03-14 ゼロワン大会
アスレチック実習を乗り越えた学生らは夕食を腹に蓄え、宿舎の2階にぞろぞろと集まり始めている。
「娯楽スペースが騒がしくなってきたな」
利哉は頭の後ろに手を組み、階段を上る。
「だって、今からダーツ大会が始まるんだよ。そら賑やかになるはず」
一翔は左側の袖をめくると、ひょっこり姿を現したグリア=リーツは19時58分であることを示していた。
2階に着くと、壁側にターツボードがぎっしり並べられている光景に出会った。
「ルームメイト3人で1台のダーツボードを使いまーす」
ある茶髪の男子学生は口元に手を添えて上半身を左右にひねり、全員に聞こえるようにアナウンスする。
「学生は600人いるから、ダーツボードは200台あるってことか」
雅稀はきょろきょろしながら空いているダーツボードを探す。
「あそこはどうだ?」
利哉は向かって右側中央のダーツボードを指す。そこには誰もいない。
「そうしよう」
一翔は首肯し、彼らはそのダーツボードの位置に着く。
600人が全員揃うと、先程アナウンスをしていた男子学生はスマートフォンで時刻を確認する。
20時ちょうどになると、彼は中央に移動して声を上げた。
「これから、ゼロワン大会を開催します!」
イエーイ! と学生は拳を上げるなり拍手するなりで盛り上がっている。
「ルールは全員301点からスタートします。ヒットさせた得点に応じて、点数は下がっていきます。最初にピッタリ0点になった人が優勝となります!」
それでは! と茶髪の男子は両手を広げて始め! と手を叩いた。
「これを使って投げるんだよな」
雅稀は黒のカップに入っているダーツを1本取り出す。黒色のチップとシャフトに挟まれたバレルは銀色をしており、翼部分のフライトは学科カラーである青色をしている。
「構えは……」
雅稀は周辺にいる学生の姿勢を見て、右足を前に出し、親指と人差し指でバレルを挟む。ダーツと目が一直線になるように高さを調整する。
「やっ!」
彼はダーツを投げ、2本目、3本目とダーツボードを狙って投げる。8、14、6点に矢が刺さり、273点に減少した。
ビルルン、とダーツボードの上部に取りつけられている画面から音が鳴った。得点板の下に4個のボタンが横並びに並んでいるが、左端のボタンが赤く点滅した。
「このボタンを押したら選手交代か」
雅稀はボードに刺さった矢を抜き、そのボタンを押した。
「じゃあ、次はオレだ!」
一翔に訊くこともせず、利哉は黒のカップから3本のダーツを左手で鷲掴みにする。
「それっ!」
彼も3回リリースすると、2本目が11と書かれた点数のダブルに刺さった。259点まで減少した。
「外側の枠を当てるとか、すごいなぁ」
雅稀は腕組みして、こちらへ向かってくる利哉に話しかける。
「いやいや、偶然。ダーツの存在はずっと前から知ってたけど、やったのは今回が初めてだからさ」
「それにしては上等じゃないか?」
「まあ、これからさ。カズが今から投げるから、1ターン目を見届けようぜ」
利哉と雅稀は一翔の点数の行方を見守る。
一翔はダーツボードを睨みつけるように目を凝らす。右手に挟まれたダーツのチップはボードのど真ん中に目を光らせている。
「ふっ!」
一翔は息を漏らしながらダーツを投じた。惜しくも50点には当たらなかったが、19点など、それなりの高得点のゾーンに刺さった。
彼のスコアは264点で、ラウンド1が終了した。
「さてと、俺の番に戻ってきたな」
雅稀は指を鳴らし、ダーツを1本手に取る。
「ど真ん中、いってくれないかなー」
雅稀は1ラウンド目と同じ格好でダーツを3本連続リリースした。
3本目で偶然にも赤く塗られた50点のゾーンに刺さり、モニターは『BULL』と大きく表示された。
「よっしゃー! BULLだー!」
雅稀は万歳する。
「良いなー。オレも1回くらいはBULL当てたいなー」
利哉はダーツを握り、早く投げたいと言わんばかりにジャンプする。
「201点になったな。もっと攻めていくぞ!」
雅稀はダーツボードに刺さっている矢を力尽くで抜き取る。
「待ってたぜ、オレの出番」
