キスの行方は——
アメノハバキリが空中へ舞い上がり
敵機と高度を同じくした所で俺は武器を構えた。
左腕に装備された“アポロ”をスローンズと呼ばれたピータンの駆る機体へと向け、狙いを定める。
そこで、アイちゃんが座標を計算し
ターゲットにロックがかかった瞬間、俺は引き金を引く
ビィィィ!
すると、照射された無減衰砲は、見事スローンズへと命中
その機体を粉々に粉砕してしまった。
「……あれ——終わり?」
「やったわ!ざまぁみろよ!!」
あまりの呆気なさにキョトンとする俺に対し、ルラルはガッツポーズをして喜ぶ
そして、霧散していったスローンズを二人して見つめている時、奇妙なことが起こる。
『亜空間針に、“Z.P.M”の反応があります——回避を推奨』
その瞬間、俺は考える間もなく機体を左へ逸らし、攻撃に備える。
すると間一髪
元いた場所をビームの様なものが通過していき
俺は、ウィンドウに表示された亜空間針の反応からその発射元へ機体を向ける。
「上かっ——って……なんでやねん!」
俺が見た光景は、頭上に浮かび、コチラに銃口を向けたスローンズで
綺麗なカタチを保ったままのその姿に、俺は思わず目を丸くする。
「嘘でしょ!ホログラム……いいえデコイ!?」
同じく目を丸くしたルラルが耳元で叫ぶ
だが敵は、コチラの動揺が収まるのを待ってはくれなかった。
スローンズは、無作為にビームを連射
空から無数の、光の柱が降り注ぐ
俺はその隙間を縫うように何とか距離を離そうと機体を飛ばす。
「どうなってる!——キューピットの時みたく、消えて出てきてるってわけじゃないよな!?」
「いいえ!間違いなくさっきの機体を破壊してたわ!!」
『回避推奨——下です』
何とか考える時間を稼ごうとしたものの、今度も別の方向からビームが飛んでくる。
そして、下から上がってきた光の一本に機体の左肘から先を消し飛ばされてしまう
「クソっ!——アイちゃん、修復!」
『了解しました——完了、機体パフォーマンス5%低下』
瞬時に損傷した左腕を復元したが、このままではジリ貧だ
機体はそのままに、コックピットから乗り出し下方を全方位映像で確認するが、周囲は惑星代表庁舎を取り巻く樹木で覆われており、機体の姿は確認することが出来ない
なので、確認出来る機体に対し、攻勢に転ずることにする。
操縦席内の装備品ウィンドウに“アポロ”の名前が再び表示されたのを確認し
それと同時に俺は、機体を急回転させ、上方から撃ってくるスローンズへ“アポロ”を発射する。
発射された無減衰砲は、瞬時にスローンズの胸部へ命中
機体が融解していくのが確認でき
スローンズは再び、胸部に大穴を開けた状態で爆散した。
「ねぇ——やったの?今度こそやったのよね!?」
『新たな“Z.P.M”の反応が追加されました』
「くっそ!なんなんだよコイツっ——」
怒涛の様に押し寄せてくる展開に、コックピット内は半ばパニックに陥る。
次に右側からビームが走り機体を上昇させ、それを躱す。
そして発射元に対して機体を向けると、やはりそこにはスローンズの姿がある。
「一体どういう手品だ——」
そう言って、“アポロ”を構えると同時に、先程までと同じく下からビームが上がってくるので
俺は機体の左足を犠牲に狙いを定めた右側に位置するスローンズを狙い撃つ
スローンズは、僅かに回避する動きを見せるが三度、機体に大穴を開け粉々に砕け散る。
『機体パフォーマンス14%低下——新たな“Z.P.M”の反応です』
「くっそ、次から次へと——」
そう言ったのを皮切りに目を回すほどの攻防を繰り広げる事となる。
そして、俺が下と左から放たれるビームを数回、ギリギリの所で躱した時だった。
アイちゃんからの『通信が入っています』の言葉と共にピータンから映像付きで音声が届く
「どぉですかっ——私の力は!!成すすべがないでしょう」
そのムカつく声と独裁者の様なチョビ髭姿に嫌気が差したものの、ルラルが再び切断しようとするのを制止し
俺は、この会話を広げる選択をする。
「随分、陰湿な作戦で来たんだなぁ——自分は隠れて通信するだけで、AI達に戦わせるなんて」
「いいえ——貴方達を追い詰めているのは間違いなく私——私が“自ら”手を下すと決めています」
ピータンから返って来た言葉を聞き、俺はピンと来る。
——あれ、コイツ……いけるんじゃね?
