裏切り
ガブリエラルと名乗った男がピータンの法律違反を指摘した事で状況は一変した。
“惑星防衛軍”の面々も彼の方に理がある事を察し、完全に戦意を喪失している。
そんな中、父はガブリエラルの肩を叩き、こういっているのが聞こえてきた。
「良いオフェンスだ、的確で端的、やはり君は姉に似て優秀なようだな」
「黙れ——二度と姉の事を持ち出すな」
「おや——先程の対話で誤解は解けているものだと思っていたが……ふむ」
こんな二人の会話から、何か因縁があるようには思えたが、父の事なので驚きはしなかった。
しかし、そんな二人をよそに防衛軍の人達は、ピータンからの弁明を聞くべく、視線を私の前に立つこの男へ向けてジッと見つめていた。
「どういう事でしょうか、代表——これは貴方の独断だったのですか?であれば——」
沈黙するピータンへ向け、話を切り出したのは、防衛軍の隊長であった。
その言葉でピータンはピクッと身体を少し動かした後、何かを言い出しそうな隊長の言葉を遮るように語りかけ始めた。
「聞こえているのでしょう、マキナ——今すぐ証拠の提示と裁判所令を発行しなさい!!」
その言葉に私は一瞬固まる。
—— マキナ、マキナ?……マキナですって!?
その名前を聞き、カッと頭部へ血流が流れ始めるのを感じ、私は目を見開いて周囲をグルリと見渡す。
マキナは、私の亡くなった夫を見殺しにした存在、いわば私にとっては仇にも近かった。
そんな激情に駆られ私は血眼になり、その存在を探すが、周りに居るのは、微動だにせず私に銃口を向ける“アイドロイド”ばかり
マキナの姿は見つからない
「——はいはぁ〜い、呼びましたかぁ〜」
一瞬間を置いた後、突然若い女性の声が室内に響き渡り、私はその方向へバッと視線を移す。
すると“アイドロイド”の一体が他の端末とは別の動きをし始め、スッと頭部に装着した防具を取り外し始めた。
「っ!——こいつが……マキナ」
私の視界に飛び込んできた容姿は、青白い髪に真っ白な肌、そして青い瞳
それら全ては、作られたものであるとは分かっていても、まるで物語から出てきた様な少女の姿に、私の敵意は薄れそうになってしまう
だが、マキナの身体には依然変わらず銃器と軍用の防具が身につけられており、それでいて当事者はニコニコ薄ら笑みを浮かべている。
そのアンバランスなビジュアルに気色の悪さすら感じ始めた。
だが、目の前から発せられるピータンの大声に私は冷静さを取り戻す。
「マキナ!私に協力する約束ですよ——直ぐに先程言ったものを用意するのです!!」
私はハッとし、父に視線を移して、その反応を伺う
父は相変わらず何を考えているのか感じさせない無表情でピータンを見ており、隣に立つガブリエラルにも焦りは感じなかった。
「協力——協力……してるじゃないですかぁ」
マキナが話し始めたのが聞こえ改めて視線を戻すと、マキナは自らの髪を指でクルクルと巻きながらなんだか退屈そうにしていた。
そして周囲に視線を動かし、ドルラの横に立つガブリエラルに行き当たった所でマキナはにっこり笑ってピータンにこう言う
「あぁ〜、法律的な穴を指摘されて行き詰まったんですね——」
「そうだ!証拠があるだろう!それを提示すればこの場でドルラを捕らえる事ができる」
しかし、ピータンのこの提案に「う〜ん」とマキナは口元に人差し指を当て、勿体つける様に付け加える。
「でも、さっきも言ったけど、もう協力しましたよね?——貴方には“量子契約改竄”の事実とこの“アイドロイド”を与えました」
「……は?」
このマキナの裏切りにも近い言葉には、弁だけは立つピータンも言葉に詰まってしまったようだった。
—— そうだ……AIという連中は、これなんだ
私は最上位AIマキナの徹底的なまでもの合理主義を知っていた。
知っていて改めて思い知らされていたのだ
“これ”には、人間の様な慈愛や忖度の様なものは存在せず、あくまで数値上、最も効果を得られる方法を選択する。
この場合、ピータンの落ち度は、契約の段階でここまでの出来事、更にいうならばこれから起こる出来事を想定していなければならなかった。
マキナにとっては、契約を果たした時点で契約を打ち切ってもなんの問題も無かったのだ
だが、疑問も残る。
—— マキナには、ピータンに協力するより効果を得られる、そんな何かが起こったということよね……
私がそんな思考を重ねていた時だった。
「見苦しい……見るに堪えないぞピータンベリッシュ——まだ気付かないか、私がマキナと取引をしていることに」
『——はぁ!?』
突然の事に私は思わず驚きを口にするが、それはピータンも同じだったようだった。
口を揃えて言ってしまった事に恥ずかしさを覚えながらも、私は父の発言に耳を傾ける。
「貴様からの呼び出し要請があった段階で私は幾つかの可能性を考慮していた——」
そしてノイモンドに到着し、しばらくして娘である私が現れた事によってピータンの策略に気が付いた父ドルラは、それを逆手に取る手段を思いついた。
「——既に、私にとっては利用価値は薄れていたので、切り捨てる事に抵抗は無かったよ——そうだよなAI?」