利哉は凜とした眼差しをダーツボードに向け、ダーツを構える。
彼はダーツを3本連続で投げる。2本はBULLから少し離れた2点と9点に刺さり、残り1本はダーツボードの外側に直撃し、0点という成績だった。
「ゼロ点ってことあんの!?」
利哉は愕然とし、口を開けたままで凍りつく。
「ドンマイ、気にすんな」
雅稀は励まそうと利哉の肩に手を置いたが、「BULL取った人が言うな」と赤髪男子は半分冗談で言い返した。
2人の間に一翔が立つ。
「僕もBULL獲得したいな」
一翔は期待を寄せる声で利哉の近くを通り過ぎ、位置に着く。
「カズまでムキになっちゃってよ」
利哉は不満げに唇を突き出す。
彼の向かいに立っている雅稀は間髪を容れずに
「1番ムキになってる人がよく言うな」
と呆れた顔持ちで両手を腰に当てると、利哉は黙った。
「あー、BULLは難しい」
ダーツをリリースした直後の一翔はボードに刺さった矢を見て笑う。
「でも、一気に87点も減ってるじゃん! どこに当たったんだ?」
雅稀は一翔の声に反応し、ボードに視線を移す。1本は20点エリアの内側の枠に刺さっていたのだ。
「内側の枠は3倍、ってことは……60点!?」
雅稀はガッと目を見開いて60点のところを目に焼きつける。そこには間違いなく一翔が放ったダーツが命中していた。
「ダーツで1番点数が高いとこはBULLじゃなくて、20点の内枠の60点なのか」
彼は続いてその言葉を放った。BULLが1番点数が高いと思い込んでいた故、イメージを覆された心境が声に表れた。
「BULLが100点だったらなー」
利哉は腕組みする。あれだけBULLを当てたい気持ちが強かったのが、一瞬で熱意が冷めてしまった。
「さて、減らせるところまで点数を減らしていくぞ!」
雅稀はダーツを握りしめ、3ラウンド目が始まった。
娯楽スペースに集う学生はルームメイトと共に、喋ってはいるものの、いつの間にかゼロワンに夢中になっていた。
大勢の学生が残りの170点前後になったところで、ラウンド4が終了した。
その時、雅稀が使用しているダーツボードの向かい側から、ジャンプして喜んでいる女子学生がいた。
「やった! 勝ったぁーっ!」
彼女のレモンイエローの長髪はふわふわと上下に揺れる。
あまりの速さに時間が止まったように感じたが、金髪女子のルームメイトの女の子は
「ヒカル! おめでとう!」
と率直に喜びを共有した。
「えへへ。日本にいた時、しょっちゅうダーツやってたからね」
ヒカルと呼ばれた女子は舌を出し、恥ずかしそうに頭に手を置く。
「ということで、優勝は力武ヒカルさんでしたー!」
司会をしていた茶髪男子が中央に立つと、ゼロワン大会に参加している学生は盛大な拍手を送った。
「たった4ターンで301点を取ったってすげぇよな」
雅稀は後頭部に手を組み、再び占有しているダーツボードに体を向ける。
「まさか、オレたち3人以外に日本人がいたのはびっくりした」
利哉の黒褐色の目は驚きの色を示している。
「そこで感心するか?」
雅稀は苦笑する。彼も他に日本人がいたことに驚いているが、試合をしている以上、1番に出た感想ではなかった。
「さーて、こっからどのように点数を減らしていくかだな」
雅稀はダーツボードと手に挟まれたダーツのチップを交互に睨みつけた。
優勝者が出たことで、ダーツ大会は娯楽で楽しむという雰囲気に変わったが、ゲームは終盤に差しかかった。
「どうだ!」
雅稀は3本の矢をリリースすると、6点、2点、4点と低い点数のエリアに刺さった。
「あー、あと24点か。絶妙な点数だなぁー」
彼はボードの矢を抜き、点滅しているボタンを押す。
待っていたとばかりに、利哉は黄色のテープが張られている位置でダーツを構える。
「持ち点は残り17点。3人の中で真っ先に勝たせてもらうぜ!」
利哉は気合いでダーツを投げた。
1本目は2点。2本目は12点だったが、3本目は13点だった。
終わった! と喜んでいたのも束の間、モニターは『BURST』の文字が表れ、ラウンド開始時の17点に戻っていた。
「え? どういうこと?」
利哉は頭を抱えて困惑する。
「ゼロワンは持ち点をピッタリ0点にしないといけないんだよ」
