03-20 シャドウ=リリスとヒカルの行方
「おーい、ヒカルー! いたら返事してくれーっ!」
「ヒカルー!」
一翔と別行動をして以来、利哉と雅稀は交互に声を上げながら力武ヒカルを捜す。
「全く、どこ行ったんだ?」
利哉は叫び疲れ、小さめの声で呟く。
「魔女かフォール=グリフィンの仕業かわからんけど、何かしら声とか聞こえてきても良いのにな」
雅稀は枝葉から垣間見える夜空の星々を呆然と見ながら肩を落とす。
「何でここでフォール=グリフィンの連中が出て来るんだ?」
「俺たちの命を狙ってるんだ。未だ出くわしたことはないけど、タイミングを見計らって身を隠してるかもしれないじゃん」
「でも、ここは無人島だぞ?」
利哉は目を細め、緑に光る双眸を雅稀に向ける。
「うーん……誰も住んでいないとわかってるところに行く訳ないか……」
雅稀は一瞬だけ利哉と目を合わると、すぐに東側の森に視線を変えた。
「フォール=グリフィンの奴らは、どこまでオレたちを調べているんだろうな」
利哉は腕組みして、枝葉から覗いている夜空を見上げる。
「あいつらは反転世界を中心に活動しているから、あの世界にいるGFP学院生のことしか調べてないはず」
「となれば、オレたちがこの無人島に来て実習をしているのを知らない確率は高いな」
「消去法で考えたら、ヒカルを連れ去ったのはフォール=グリフィンの連中じゃなく、やっぱりシャドウ=リリスなのか」
雅稀は顔を曇らせる。
ヒカルを連れ去った張本人が魔女であれフォール=グリフィンの輩であれ、そろそろ姿を現しても良い頃合いなのに、何の音沙汰もない。
ヒカルは何をしているのだろうか。どこにいるのだろうか。
雅稀はそう考えている一方で、利哉は時刻を確認する。
「やばい、日付が変わってしまった!」
「この調子だと見つからないまま夜が明けてしまう。進路を変えてみるか」
「そうだな」
利哉は地図で現在位置を確認する。マレソムディア島東部の北東辺りに赤い点が点灯している。
「南側は全然行ってないから、そっちへ行ってみるか」
利哉は南の方角を指さすと、雅稀は首を縦に振って彼の意見に賛同した。
南へ下り始めてから13分が経過した。雅稀と利哉はグリア=リーツで時折現在地を確認しながら進むが、同じ景色が繰り返し視界に入り、迷子になりそうになる。
「本当に南へ向かっているのかが心配になるな」
利哉はグリア=リーツから目を離して苦笑する。
「実習中に出てくる矢印の看板の有難さがわかるぜ」
雅稀は日中の疲れと睡眠の誘惑をかき消すように吐息を漏らす。
「それにしても、無人島の夜中は寒いなぁ」
利哉は両腕を胸の前で交差し、上腕を擦って体を温めようとする。
「GFP学院のある場所よりずっと北にあるから、なおさらだな」
雅稀は両手を袖の中に引っ込める。
GFP学院大学付近の1月は比較的温暖だが、マレソムディア島の現在の気温は276K、要するに摂氏3度だ。天気は良いが、雪が降ってもおかしくないくらい寒い。
「歩いていると時間と体温が取られるし、走ろう」
利哉は進行方向を変えずに走り始めた。
彼を追うように、雅稀も黙って走り始めた。
乾燥した空気は彼らの肺を刺激し、肺の周りから凍りそうになるが、彼らが走ることで心拍数が上がって血流が良くなり、体温が上昇しているお陰で、凍らずに済んでいる。
「これなら、何とか凍えずに済みそうだ」
雅稀は必死で利哉の後を追う。
「ああ。体育の授業でやった持久走や、部活でランニングさせられたことを思い出すな」
利哉は生き生きとした顔つきで一定した速さを保つ。
「大学に入ってからも何だかんだ走り回ってるのに、昔のことを思い出すんだ」
「あの頃はオレのやりたいまま過ごしてたからな。あれはあれで楽しかったよ」
雅稀は利哉の横に並んで彼の顔を見ると、本当に楽しそうな表情をしている。
「そっか」
雅稀は正面を向いた。
「俺が高校の時は、勉強と部活に励んでいたけど、両方とも必死だった記憶しかない」
雅稀は苦笑いする。今は縁があってGFP学院大学に在籍してここにいるが、当時は大学進学と剣道の県大会で優秀な成績を収めるという目標を掲げて努力してきたのだ。
「お前は偉いと思うぜ。目標を持って取り組むってことをしてなかったからな。今思えば、好き勝手に過ごしてきたもんだから、本気で打ち込んでなんかいなかった」
利哉は少し真剣な表情に変わった。
「そん時、オレは魔法戦士と出会った。剣を握って魔法を使って対戦する。魔法戦士になることで、誰かのために戦うことだってできる。これなら面と向き合って頑張れそう! と思って今に至る」
「利哉なりに色々考えてるんだな。俺も魔法戦士の道を選んだからには全力を尽くさないとな!」
雅稀は剣を握っているイメージを思い描きながら拳を握る。
「てか、ヒカルを見つけ出すって言ってる俺たちが、何でこんな話してるんだろう」
「たまには関係ない話をすることも大事さ。ずっと不安に煽られてちゃ、やっていけないだろ」
利哉は雅稀の肩を軽く叩く。
「うん、ありがとう」
雅稀は利哉に顔を向け、目で感謝の意を伝えた。
南へ走っても訪れる景色は暗闇からミズナラの木々が現れるだけだった。足元とその周辺は碧煌の明かりのお陰で少し照らされている。
(力武ヒカルはどこにいるんだ!)
