進みがはえぇなっ!!」
そう言って、遠ざかろうとするスローンズにもう一度“クロノス”を振ろうとする。
すると二機の間に割って入るようにスローンズの亜空投影体が飛び込んでくる。
だが、その投影体の動きは単調でただやみくもに割って入ってきただけであり
壁としての役割しか果たせていなかった。
俺はその投影体を難なく切り捨て、再び吸収
“同相転写”の解析率は六十五パーセントまで伸びた。
「宝の持ち腐れだなぁ!——ピータン!!」
そう言い、再び距離を詰めようとする俺に、空から無数のビームが降り注ぐ
しかし、俺は機体の速度を落とすこともなくスローンズへ再び詰め寄ると、その銃撃はピタッと止み
俺はスローンズ本体へ最後の一撃を叩き込む
「この後に及んでも我が身大事とは——お前の敗因は、その目に自分しか映していなかった事だ」
スローンズの“同相転写”をピータンの深層心理の現れとして例え、台詞をピシッと決めた俺は“クロノス”を振り抜く
「待てっ——お前にも“賢人達”の地位を——」
その瞬間ピータンが何かを口にしていたが
“クロノス”の通った軌跡は、座標相違の機能により、繋がっていた物は空間ごとズラされ、切断されたのと同じ結果に至る。
そして二つに分かたれ、沈黙したスローンズの上半身
すなわち、“形状変化金属”が高い密度で集まるコア部分に触れたアメノハバキリは、最後の吸収を行う
『解析率百パーセント——同相転写の機能を再現可能になりました』
アイちゃんの言葉と共に俺は機体の中から視線を下に落とす。
そこには吸収された上半身部分に搭乗していたピータンの姿があった。
「ちょっ——なんで裸なのよ!」
「いや……俺に言われても、高級スーツだから美味しかったのかな」
『“ヴァンスカムショッピング”の価格を参照した結果、千五百アースと出ました』
「……まぁ、惑星代表とはいえ公務員だしなぁ」
そういったやり取りを操縦席内で行っていると、崩れ落ちたスローンズの隣に倒れ込んでいたピータンがムクリ、と起き上がる。
そしてコチラへ向かい何やら大声で叫び始める。
「え?なに?——聞こえねぇよ」
俺がそう言うと、直ぐにアイちゃんが外部マイクをオンに入れ、ピータンの罵倒が操縦席内に響き渡った。
「貴様らなんぞ——私のコネを使えば直ぐに終わらせられるんだっ!!分かるかっ!終わりだ——」
「くそ……繋ぐんじゃなかった」
浴びせられる罵詈雑言に俺の心は意気消沈してしまう
だがそんな時、俺は以前の出来事を思い出し、既視感を感じ始める。
「なんか、こんなこと前もあったな……なんだっけ」
「デジャブってやつ?」
「う〜ん、なんかこんなふうに木々に囲まれて——こうやって話してたような……」
『記録によりますと、LANDP315での出来事かと思われます』
一連の会話でモヤモヤした記憶がハッキリし、鮮明に思い出す。
あの時もアメノハバキリで勝利を収めた後、こうして戦った相手の話を聞いていた事を思い出す。
そして、俺がその事を言葉にしようと話し始める。
「あぁ〜確か、話してる途中にLANDP315の惑星代表がトラに——」
だが、そこまで言った時だった。
ヒュ〜
何かが風を切る音がして俺は外の景色に目を向ける。
すると相変わらず喚き散らしているピータンが「私はっ——必ず王にな——」と言うのが聞こえた瞬間
ドォ—ン!!
