裏切りの代償
塔へと戻ったエイダンたちは、アルカディアで手に入れたデータの解析を進めるため、即座に本部へと向かった。エイダンの頭の中には、あの黒いコートを羽織った男の言葉が何度も蘇っていた。塔の計画が示す未来、それが果たして人類の希望となるのか、それとも新たなる絶望の始まりとなるのか――その答えを得るために、彼は急がなければならなかった。
本部に到着したエイダンとリナは、すぐに塔の技術班にデータを渡し、解析を依頼した。だが、その間にもエイダンは落ち着かない様子で周囲を見渡していた。何かが動き出しているのを感じていたのだ。
「エイダン、どうしたの？そんなに落ち着かない顔して」
リナが心配そうに尋ねたが、エイダンは軽く首を振り、言葉を濁した。
「いや、ただ…何かが引っかかっているんだ。このデータが何を示すのか、その結果が出るまで待っていられない気がしてな」
「私たちには時間があるはずよ。塔は私たちを守ってくれている。だから…」
リナは微笑んでエイダンを励まそうとしたが、彼の表情は変わらなかった。
「そうだな。だが、万が一に備える必要がある。塔の上層部がどう出るか、それに対して俺たちがどう動くべきか…」
エイダンはそう言って、彼女を促すように本部の中を歩き回り始めた。彼は塔の各セクションを見渡しながら、何か手がかりを探し続けた。
その時、突然彼らの無線に緊急通達が入った。上層部が全チームリーダーを緊急会議に招集しているというのだ。エイダンとリナは顔を見合わせ、急いで会議室へと向かった。
会議室には、すでに多くのリーダーたちが集まっていた。彼らはみな緊張した面持ちで、上層部からの指示を待っていた。しばらくすると、塔の統括者であるG-17が姿を現した。
G-17は白髪の初老の男性で、その冷静な目が全てを見通しているかのような印象を与える人物だった。彼は短く咳払いをし、集まった者たちに向けて話し始めた。
「皆さん、お集まりいただき感謝します。アルカディアからのデータ解析が進行中ですが、ここで重要な報告があります」
彼の言葉に、エイダンは耳を澄ませた。これが何を意味するのか、その予感が彼を捉えていた。
「まず、今回の任務における成果は非常に重要です。この技術は、氷河期を終わらせる鍵となる可能性が高い。しかし、それにはまだ多くの検証が必要です」
G-17は一息ついてから、さらに言葉を続けた。
「また、アルカディアでの探索中に不審な動きが報告されています。一部の者が、塔に対する反抗的な行動を示したとの情報があります。我々は、全員が塔の指示に従うことを求めます。この件については、徹底的な調査が行われるでしょう」
その言葉に、エイダンの胸がざわめいた。塔に対する反抗的な行動――それが自分たちに向けられたものだと、すぐに理解した。エイダンは内心で焦りを感じながら、冷静を保とうと努めた。
「この反抗者たちは、塔の秩序を乱す危険分子とみなされ、厳重な処罰が下される予定です。皆さんも、塔への忠誠を再確認し、秩序を守ることに尽力してください」
G-17の言葉が終わると、会議室内には不穏な空気が漂った。誰もが何かを疑い始めているのを感じた。エイダンはすぐにその場を立ち去りたかったが、上層部の目を逃れることはできなかった。
会議が解散されると、エイダンとリナは無言のまま廊下を歩いた。彼女もまた、塔が何を企んでいるのか、その真意を疑い始めていた。
「エイダン、私たちはどうするべきだと思う？」
リナが静かに尋ねた。エイダンは答えを出す前に、しばらく考え込んだ。
「俺たちには、塔の計画を阻止する以外の道はないと思う。だが、それにはもっと確かな証拠が必要だ」
その瞬間、二人の無線が再び鳴り響いた。今度は技術班からの連絡だった。データ解析が完了し、重要な情報が得られたという。
エイダンとリナは急いで技術班の部屋に向かい、そこで彼らを待ち受けていたのは一人の技術者だった。彼は疲れた顔でエイダンたちを迎え入れ、彼らにデータの解析結果を見せた。
「これが、アルカディアで見つけたデータの一部です。驚くべきことに、この技術は氷河期を止めるだけでなく、環境を完全に制御することができる可能性を示しています」
技術者が説明する中で、エイダンの疑念はますます強まっていった。この技術が人類を救うためのものではなく、塔が新たな秩序を作り上げるための道具に過ぎないことを確信した。
「さらに、この技術を完全に利用するためには…」
技術者が言葉を続けようとした瞬間、部屋の扉が突然開かれた。そこに立っていたのは、G-17とその部下たちだった。
「すみませんが、このデータは極秘情報となります。これ以上の解析は上層部の指示があるまで中止とします」
G-17が冷静な声で告げた。彼の目には、エイダンたちを警戒する冷たい光が宿っていた。
「ですが、私たちはこの技術の真価を理解する必要があります。これは人類にとって…」
技術者が抗議しようとしたが、G-17はそれを制止した。
「理解しています。しかし、今は我々の指示に従っていただきます。皆さんも塔のために尽力していただけると信じています」
その言葉に、エイダンの中で何かが決定的に壊れた。塔の上層部が隠そうとしている真実、そして彼らの真の目的。それを暴くために、彼はこれまでの忠誠心を捨て去る決意を固めた。
エイダンはリナに目配せをし、無言のままその場を後にした。廊下を歩きながら、彼は彼女に低い声で語りかけた。
「もう後戻りはできない。俺たちは塔に反旗を翻す」
リナもまた、彼の決意を受け入れたように頷いた。
「何をすればいいの？」
彼女の問いに、エイダンは答えた。
「まず、信頼できる仲間を集める。そして、塔の中で起きている真実を全員に知らせるんだ。その後は…」
エイダンは先のことを考えようとしたが、それ以上は言葉が出なかった。彼らが何をすべきか、その具体的な道筋はまだ見えていなかった。しかし、塔の中での戦いが避けられないことは明らかだった。
二人は無言のまま本部を後にし、暗い塔の中を進んで行った。裏切りの代償は高くつくことを、エイダンは覚悟していた。だが、それでも彼は進むことを選んだ。この世界に真の自由を取り戻すために。
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