03-18 捜索開始
夕食を終えた20時。ちょうど24時間前はゼロワン大会で盛り上がっていたのが、嘘のように静まり返っている。
雅稀は利哉と一翔と一緒に宿舎の玄関を出た。漆黒の空に無数の星々が集まって河を形成し、東から西を目指して流れている。南東の地平線から翡翠に染まった碧煌が半分だけ顔を出している。
「先生! ヒカルは……今頃何しているんですか!?」
ある女子学生の声が雅稀らの耳に届き、聞こえてきた方向に耳を傾ける。
利哉、雅稀、一翔の順に宿舎の角から顔を出すと、教員用の小さな宿舎から薄緑色の髪の毛を結んだ2人の女子学生と、マルス学科長の姿があった。
雅稀たちは向こう側にいる3人に気づかれないように学生用の宿舎に背を預け、耳をそばだてた。
「すまない。教員で手分けして捜したんだが、見つからなかった……」
向こう側の宿舎のドア付近で、マルス学科長が無念そうに目を閉じて首を横に振る。
「必ず見つけ出すって言ってくださったじゃないですか……!」
力武ヒカルのルームメイトであるリサとサラのどちらかが涙をこぼし、約束を守ってくれなかった学科長を責める。
もう片方の女子学生は怒りと悲しみで泣き崩れる女の子の肩に手を回し、
「サラ、気持ちはわかるけど……」
と耳元でささやく。
「うっ……うわああああああん!」
マルス学科長に怒りの矛先を向けてしまっていたサラは両手で顔面を覆い、しゃがみ込んで嗚咽する。
リサもその場で姿勢を低くし、泣き崩れるサラを包むように抱き寄せる。
「マルス先生、サラがこのような発言をしたこと、許してください」
リサはサラの背中を擦り、慰めながら顔を上げる。
「私の方こそ、本当に申し訳ない。マレソムディア島の東部の夜は危険だから、夜が明けたら捜索を再開する。特に君たちは大きな不安を抱えていると思うが、もう少し辛抱して、力武が見つかることを信じてもらえないか」
双子の様子を見るに見かねたマルス学科長は体をかがめ、女子学生の視線を合わす。
「はい……」
リサは頬を伝いそうになる涙を堪え、サラは泣き声を上げたまま返事をしなかった。
「ヒカルが……見つからなかったのか……」
3人のやり取りを聞き終わった一翔は深く息を吐く。
「魔女にさらわれたとしたら……昼間に捜し回っても意味がないのかもしれん」
雅稀は腕組みして首を傾ける。
利哉と一翔は怪訝そうに雅稀の顔を覗き込む。
「実は俺、昨晩寝る前に、窓越しに黒い人影のような物体が宿舎の4階へ移動する様子を目撃したんだ」
何だって! と言わんばかりに利哉と一翔は目を丸くし、お互いの顔を見合う。
「その正体が何だったのか確かめたかったけど、そのまま寝落ちしてしまった……」
雅稀は足元へ視線を落とす。
「何時頃の出来事か、覚えてる?」一翔の質問に雅稀は「ダーツ大会が終わってから20分後くらいだったと思う」と答えた。
「じゃあ、夜の10時くらいか」
利哉は両手を腰に当てる。
「もし、あの黒い影がシャドウ=リリスだったとしたら、魔女が活動し始める時間は22時くらいからか」
一翔は沈黙の静けさを保っているミズナラの山地帯へ視線を向ける。
「俺たちが捜しにでも行かなかったら、力武ヒカルはいつまで経っても見つからない。でも、少しでも体力を回復させたい……」
雅稀は目を強く閉じる。3日目の実習の疲れでまぶたが重い。
「夜の10時まで少し時間があるし、1回寝て捜しに行くか」
利哉はあくびをしそうになるのを堪えて背伸びする。
「明日の実習にも支障が出てはいけないし、そうしよう」
一翔の意見に雅稀と利哉は首肯し、3階の寝床へ向かった。
――***――
碧煌の明かりが差し、窓際に眠っている雅稀を起こす。
襲ってくる睡魔を殺しながら体を起こすと、布団の上に男子学生が寝息を立てて静かに眠っている。時刻は22時17分で、普段はまだ起きている時間帯ではあるが、過酷な実習で疲労した体では活動できない。
しかし、雅稀らは失踪したヒカルを捜しに行くという約束がある。だから、寝たい気持ちは山々だが、彼女を見つけに行くため行動しないといけない。
「おーい、利哉、一翔。10時過ぎたぞ」
雅稀は小声で利哉と一翔の体を小刻みに揺する。
「もう時間か……眠いよ……」
利哉はふぁーっと大きなあくびをし、背筋を伸ばす。
「他の人を起こさないように捜しに行こっか」
一翔は掛け布団を敷いたまま立ち上がった。
足音を立てないように気を配りながら、布団と布団の間を渡って階段を降り、3人は宿舎から外に出た。
黒紫色の空に白い星の河が東西に架かったまま、河の流れが停滞している。南南東の空に碧煌が薄緑に煌めいている。月で例えると、今日は満月だ。
「先生に見つかったら面倒だから、足早に山地帯へ入るぞ」
利哉は教員用の宿舎の明かりや見回りの気配が無いことを確認し、暗闇の迷宮へ走る。
「でもさ、夜の山地帯は危ないんだろ? 俺たちがはぐれたらどうすんだよ?」
雅稀は吹き出る恐怖心を抑えようとしながら利哉の後ろを追う。
「グリア=リーツがある限り大丈夫。お互いの情報を交換したら遠方にいても通話ができるし、必要に応じて居場所がわかる」
一翔は左手首に巻いているグラファイト色のグリア=リーツを袖口から出す。
「そういや、まだ情報交換してなかったよな?」
利哉は首を後ろにねじり、一翔に尋ねる。
「まだだったと思う。僕たち、いつも当たり前のように一緒に行動していたから」
一翔は走りながらグリア=リーツの画面をつつく。
利哉は足を止めると、雅稀も一翔も走るのを一旦止め、無線で3人の情報を交換し合う。彼らのグリア=リーツに友人の情報が登録されたことを画面上で確認する。
「よし、これでOK。はぐれたとしても別行動になったとしても、連絡できるよ」
一翔は少し安心したような表情で2人の友人の顔を見つめる。
「連絡体制は整ったし、行くぞーっ!」
利哉は拳を上げ、東の森へ侵入した。
彼に続いて、雅稀と一翔も暗闇のステージへ足を踏み入れた。