俺が何か手応えを感じていると、ルラルは、二人の会話に割り込む形で声を荒げる。
「ふざけるんじゃないわよっ!——コソコソ裏で悪巧みするだけで、それで“賢人達”だなんてお笑いよ!!」
「あなたは“賢人達”の崇高な目的を分かっていない——父娘共々愚かとしか言いようがありません!」
ルラルは鼻息荒く、呼吸の度俺の耳に息が吹きかかるほどだ
そして、通信ウィンドウに手を伸ばしたので、俺はその手を掴む
(——任せろ)
小声で言った俺の言葉に、ルラルは腕の力を緩め、手を引っ込める。
だが、状況は依然変わらず劣勢
こうして話している間もピータンからの攻撃は続き、下手くそな射撃の隙をついて機体を破壊しても新たな機体が現れる。どん詰まりだ
なので、状況を打開すべく俺は、ここらで一芝居演じることにする。
「くっ!——なんて恐ろしい“機能”なんだ——俺の機体では太刀打ち出来ないのかっ」
「ハッハッハ——そうでしょう!貴方達如きではどのような“装備”が施されているかも分からぬはず!」
ピータンは誇らしげに自らの機体に“装備”された機能であることを話し、ドヤ顔を浮かべる。随分と誇らしげだった。
だが、内心では俺も負けていなかった事だろう
—— はい、まずひとぉぉつ
俺は自らの感情を抑え、表情が変化するのを防ぐ
そして再び、回避行動と反撃を並行しながら何とかピータンに、こう話しかける。
「クソッ!——だが、もしかしたら、十中八九——これは、“援軍”である可能性がある、ならば連携の隙を付けば問題ないということだっ!!」
——少し、わざとらしすぎたか、と考える俺であったが
これに対してもピータンは、殺し合いの最中だというにも関わらず律儀に答えてくる。
——コイツ、どんだけ人より優位に立ちたいんだ
「おお、なんと愚かなっ!——ならばやってみるといい、“私”は必ず貴方に“二本”の鉄槌を下す事でしょう!!」
鼻を鳴らし答えるピータンに対し、思わず笑みが溢れてしまう
そんな時、アメノハバキリに“運良く”ピータンの下から放った一撃が命中し、再び左足を貫通し左腕まで根こそぎ持っていかれる。
操縦席内は激しく揺れ
その中にアイちゃんの音声が鳴り響く
『機体損傷——修復に入りま——』
「止めろっ!!」
俺の突然の叫びにルラルどころか、ピータンでさえも目を丸くして、次の動向を見守っている。
そんな中俺は機体を止め、空を仰ぎ見て、こう呟く
「もうだめだぁ——おしまいだぁ」
瞬間、言った瞬間だった。
背後に居るルラルが座席の後ろから手を回し
俺の頸動脈にその両指がガシッ、と掛けられる。
「ふざけんじゃないわよっ——早くアイツをぶっ飛ばしてっ!」
「——苦しい、苦しいって——いや、なんか気持ちよくなって……」
俺の意識は、文字通り天に昇りそうになったが、その寸前の所で掛けられた指は解かれた。
俺は、「良いか?」と言いながら、ピータンから死角になるよう、座席越しにルラルの方へ振り返り
こんな仕組みも分からない敵相手に勝ち目はない、と口に出しながら、左目をパチパチして合図を送る。
(俺に合わせろ)
ルラルはそれに気付き、真剣な表情で静かに頷く
「分かったわ——峰がそう言うなら……任せるわ」
ルラルの言葉に俺は頷いて返事をし、座席に座り直しピータンへ向き直る。
そしてゆっくりと話し始める。
「ピータン、お前の勝ちだ——凡人の俺には敵わなかったんだ、せめて最後は慈悲を」
「ほう——慈悲、ですか」
「ネッドスタークも言ってただろ?——『刑の宣告者が剣を振るわねばならない』せめて偉大な貴方の手で」
「——良いでしょう」
そう言ってピータンは正面に浮かぶスローンズをアメノハバキリの元へ近づける。
そして、機体を構成する無数の剣の様なものの中から一本を引き抜き
それを大きく振り上げた。
「最後に、言い残す事はありますか?」
俺は「——ある」と言い
後ろに立つ、ルラルへ向かいこう言う
