03-17 ミズナラの森の下見
教員が戻って来ないまま13時を迎え、学生らは東部の山地帯と対面するように並ぶ。
「今日は昨日と違うルートで障害物攻略に臨むか」
一翔は腕組みして連なる山を睨みつける。
「何か考えてることでもあんのか?」雅稀は問いかけると「山の中に怪しいものがないかを確認したいから」との答えが返ってきた。
「もしや、カズもあいつを捜す気なのか?」
利哉は少し驚いたような表情で尋ねると、もちろんと一翔は深く頷いた。
「実は、オレもヒカルが日没までに見つからなかったら捜そうと思ってたんだ! な、マサも捜すだろ!?」
気合いで声を張った利哉に「当たり前だろ」と雅稀は即答する。
一翔は2人に顔を向けて
「やっぱり、君たちなら僕と同じ考えだと思ってた」
と穏やかな顔持ちを見せる。
「まあ、今日中に見つかることに越したことはないけど、何も無い無人島に放って帰りたくないからな」
雅稀は両手を腰に当て、深めに息を吐く。昼になって少し暖かくなったお陰で、白い息はすぐに消滅した。
「そんじゃ、今日は別ルートで潜入するぞーっ!」
利哉は拳を挙げ、雅稀と一翔も「おーっ!」と彼の同じように拳を天に掲げ、ミズナラのアスレチック場に駆け潜った。
昨日は反時計回りのルートを辿ったが、今日は時計回りのルートで障害物攻略に臨むことに決め、彼らは早速飛んでくる石つぶてや、地面から飛び出す太い針を上手く避ける。
「昨日は障害物から身を守るのに必死だったけど、今日は下見も兼ねて、地形とか怪しい物がないかとか確認しよう」
一翔は左右と足元に気を配りながら、幹の間を睨みつける。
「と言っても、暗すぎてよくわからんけどな」
利哉は呆れたように吐き捨てる。
「今のところ特に変わったことはないけど……」雅稀は地面へ視線を落とし、「強いて言うならここは砂利道だな」と昨日のコースを思い出す。
思い返せば、昨日のルートは雑草が生い茂っていたせいで、危うく滑って足を取られそうになった時があった。しかし、今日のルート、すなわち東部の山地帯へ入る時、北側へ向かうように行けば、砂利のお陰でまだ滑りにくい。
足を滑らせて転んだ挙げ句、あらゆる方向から襲ってくる物体が自身の体に命中したら、最悪の場合、死に至る。それを思えば、安全な道を選ぶのが利口だ。
「捜しに行くことになったら、北側から回った方が良さそうね」
一翔は正面を向いて軽やかに突き出ている岩の一角を跳び越える。
「てか、こんな暗いとこに小屋とか建ってるんだろうか?」
利哉は眉根を寄せる。
「小屋? それって、どういう意味で言った?」
普段の会話なら気にしない内容であるはずだが、雅稀は不思議と利哉の「小屋」という単語に反応した。
「別に、何となく……」
利哉は言葉を濁した後、
「でも、妙な感じがして――」
と顔を右に向ける。一見、黄銅色の砂利道にミズナラが体を寄せ合い、空を覆い尽くす程の枝葉を生やしているだけの単純な景色だ。ところが、彼はその奥辺りに何かがありそうだという勘が働いた。
「うーん……」
一翔は首をひねる。順路は東へ真っ直ぐ進むことになっている。それを無視しても良いのだろうか?
「今日は下見の意味合いも兼ねているんだろ? 気になるんだったら行ってみても良いんじゃないか? たとえ順路と違う方向へ行ったとしても、別の順路が俺たちを宿舎へ導いてくれるさ」
雅稀は力強い眼差しで、一緒に並んで走っている2人に提案する。
「よし、決まりだ! 今からオレについて来てくれ!」
利哉は手のひらを上に向けて手招きし、雅稀と一翔を南の方角へ誘導した。
「了解! でも、障害物には気をつけていこうぜ」
雅稀は周りを意識しながら利哉の後ろを走った。
砂利道をひたすら走り続けては、ミズナラの迷宮から飛んでくる矢や丸太を間一髪で避ける。
気がついた頃には、整備された砂利道はその両脇にフッキソウとヤブランが根を生やしている風景に変わった。
「えーっとなー、ここら辺かな」
先頭を走っていた利哉は違和感がした場所へ着いた瞬間、膝に両手を置いて息を荒げる。
雅稀と一翔も立ち止まって周囲を確認する。ミズナラの葉が天井を覆っている光景は同じだが、地面に目をやると直径30メートル程度の雑草が広がっていた。
「何も無いけど……」
一翔は雑草で占めている領域を目に焼きつける。
「今までミズナラが生えていないところは見かけなかったよな?」
雅稀は首をかしげる。物体が枝葉に吊されているなどといった怪しい様子は無いものの、局所的に木が生えていないのは雅稀も気になった。
利哉は真剣な表情で雑草に足を踏み入れる。踏みつけられた雑草の音が小さくこだまする。
障害物が風を切って襲ってくる音も何も聞こえないどころか、こちらを狙って飛んでくる気配すら感じない。ただ、足音だけが静寂の空間に広がる。
「何だかワケがありそうだ」
利哉は袖から左手首を出し、グリア=リーツを弄る。
「ここはマークしておこう」
彼はグリア=リーツ上で現在地に緑色のピンを立てる。
「利哉がマークするなら、俺もそうしようかな」
雅稀は半信半疑に思いながら、手首にはめているグリア=リーツに現在地の印をつける。