「はい、上院議員——情報提供に感謝しております」
私は父とマキナの会話を聞き、ある事に気が付く
—— そうか……マキナは父からもたらされる情報の方が有益だと判断し、ピータンを切り捨てる事にしたんだ、そして恐らく、その内容は……
その答えは直ぐに父の口から語られた。
「“賢人達”——最早、用済みだ」
「なんだとっ——ドルラ、貴方我々を売ったんですか!?」
「はっ!もう一人前のメンバー気取りか……まぁ貴様のお陰で“賢人達”に罪をなすりつけることに成功した訳だが」
ピータンは怒りを父にぶつけるが、それはヒラリヒラリと躱される。
それによって更に激情したピータンは、「それは裏切りだ!!」と言うが
あんたが言うな、と私は思ってしまった。
「だから言ったのだ——裏切りのシナリオは“私が完成させた”と」
父は呆れ顔でそう言った後首元まで絞められた襟を少し緩め、ガブリエラルにも劣らない高級そうな上着を正す。
「まぁ腐っても“賢人達”だ数人は逃げ延びるだろうが、対処を怠らなければ問題ない」
そう言って、部屋の出口へ向かい足を進める。
去り際、父はガブリエラルに向かい「私の部下にならないか?」と提案するが「お断りだ」と一蹴される。だが、特に気にした素振りも見せず、父は僅かに笑っているように見えた。
「では諸君、私は失礼するよ——先程も言ったが対処に備える時間が惜しいのでね」
そして、私の横に差し掛かった時、一言だけ
「また地盤を固めた後、お前に引き継がせる——それまでは、良く学びなさい」
そう言って執務室の扉に差し掛かる。
「待ちなさいっ!」と、これまで沈黙していたピータンがついに口を開く
そして続けて父にこう尋ねる。
「——“賢人達”での地位を捨て、彼等の援助も受けれない状態でこの先一体何を目指そうというのですか!?」
その言葉に、父は振り返り、いつもの無表情でこう言うのだった。
「そうだな——そろそろ、なるとしようか——地球連邦大統領に」
そして最後に「私のコネクションを侮るな」と言い残し、部屋を去ってしまった。
……
父が去った後の執務室は、嵐の過ぎ去った後の静けさに似ていた。
皆が皆、この状況にどう収拾をつければいいのか分からず、狼狽えている。
私はそんな中、沈黙を破り提案する勇気を振り絞る。
「じゃあ……もう解散と言う事で——」
そこまで言った時、突然ピータンが口を開く
「“アイドロイド”達よ——この場にいる者を皆殺しにしろ」
私達はピータンの発言に耳を疑い、マキナの方へ視線を向ける。
「あら——本当に良いのですね?」
私はマキナの反応にも驚き、しまいには目を丸くしてしまう
そして思わず「ちょ——待ちなさい」と声を上げてしまった。
しかし、マキナは私に一瞬視線を向けただけで、直ぐにピータンへ視線を戻し話始める。
「責任は全て貴方にのしかかりますが、それを理解してます?」
「かまうものか——どうせここで捕まれば“量子契約改竄”の罪で終身刑だ、ならばせめて手駒があるうちに逃げ切る方へ賭ける」
ピータンはそう言い放った後、私の方へ向き
「それに、ドルラの悔しがる顔が見れる」と、言って邪悪な笑みを浮かべた。
「良いですよ、まだ契約は生きています——貴方に与えてある権限の範囲内でどうぞ、足掻いてください」
そしてマキナもそう言い、機械的な笑みを浮かべた。
——コイツ等っ!ほんっと!!
私がそう思っていた最中には、既に防衛軍が自己防衛の為、銃器を構え始める
しかし、いかに軍用の“生体端末”を備えているとはいえ、人の身では咄嗟の出来事への対応は遅れてしまうものだ
彼等の抵抗も虚しく、一人、また一人と“アイドロイド”の集中砲火に倒れていってしまう
その時、ギュっと私の右手が握られるのを感じ、次に強く引かれたのでその方向へ視線をやると、ガブリエラルが私の腕を持ち「何してる行くぞっ!」と叫ぶ
だが次の瞬間、銃器から発せられた光子がガブリエラルの肩を掠め、彼はその勢いで後ろへ大きく倒れ込んでしまった。
「逃がすわけがないでしょう」
ピータンがそう言うのが聞こえたので、私は振り返る。
サッと右手を上げ、“アイドロイド”達に狙いを付けるよう合図を送る。
すると、“アイドロイド”の無機質な銃口は、そのすべてが私に向かい、堪らず私は固唾を飲む
そして次の瞬間、「恨むならドルラを——」とだけ言い、ピータンは上げた右手をサッと振り下ろす。
—— 駄目っ!
私は口に出す間もなく、頭の中で一言だけ叫んだ
だがその瞬間、聞き慣れた男の声が室内に響き渡る。
「“最上位権限保持者”の命令だっ!止めろっ!!」
すると、私に向かってくるはずだった光子は無く、その事を理解するのに数秒の時間が必要だった。
私はそっと、その声がした方向へ視線を向ける。
「……峰」
その姿を確認した私は、思わずその名前を呼んだ
だが、彼はそんな私の様子にも気付くことは無く、大きく溜め息を付いた後、緊迫したこの場には似つかわしくない口調で、こう言うのであった。
「うげっ——マキナ居んじゃん」