一翔は右手にダーツを持ったまま人差し指を立てる。
「そういうことだったのかー」
利哉はぬか喜びをしてしまったことに羞恥する。
「僕も残り18点だし、BURSTしてしまうかもしれないけどね」
一翔は狙いを定めてダーツを投じる。刺さった5点が持ち点に反映されるのを確認しながら、慎重に2本のダーツをリリースする。
2本目は12点に刺さって最後の1点! と思ったが、そうはいかず17点に当たってBURSTとなってしまった。
「ダメだった」
一翔は不意に笑みをこぼした。
12回目の出番が回ってきた雅稀は「今度こそ」と意気込む。持ち点は24点。如何にしてピッタリ賞を狙うかを思索する。
雅稀は呼吸を整え、ダーツを構える。
「ここで8点のトリプルに当たるのが1番手っ取り早いけどな」
初心者でそこを狙うには練習が必要だと感じるが、24点に当てる気持ちでダーツを1本投じた。
ドン! と鈍い衝撃音が彼の耳に届くと、16点のシングルに刺さっていた。
「良い線いったけど、どうしようかな」
雅稀はダーツボードの左下周辺を凝視する。
ここで8点を取れば勝つ。4のダブルを狙うといった比較的高難易度なところを狙うのではなく、狙いやすいところに集中することにした。
「これで……終わりだ!」
雅稀は2本目をリリースした。彼の背後に一翔と利哉が固唾を呑んで行方を見守る。
気持ち左下へ向かうように投げられたダーツは――8点に刺さった。刹那、モニターは『WIN』の文字が表示された。
「やったー! 終わったー!」
雅稀は両腕を天井へ伸ばし、その場でくるりと1回転する。
「やられたかー」
利哉は悔しそうに黄色のラインに立つ。
「BURSTは、もうしない」
利哉の言葉は当てにしていない2人だが、人心地ついた雅稀と気を張っている一翔の眼光は、彼が持っているダーツの先端を射ている。
「行けっ」
利哉は1本ずつ投げると、2本目は的に当たらなかったため、6点減少した11点でターンが終了した。
「ちっくしょー」
惜しい、と利哉は指を鳴らす。
一翔の出番が回ると、彼は「一発で18点を取る」と神妙な面をボードに向ける。
18点を取るためにはシングルで18点、ダブルで9点、或いはトリプルで6点を取るかのいずれかだ。
一翔はどの手段を選ぶのか、勝利した雅稀も気になって心臓が騒ぎ始めた。
ひょう、と一翔はひと言も漏らさずにダーツをリリースした。右上の18点に刺さるかと思ったが、チップは下を向き、位置は下がってゆく。
ダン! と力強い音が聞こえた時は、6トリプルの18点ちょうどを獲得した。
「まさか、と思ったけど……」
一翔は頬を緩めた。ああ、僕は勝ったんだ、と嬉しいのか安心しているのかの気持ちが入り混ざっている。
「負けたー」利哉はため息をついたが、「でも、ダーツってこんなに面白いんだな!」と笑顔を見せた。
「この世界にダーツがあるかは知らんけど、故郷に戻った時に、ボウリング場に行ってダーツしに行こ!」
雅稀は今晩のダーツ大会に満足した。狙った場所に全然刺さってくれなかったが、ピッタリ0点に持って行くというゼロワンは、頭脳戦の要素を兼ね備えているところに面白さを感じた。
「また明日も過酷な実習が待っているし、そろそろ寝るか」
利哉は2人のルームメイトの顔を合わせ、3階へ向かった。
1時間のウォーミングアップから始まり、6人連続で対戦した後の昼からは暗闇の障害物攻略。体力勝負であり、気を緩めると怪我を負ってしまいかねない。けれども、これらの項目を乗り越えた先のダーツ大会は楽しく、瞬く間に2日目の実習が終了した。
消灯された部屋の窓側の寝床についた雅稀は布団を肩まで掛ける。周りの学生は1日の疲れで深い眠りについている。近くにいる利哉も一翔も夢の世界へ行っている。
(ダーツ大会、楽しかったけど疲れたなー)
雅稀は目を閉じようとしたところ、窓から人影のような黒い物体が下から上へ移動する様子を捉えた。
(なんだ、あれは……もしかして……)
雅稀はまぶたを閉じた。開けようと試みたが、鉛のように重いまぶたを開けられず、朝まで目を開けることはなかった。