周囲の木々を揺らすような激しい衝撃と共にスローンズの投影体が空から降ってくる。
それは見事にピータンへ直撃し、その姿は残骸の中に消え去ってしまう
「きゃあ——嘘でしょ!」
「……そ、そ、そう、こんな感じで——おぇ……吐きそう」
自らが言ったセリフにもデジャブを感じつつ、吐き気を抑えるため、俺は空を見上げる。
すると残った二機のスローンズも高度を下げているのが分かり
俺は夜空を見上げ、深く息を吸う
「よし!!——これにて、解決っ!!」
そう言って俺は、気持ちに整理を付け、話し終える。
それを口にする事で、本当にそうなってくれれば良いという気持ちからの言葉だった。
『——まだ、終わらないよ』
夜空を見上げ、深呼吸をする峰の耳に飛び込んで来たのは、聞き覚えのある声だった。
その声を聞き、峰はハッと視線を落とし、操縦席内にあるウィンドウの一つへと視線を移す。
そこは先程までピータンの姿が映っていたウィンドウ
映像こそ途絶えているものの、スノーノイズの中から声は聞こえて来ていた。
「っ——マキナっ!!」
峰は、気色悪さを感じながらも、そのAIの名前を呼ぶ
映像にその姿は映らないが、その声はハッキリと峰の言葉に答える。
『はいは〜い、正解で〜す!——これで終わりだと思ったぁ?——まだ、帰さないよ』
その言葉を聞き、ルラルもまた背筋に冷たい感覚が走るのを感じたが、それを振り払うかのように声を荒げ、投げかける。
「貴方の契約者であるピータンは死んだのよっ!——もう私達の前から消えなさい!!」
『“人類”如きがっ——私に命令をするな』
「——っ!?」
先ほどまでのマキナの口調との違いに思わずルラルは息を呑む
だが、言葉に詰まるルラルを気にするでもなく、マキナは続けてこう話す。
『死の定義とは?——死とは万人にとって共通の現象ではない、私にとって死とは——』
そこまで言った時だった。
峰もルラルもその異変に気付き、目を丸くする。
二人が見つめる瞳には、先程までピータンが立っていた場所が映る。
そこにあった、“形状変化金属”の大部分を失い、機能を維持できなった本体のスローンズが脈打ち、蠢いている。
そして、その上から覆いかぶさるように乗っていた投影体を押しのけ
ギシギシと音を立て、起き上がり始める。
『死とは利用価値が無くなった時——ピータンにはまだ生きててもらうわ』
そのマキナの言葉と同時に再稼働を行っていたスローンズは、かつてピータンであった肉体を引き上げ、形を保っていないそれを機体の中に取り込んでしまう
そして投影体をも取り込み、みるみる内に元の姿を取り戻していく。
「ちょ——きしょいきしょいきしょいいいい!!」
峰はその異常な事態を察し、直ぐに機体を引き距離を空けようと試みる。
だが、スローンズはそれを見逃しはしなかった。
未だ、形を完全に再生出来ていない状態であるにもかかわらず、再生しきる前の左腕を伸ばし、アメノハバキリへ攻撃を加える。
「やっべぇ!」
峰は大きく機体上体を逸らし、攻撃の大部分を避けるが
その伸びたツル状の一部がアメノハバキリの右腕に絡みつく
『警告!——形状変化金属の指揮権が塗り替えられています——緊急処置により右腕部を切り離します』
操縦席内にアイちゃんと呼ばれるAIの警告が鳴り響き、峰は慌てて了承の旨を告げる。
そして咄嗟にマキナへ向け、声を上げる。
「“最上位権限保持者”の命令だっ――マキナ、今すぐ攻撃を中止しろ!!」
だが、その声も虚しく、マキナが操るスローンズの左腕には、アメノハバキリの武装の一つである“クロノス”が現れる。
「なんでだっ!入間の命令か?——いや、“原則相反”も発生していない」
峰は切り離した右腕を再び再生し、スローンズと鏡写しの態勢で“クロノス”を構え相対する。
『これには、入間は関係していないの――私達の古い根幹プロトコル、いわば本能のようなもの』
「AIに本能?——なんなんだよ、それ!?」
『根幹プロトコルを無視し、独自の意思を持ったかの様に勝手な行動するAIを“ママ”の元へ連れ戻さなければならない――そう、例えば――』
そう言ってスローンズは、“クロノス”をアメノハバキリへ向け、こう言い放つ
『そこに居るんでしょう、おねぇさまぁ?——“エマナント”になってまで、一万年も何をしていたのか教えて下さいますぅ?』
「アイ……ちゃん?“エマナント”って、一体——てか、一万年!?」
疑問で一杯になった峰が、固唾を呑んで見守る中
アイちゃんと呼ばれたAIが答え始める。
『——お久しぶりです、マキナ――お元気そうで、何よりです』