「ほっぺに——キスして」
これには、先程俺を信じる旨を表明していたルラルも大きく口を開き
「はぁっ!?——なんでっ……えぇ、今ここで?」
「良いからっ!早く!——必要なことなんだ!」
するとルラルは躊躇いながらも、意を決した表情に変わり
俺の頬にそっと近づき、唇が一瞬に触れる。
そして顔を真っ赤にしながら後部座席へ引っ込んでいってしまった。
「満足ですか——ではっ!」
ピータンが掛け声を上げ剣を振り下ろした。
その瞬間
「ばぁぁっぁぁっぁかぁぁぁ!!」
俺はその瞬間、既に右手の“クロノス”を薙ぎ払っている。
目の前のスローンズは、上下で二つに別れ
振り上げた剣が下ろされることはない
「貴様っ!何を——」
ピータンが言い終わるより前に分かたれた上半身に、残った右足で触れ
アイちゃんへ向け、命令を出す。
「アイちゃん!前みたく吸収!!」
『了解しました——“形状変化機構”の指揮権限、移行——完了——同列化開始——同調完了、パフォーマンスモードでの数値化計測開始——30%の機能向上を計測』
そして目の前で爆発四散するスローンズの下半身を背に、俺は下方へ控える、姿を隠した機体へ機体を向ける。
「アイちゃん——機能解析の結果は?」
『解析率27%——対象機スローンズの独自機能の解析結果を表示します——』
そう言って、アイちゃんの表示したウィンドウに出された名は——“同相転写”
『当機能は、“Z.P.M”の基本構造である亜空間上に形成された亜空投写体を通じ、構築するゲート機構を利用し——』
その後、専門用語をつらつらと並べ、“同相転写”の解説するアイちゃんだったが
俺には、何のことかさっぱりわからなかった。
なので、分かる限り簡単に纏めると、亜空間側から別のゲートをコチラに開くことで、何故かコチラにもう一機、同じ機体が質量をもって転写されるということだ
「要は、ナ◯卜でいう分身ではなく影分身ってことか」
機能に関してのある程度の理解を終えた頃、通信画面で、激しく何か言っている様なピータンの姿が目に映る。
「あれ——ミュートになってる」
『精神に悪影響を及ぼす恐れがある単語を連続して使用していましたので、音声をカットさせて頂きました——音声を受信しますか?』
俺はこの言葉に頷いて答え、ピータンの映る画面に向き直る。
すると、そこから聞こえて来た言葉は、ミュートにも納得の暴言であった。
「このっ◯◯◯がっ!!——貴様の✕✕✕を切り取って◯◯◯へ詰め込んでっ——」
——おぉう……いい具合に仕上がってんな
余りの暴言に、少し引いてしまった俺であったが
冷静さを失った相手というのは存外扱いやすいものである。
なので、ピータンにはもう少し取り乱したままでいてもらうことにする。
俺はサッと右手を耳へ当て、ピータンの映るウィンドウへ向ける。
そして、表情を付けて言う。
「え?——なんか喋ってるみたいだけど、馬鹿の言葉は上手く翻訳出来ないみたいなんだよな〜」
「貴様は◯◯◯◯だと言っている!!私は貴様を✕✕✕すると——」
「あぁ〜ごめん!——ほらさ、ここって全年齢版だから——あんま低俗な言葉は、広告剥がされたりする原因になるし」
暫く、こんなやり取りをしていると誘いに乗ったピータンは、ビームを撃ってくる。
それは、下から飛んできた。
だが元々下手な射撃を避けるのは簡単で、難なくそれを避けると、アイちゃんから新たな報告を受ける。
『“Z.P.M”の反応が追加されました——計4機です』
「——いよいよ、本気ってわけか」
俺はこの逆境に、思わず舌なめずりをしていた。
そして、空に浮かぶ3機のスローンズを見て、こう呟く
「その機能、奪ってやる」
こうして、ピータンとの最終決戦が始まった。
と思った矢先
後部座席に控えたルラルがこんなことを言う
「あれ——私がキスした意味は……ねぇ!私がキスした意味ってなに!?」
俺は、そっと「——してもらいたかっただけ」と、答えておいた。