03-16 ヒカルの失踪を受けて
カキン! と薄紅色の剣身と紅絹色の剣身がぶつかり合う。
「なあ、アルファード」
薄紅色の剣を握りしめている利哉は友人の名を呼ぶ。
「どうした?」
アルファードは目線を交差する剣身から利哉に変える。
「失踪した人が出たことについて、どう思ってる?」
普段は元気いっぱいの利哉だが、今日は珍しく落ち着いている。アルファードは彼の異変に気づいていた。
「魔女に関する逸話がおとぎ話に過ぎないって思ってたけど、まさか本当だったのかって。夢なら目を覚まして欲しいって思ってるさ」
「オレも嘘であって欲しかった。オレのルームメイトが無人島の逸話について教えてもらってから、用心しようって話はしてたけど――」
利哉は視線を木陰に落とし、握っている剣も下ろす。
「幸い、自分はさらわれずに済んだけど、同級生がさらわれてしまったから、他人事じゃないよな」
利哉は深く息を吐く。白い吐息が東から吹く潮風に乗って消えていく。マレソムディア島はデュナミス大陸より北にあるため、気温が15K低い。そのため、風は冷たく、動いていなければ体が冷えて固まってしまいそうになる。
「先生らは東の山地に入って捜しに行ったけど、見つかるかな?」
アルファードも剣を下ろし、東側の山を見上げる。
「ただでさえミズナラが生い茂って鬱蒼としているのに、簡単に見つかるとは思えない」
利哉は腕組みする。昨日の午後の実習で東部の領域に入った時に、薄暗い上に遠慮なく障害物に襲われ、命がいくつあっても足りないと感じた。
そんな危険な東部は西側の更地の面積より一回り大きい。だから、すぐに見つけ出せるとは考えにくい。
「もし、夕暮れまでにヒカルが見つからんかったら、どうするんだ?」
アルファードの質問に、びくりと利哉の眉毛が一瞬吊り上がる。
「……そう言うお前はどうすんだよ?」
利哉は目を細め、質問返しをする。
しかし、アルファードは何も答えない。人のことを言えないが、シャドウ=リリスという存在に怯えているんだな、と利哉は直感した。
「考えても仕方がない。とりあえず実習に専念しよう」
利哉は両手で柄を握る。
「そうだな」
アルファードは低い声で答え、剣を構え直す。彼の紅絹色の剣身の切先に微かな橙色を含む赤色の光を宿す。
(このパターンは光線が来るな)
利哉は瞬時に感じ、胸の前に剣を横に構え、切先に左手の指を当てる。
彼の予想通り、アルファードは切先を利哉に振りかざし、赤橙色の光線を放った。
「やっぱり」
利哉は切先から現れた暗赤色の光を剣身に包む。シャドウ=リリスが実在したことを知ってしまった複雑な感情が、抗光線・火の色に表れている。
アルファードの光線と利哉の抗光線が接触し、橙赤と暗赤色の光を散らしながら拮抗する。
(力武ヒカルが魔女にさらわれたことについて、マサとカズはどう思っているんだろう……?)
利哉は相手の砲弾系の技を防御しながら、ルームメイトの心境を気にかけた。
「どうした!? トシが不安な気持ちに駆られてる以上、本当の力が発揮できない! そうだろ!?」
その言葉で、利哉は騒いでいた心が収まった。自身が放っている抗光線の向こう側に、赤橙の光の筋を出し続けているアルファードの言葉だった。
数秒程黙った後、利哉は口を開いた。
「お前の言う通りだ。オレは、オレは……狙われている命に立ち向かって行かなきゃいけないんだ……!」
利哉の抗光線の色は即座に鮮やかな紅に変色した。
(こいつ、急に意味深なことを言い出したな)
アルファードは力んだ目つきで利哉の顔を凝視する。赤髪の友人は腹を決めたようで、眼光炯々としている。
「アルファード、さっきの質問に答える。夕暮れまでにヒカルが戻ってこなかったら、捜しに行く!」
魔女に怯えていたはずの利哉が、アルファードのたったひと言で勇を鼓した。1年の後期から一緒に授業を受けている友人であることに変わりないが、アルファードの脳裏はさっきまでの利哉とは別人に映っていた。
「それ……マジで言ってんのか……?」
「マジに決まってるだろ! オレと同じ日本人だ! 有言実行、必ず連れて帰る!」
利哉の眼差しはますます鋭利になる。
アルファードは友人の眼光と覚悟で気圧され、返す言葉が思いつかなかった。
「ふぅー……」
一翔は陽・闇を投じた左手を下ろす。
向かいに立っているトスカもまた、左手を下ろす。
「少し休憩しようか」
一翔の提案に、トスカは周囲に教員がいないことを確認してから首肯する。
