03-11 一翔とトスカ
対戦実習が始まってから2時間後の10時。一翔は背筋を伸ばし、次の対戦相手は誰かを気にしている。
「一翔、対戦できる時が来たな」
自身の名前を呼ばれて正面を向くと、天然パーマはダークネイビー色に染められ、前髪から深青色の目がぱっちりと開いている青年が立っていた。
「トスカ!」
一翔は晴れやかな表情を浮かべ、目を大きく開ける。対戦実習の授業で一緒に受講している友人だ。
「今まで話せる相手がいなくて物足りなかったんだ。俺と喋りながら対戦しよう!」
「良いよ!」
一翔は地面に置いていた剣を拾い、構える。
「俺から行くよ!」
トスカ・テムズ・サージェスは左手を一翔にかざし、黒紫色の霧を包んだ砲弾が出現する。
「受けて立つ!」
一翔は左手を広げ、桔梗色のシールドを張った。
「陽・闇!」
トスカは技名を言い放つと、霧をまとった球は放物線を描きながら一翔を狙う。
陽・闇は一翔が張っている抗陽のシールドにぶつかると、濃い紫色の小さな稲妻を散らし、バチバチと音が鳴る。
「一翔、俺がこの前話した無人島の逸話について調べてみたか?」
余裕のある面をするトスカに「もちろん。このマレソムディア島に魔女が棲んでいるってことだよね」と一翔は無表情で陽・闇を防御することに集中する。
無人島実習の前夜に、雅稀と利哉にマレソムディア島の逸話の話を持ちかけたことの発端は、トスカから仕入れた情報だった。
「そうさ。100年単位で学生が1人さらわれるって感じのこと書かれてただろ? 実は、前回さらわれてから、今年でちょうど100年なんだ」
トスカは目を細め、彼が放った陽を凝視する。
「嘘っ!?」
一翔は鳥肌が立ち、急に寒気がしてきた。
「何でこんな時に怖い話を持ち出すんだよ……」
一翔の冷や汗がこめかみを伝う。
「悪い。この逸話はGFP学院生の間で有名で、警戒している人は少なくないと思う」
「確かに。昨日、船に乗っていた時に、用心しようとささやき合っていた人がいたけど……」
一翔は眉根を寄せ、左手に魔力と念力を込め、一気に陽を弾き返す。
「おそらく、そういうことだ。一翔も油断しない方が良いよ」
トスカは弾かれた陽を受けようと、左手で抗陽を張る。
「もちろん。僕のルームメイトにも気をつけようって言った」
刃から青紫色の霞が姿を現したところで、一翔は駆け足でトスカとの距離を縮めながら、剣を頭上に振り上げる。
「精!」
一翔は力強く剣を振り下ろした。
抗陽に意識を向いていたトスカは、慌てて剣身を黒紫の霧で包み、辛うじて一翔の攻撃を受け止める。
「まさか、僕を油断させるために喋りながら対戦しよう、って言ったんじゃないだろうな」
普段ならそのような言い方をしない一翔だが、真剣になっている時に卑怯な手を打って来たのではないか、と不審を抱いている。
「違うよ! 本当はゆっくり話したいけど、先生に見られてるし、30分という制限時間があるんだ。だから、対戦しながらじゃないと話す時間が取れないんだよ!」
トスカは慌てて首を左右に振る。
一翔は黙って彼の深青色の目を凝視する。彼の目は完全に面食らった色を浮かべているが、実習をきちんとこなしたい気持ちと、一翔とゆっくり話したい気持ちが目の奥から語っているのを感じた。
「……わかった。今度、ゆっくり喋る時間を作るって約束をしてくれるなら」
一翔は精で攻めている剣を振り払い、トスカを見つめる。
「約束する」
トスカは一翔の攻撃を上手く受け流し、再度剣を前方に構える。
一翔は安堵した表情を浮かべ、
「それにしても、トスカは色々と知ってるよね」
と別の話を持ち出す。
「まあな。俺は6つ上の姉貴がおってな。ロメアって言うんだけど、オファニム大陸で情報屋として働いてて、姉貴から様々な情報をくれるんだ」
トスカは目を閉じて、にっと歯を見せる。