何故彼らが疑義の念を抱くような出来事に遭遇したのか、確固たる証拠はない。しかし、そこだけミズナラが1本も立っていない。しかも、容赦なく彼らに狙いを定めてくる障害物が1つも飛んで来ない。
奇怪な場面に遭遇してしまっただけに、気にせずにはいられなかった。
「ヒカルの失踪事件とは関係あるのだろうか?」
一翔はグリア=リーツで現在地の登録を終えると、腕組みしてぽっかり空いたエリアを凝視する。
「何も情報が無いしなぁ……」
雅稀は頭を掻き、吐息を漏らす。
「オレに付き合ってもらってすまなかった。気になることは後で整理することにして、3日目の実習を乗り越えよう」
利哉は真面目な面を2人の友人に向けた。
(あいつ、意外に臆病だから、いつもなら怯えて顔色を失ってるだろうに、珍しく冷静になっているな)
緑に光っている彼の目つきを見て、雅稀はそう感じた。
一翔は首を左右に振り「そんなことないよ」と顔を上げる。
「ありがとう」
利哉は返事し、雑草の空間の先を見る。ここからは山道で、ミズナラの根元の位置が標高に合わせて高くなっているのを捉えた。
「僕も他のことで気になっている点はあるけど、タイムリミットが近づいているし、先を急ごう」
一翔はグリア=リーツで時刻を確認すると、14時30分だった。
彼らは駆け足で山を登り、山頂へ向かう。
道中、岩が山の上から勢いよく転がってきたり、頭上から落石してきたりと容赦なく障害物が襲ってくるが、雅稀らは跳び越えたり身を翻したりと避けながら山頂を目指す。
山頂へ近づくにつれ、坂道が険しくなり、視界が徐々に明るくなっていく。
乳酸が溜まった足が平地に着いた時には、視界が開けた山頂に着いていた。
「ここが山頂か。無人島からの景色が一望できるとはなぁ……」
雅稀は右手を額の前にあてがい、周りの景色を見渡す。
ひょうたん型のマレソムディア島を青く広大な海が囲み、その上をすみれ色の空と彩雲が覆っている。南に位置するはずのデュナミス大陸は見えないが、南西の海の先にはオファニム大陸が、北側にはケルブ大陸が微かに見える。
眼下のミズナラの木が生い茂る山地帯の中でも1番高い標高にいることが一目でわかった。西側の更地の北側にぽつんと大小の宿舎が1軒ずつ建っている。
「山頂からの景色ってこんなに綺麗なんだ」
利哉はきょろきょろと海原の風景を堪能する。
一翔は眼下の地形を隅々まで確認する。
「一翔もこっからの眺めを楽しもうぜ」
雅稀はちらりと一翔へ視線を送る。
一翔は彼の方へ向き、
「変わった場所が無いかを確認してた」
と答える。
「空模様は怪しいけど、どうだった?」
利哉は体ごと一翔へ向くと、一翔は横に首を数回振った。
「あれだけ木が生えまくっていたら、わかんねぇよな」
「……そうだね」
一翔は無念そうに笑った。
「で、夜になったら、暗闇の迷宮に入って捜索するもんな。怪しいスポットが見つかったら足取りが掴めるかもしれないのに」
雅稀はやれやれと肩をすくめる。
「怪しいスポット……」
利哉は少し考え込む。
「このミズナラの山地帯全域が怪しいスポットだ」
利哉の黒褐色の目は鋭い光を宿した。
「どういうこと?」
雅稀は眉毛をへの字に曲げ、右手を顎に添える。
「麓のぽっかり空いた場所もそうだけど、そもそも障害物が常に飛んでくるっておかしいと思わないか?」
「言われてみれば……」
雅稀は足元に広がるミズナラの木々へ目線を落とす。
無人島に来たGFP学院生が障害物エリアへ入る時間帯は、13時から日没までと決まっている。その間は600人の学生があらゆる場所から現れる障害物をかわしていく。
しかし、彼らが東部の山地帯にいない間も容赦なく様々な物体が飛来するとは考えにくい。実習の時間外に岩石や矢などを飛び交わせる理由が無いからだ。
仮に、四六時中そういったものが飛んでくるならば、マレソムディア島は完全に呪われた土地だ。そう考える方がぞっとする。
「もし、この全域が怪しいスポットだと言うならば、夜になったら姿が変わってるかもしれないってこと!?」
一翔は驚異の目を開く。
「かもな。オレらが障害物攻略をしている時間帯だけ姿を変えている可能性はあるぜ」
利哉は真剣な面を浮かべる。
「確かに。考えてみれば、昼間なのに地面に光が全然差し込まないくらいの木が生えているって不自然だ」
「つまり、夜になれば魔術で生えていた木が消滅して、見晴らしが良くなる可能性は示唆されるってことね」
雅稀の話を受けて、一翔は考えられることを呟いた。
「眺めは良かったけど、今の時間帯では何も得られなかったな」
利哉は南へ歩を進める。順路を無視してここまで来たが、山頂に着いてから順路を示す矢印が南を向いているのだ。
「こっから南って……」
雅稀は地面を見つめると、渓流が流れている。
「ここを下るの!?」
一翔は目を丸くするが、焦っている暇は無い。時刻は16時。日没まで僅か42分だ。
「至るところに足場がある。それらを利用したら帰れるさ」
利哉は一翔へ振り向き、ひと足先に川を下った。
「そうだな。川の流れに従えば」
雅稀は驚いている一翔の方をぽんと叩き、帰るぞと声がけした。
一翔はこくりと頷き、足場を渡りながら下流へ向かい、宿舎を目指した。