「今朝、ヒカルがいなくなったことを聞いて、どう感じた?」
一翔は彼の耳の近くでささやく。
「逸話は本当だったんだ、って思った」
人がいなくなったにも拘わらず、トスカは妙に落ち着いているな、と一翔は冷静な気持ちに満ちた視線を送る。
「本当だった。ってそれだけ?」一翔は尋ねたところ「いや、それだけじゃ――」とトスカはぎょっとして応答に困る。
「今朝まで、ただの逸話だとばかり思ってたけど、実話だったと思い知った瞬間、思わず怖くなった……」
トスカの剣を握っている右手が震え始めた。
「まさか、シャドウ=リリスがいただなんて……」
トスカは握力が弱まり、剣を地面に落としてしまった。
「目撃したの?」
一翔は友人の顔を覗き込むと、トスカは目を閉じて左右に首を振った。
「実は、僕もヒカルが失踪したことについて心配で、不安になっている。でも、真相は今のところ不明だよね?」
一翔は顔だけ頭部の山地地帯に移す。教員は誰一人ここに戻って来ていない。ヒカルの足取りが掴めていないのだろうか、と眉を曇らせる。
「真相が不明って、どういうこと?」
トスカは一翔の横顔を見る。一翔は体ごと東の方角に向けた。
「2つ考えられる。1つはヒカルが自ら生い茂るミズナラのエリアに行ったか。もう1つは本当に何者かによってさらわれてしまったか」
一翔は脳裏にミズナラの木々が生える山を焼きつけたところで、ため息を漏らしながら足元を見つめる。
「確かに、2つ考えられるな」
トスカも晴れない表情で東の山地帯と対面する。
「ヒカルが連れ去られた瞬間など、目撃情報があれば良いんだけど……」
一翔は腕組みし、思案する。
「昨晩、ヒカルが自ら宿舎を抜け出したのなら、山の中のどこかで彼女1人だけが見つかる。もし仮に、誰かに連れ去られたとすれば、ヒカルだけでなく連れ去った張本人も現れることになる」
一翔は深く呼吸する。前者のパターンであれば注意する程度で解決するが、後者の場合だと厄介な展開になり得る。
後者のケースに当てはまってしまうのであれば、GFP学院が所有するマレソムディア島にどうやって侵入し、ヒカルをさらったのか。連れ去った人物がこの無人島に潜伏していたのなら、どのようにして身を潜めて実行したのか。
手掛かりがない以上は、いくら考えても埒が明かない。
「俺たちが捜しに行ったとて、先生方の足手まといに過ぎないだろうな……」
トスカはやるせない気持ちを込め、両手を腰に当てる。
「僕たちの実力がもっとあれば、一緒に捜しに行けたのかもしれない」
一翔は自分の不甲斐なさを噛みしめ、剣を強く握る。
「ん?」
トスカは一翔の発言に反応して彼の表情を窺う。
「僕らは半人前にもなっていない魔法戦士だ。この世界は多くの魔法戦士が住んでいる。彼ら全員が良心の魔法戦士であるとは限らない。悪意に満ちた敏腕な魔法戦士に刃向かえと言われても、僕の実力では敵わない」
一翔はトスカに振り向き、剣を前方へ構え直す。
「僕は1日でも早く強くなって、悪い人から守りたい。協力してくれないか?」
トスカは友人の真剣な気持ちを汲み取り、「良いよ」と返事する。
「もし、今日中にヒカルが見つからなかったら、捜しに行く」
「捜しに行くって、1人で!?」
トスカは目を張る。
「いや、1人じゃない。ルームメイトと3人で捜しに行く。きっと、彼らも僕と同じ考えを持っていると思う」
一翔は薄葡萄色の剣身を顔の高さまで持ち上げる。決意の固まった、真面目な顔持ちをした自身の顔が映っていた。
「恐怖な出来事があったのに、勇敢だな」
トスカは一翔の肩をポンと叩くと、彼は顔を赤らめて首を左右に振った。
「でも、1人では太刀打ちできない。だから、トスカにも手を貸して欲しいんだ」
「俺は何を手伝えば良いんだ?」
トスカは首を僅かに傾ける。
「君の情報だよ。ヒカルが夜になっても帰って来なければ、ルームメイトと一緒に捜しに行く。何かしらの手掛かりが見つかったら、明日トスカに共有する。その時に、知っていることがあったら教えて欲しいし、闇の無人島の逸話の真相も究明したい」
一翔は誠の極まった目を輝かせる。
「そういうことなら!」
トスカは左手の拳を一翔に差し出す。
「約束だよ!」
一翔も左手を握り、トスカの握り拳に触れ、協力し合うことを誓った。
「そろそろ、対戦実習を再開しよう」
トスカは剣を拾い、胸元に構えた。
一翔は頷き、剣を構え直した。