深夜12時40分を過ぎ、未だ見つかっていないことに焦りと怒りが込み上がる雅稀。
(魔女が実在するなら、もうとっくに活動しているはずなのに、やけに静かだな)
周辺の景色に目を配り、気になるところがないかを探る利哉。
失踪した日本人女子と姿を隠し続けている魔女。いい加減に見つかっても良いのに、と思う気持ちが彼らを焦燥させる。
その時、利哉は背後から何かが襲ってくる気配を感じた。
彼は上半身を翻すと、遠くから猛烈な速さで黄色に輝く光線がこちらへ向かっているのを捉えた。
「危ないっ!!」
利哉は咄嗟に左手を雅稀の肩に回し、地面へ這うように伏せた。
「……!?」
雅稀は利哉の腕が当たってからバランスを崩し、両手をついて倒れ伏した。
(いてて……何してくれん――)
だ、という単語が雅稀の脳裏に浮かぶ前に、黄色の太長い光線が2人の頭上を通過した。
それを目の当たりにした雅稀は呼吸を忘れ、驚愕と恐怖の気持ちに陥った。
しばらく経ってから利哉が立ち上がり、次いで雅稀が立ち上がった。直径100メートルの空間が視界に入り、その間にミズナラや草本は生えておらず、地面が一面に広がっている。
空を見上げれば青白く煌めく星と碧煌が南から顔を出している。
「よーく気づいたわね」
どこかから、耳障りな高い声が発せられた。
誰だ!? と彼らは左右に首を振ると、正面の空から人影がゆっくりと地に舞い降りた。
「あたしの技をよけるなんて、赤階級にしてはやるじゃないの」
その言葉の主は、全く見覚えのない女性だった。僅かに黄緑色が入った白髪が波打つようにくねくねと曲がっている。
その女性の服装は、黒地にショッキングピンクのラインが入ったティアードワンピースの上に、黒紫色のローブを羽織っている。ローブの襟元と袖口はペンキで塗られたような山吹色をしている。
彼女の左腕には、何と行方不明になっていた力武ヒカルの姿があった。上半身がうな垂れており、微かに光る緑色の目は完全に活気を失っている。
ちょっと前まで、あんなに元気だったヒカルが変わり果てていたことに、雅稀と利哉は愕然とせずにはいられなかった。
「力武ーっ!!」
雅稀は思わず彼女の名字で叫んでしまった。しかし、彼女は何も返事しない。
「さてはお前! シャドウ=リリスだな!」
利哉は血を失ったように白い顔と冷たい紫紺の目を持つ女性を指さす。
ヒカルを抱えたまま離さない女性は氷の棘を放つような目つきで利哉を睨む。
「シャドウ=リリス――何よ、その変な名前」
その女性は少し声のトーンを落とす。冷静になったかと思いきや、目の奥から憎悪の炎を燃やし、
「あたしはね、『フォーリン=クズハ』というちゃんとした名前があるの」
と向かいで立っている2人の青年に威圧を与える。
「フォーリン……クズハ……」
雅稀は怯えながら女性が名乗った名前を反芻する。
「ヒカルをさらったのも……過去にさらった女子学生も……全部お前の仕業だったんだな!?」
利哉は額から汗を流し、女性を指している指も発している声も震えている。
指さされた女性は紫紺の双眸をガッと見開いた。
「そうよ。ぜーんぶこのあたし、フォーリン=クズハの仕業さ」
崇めよと言っているかの如く、クズハは両手を広げ、ギザギザに生えた歯を剥き出す。
「利哉、逸話で登場する魔女の正体がこいつ――フォーリン=クズハで間違いないと思う」
雅稀に名前を呼ばれた利哉は振り向く。魔女に遭遇し、階級が2段階も上である相手に緊張と怖じ気の心境が彼の表情に表れている。
「ああ、間違いないだろうな」
利哉は視線を魔女に戻す。血色のない肌の白さ。たった1日でヒカルの活力を失わせ、余裕の笑みを見せる魔女。その力はどのくらいのものなのかが想像できない。
マレソムディア島に魔女がいる――そんなことは逸話に過ぎない。逸話の世界だけであって欲しかった。
しかし、魔女は実在した。彼らがこの目で姿まで捉え、左腕の中に失踪した力武ヒカルの姿があったから、紛れもなく魔女だ。
逸話上で登場する魔女の名前はシャドウ=リリスだが、実際の名前は違った。
その魔女は逸話を知る者の間では有名である一方、魔女に遭遇した人は今までに誰一人いなかった。それ故、正式な名前を知らなかったのだろう。
400年も生き延び、100年に一度女子学生に限ってさらう魔女が、ついに雅稀と利哉の前に現れた。
シャドウ=リリスことフォーリン=クズハは何を企んでいるのだろうか――