(情報屋の姉さんがいるってことは、不用意に話を持ち込んだら変な噂が広まりそうだ)
一翔はトスカと話す時に気をつけようと心に留める。
「だから、色んなことを知ってるんだ」
一翔は水に流すように、さらりと返事をし、
「ここからは真剣にやろう」
と切先をトスカに向ける。
「臨むところだ」
トスカは落ち着いた声色で剣を横に構える。
「……僕が何を出そうとしているか、読めてるみたいだね」
一翔は足を少し広げ、友人が真横に構えている剣に狙いを定める。切先に魔力を注ぐと、そこから多数の藤色の砲弾が連射される。
「そう来ると思った!」
待っていたと思わんばかりにトスカは目を剥き、左手を切先に添えると、剣身の表面にバイオレットの薄いバリアが出現する。
「やるねぇ」
一翔はトスカが球を漏れなく防御している様子を見て微笑む。
(でも、このまま球を出し続けると思い込んでいるだろう)
彼はそう思い、無数の球が凝集して1本の筋が出来上がるイメージを描く。
(今だ)
一翔はタイミングを見計らって、切先から放っている球が光線に切り替わる。
彼が発射した光線は白い光の周りにアメジスト色の雲がらせん状にまとわりつき、トスカを目掛けて風を切る。
「これくらいは防御できるようになってるさ」
抗球で紫色の球を弾いては砕き続けているトスカだが、突如強い光が剣の向こう側から照らし始め、時間と共に照度が大きくなる。
(何だ、あの光は?)
怪訝そうに眉をひそめ、剣の下からちらりと覗き込む。
刹那、一翔が投じた光線が抗球を破り、剣身に直撃する。その衝撃で、トスカは仰向けに倒れた。
冷静な面持ちを保っていた一翔は剣を下ろし、トスカに近づく。
「大丈夫? 立てる?」
一翔はしゃがみ込み、トスカの顔色を窺う。
「うっ……まぁ……立てるさ」
トスカは強打した尾てい骨周辺を擦りながら、ゆっくり立ち上がる。
「なら良かった」
一翔は起立し、トスカを見つめる。
「一翔は強いなぁ。俺はまだへなちょこだぜ」
トスカは恥ずかしそうに頭を掻く。
「僕だって全然。階級が上の人と戦えって言われても、手も足も出ない」
一翔は近くに転がっている石に視線を送る。
「対戦し始めてから半年くらいしか経ってないし、無理は無い」
トスカは両手を腰に当て、にっと笑う。
「まあね。でも、トスカが倒れた時に、僕が追撃することだってできたんだよ」
一翔が剣を右肩に載せると、トスカはぎょっとする。
「先越されたか」
トスカは苦笑いする。
「休みの日はルームメイトと訓練棟で練習しているから」
一翔は胸の前でガッツポーズをする。雅稀と利哉と一緒に練習しているだけでなく、時々反逆者3人組に修業をつけてもらっているのが本当だ。だから、同級生の誰よりも次の行動を読むのが速いのだ。
「これは俺も負けてらんないな! じゃあ、明日も一緒に対戦しようぜ」
「もちろんさ!」
一翔とトスカは手を組んだ。
「あとさ、今日の夜とか話せる?」
一翔は彼がゆっくり話したいことを思い出して尋ねる。
「明後日の晩でも良い? 今晩はみんなでダーツ大会をするんだ」
トスカは一翔に顔を近づけて小声で言う。
「ダーツ大会……!?」
一翔は思わず目を丸くすると、トスカは黙って頷く。
「俺たち学生だけで、ゼロワン大会をするって」
「そうなんだ……!」
一翔は目の奥が冴えるように、視界が光に満たされる。朝からウォーミングアップと6人連続で対戦した後に、午後からは山地でアスレチックという過酷な実習課題が残っている。ところが、夜になれば宿舎でダーツ大会が開かれることを知り、2日目の実習を乗り越えられる気がした。
「ああ。それに、過酷な実習を乗り越えた4日目の晩、いや夕方でも良いな。アスレチックが終わって宿舎に戻ったら話そう」
トスカは一翔の手を固く握る。
「了解!」
一翔も彼の手を固く握り返した。




