03-09 雅稀とルシフェル
「よーし、こっから対戦実習か。ようやく本領が発揮できるぜ」
雅稀は剣を握り、剣身を見つめる。怪しげな紫の空をバックに、真剣な面をしている彼の顔がそこに映っている。
学科長からの指示は、11時の昼休憩まで学生同士で対戦実習を行うことだ。30分毎に対戦相手が変わるのだ。
「最初は誰かなー」
雅稀は剣を下ろし、顔を少し上げると、澄んだ水色の目を持った男子学生が立っていた。
「よ、マサキ。初っ端から対戦できるのは嬉しいぜ!」
彼の水色の虹彩は煌めき、笑顔で元気よく剣を胸元に構える。
「おぉ! ルシフェルじゃねーか! よろしくな!」
雅稀も目を輝かせ、肩の高さまで左手の拳を上げる。
雅稀の目前に立っている男子はルシフェル・デューイ・グレーシアと言う。後期に入り、基礎対戦実習という講義で一緒に受講している友人だ。
「この実習は基礎攻撃魔術Bと基礎防御魔術Bの成績に関わっているから、ガツンと来てくれよ」
前方に剣を構えるルシフェルの銀色に輝くミディアムパーマは、潮風でふわふわと揺れる。
「そうだったな。だったら、俺も本気で臨む」雅稀は柄を強く握り、ルシフェルは「臨むところだ」と剣身に隠れている両目から眼光を放つ。
雅稀は口角を上げると、即座に剣身をスカイブルーに光らせる。
「先制はもらった! 奥拉!」
雅稀は真横に剣を薙ぐ。
「基本中の基本からか。悪くないな」
ルシフェルは剣身に藍色の光を灯し、頭上に振り上げてから、勢いをつけて振り下ろす。
真横から斬りかかる雅稀の刃と、真上から叩きつけてくるルシフェルの刃が接触し、水色と藍色の火花が接触面で激しく散る。
「甘いな。マサキの切先はオレの腹から10センチも離れている。これじゃあ攻撃が当たらないぜ」
ルシフェルは雅稀に挑発するが、雅稀は興奮せず冷静を保っている。
確かに、雅稀が握っている剣の切先は、ルシフェルの腹部から10センチメートル、いや15センチメートルは離れているだろう。しかも、雅稀の剣の上にはルシフェルの刃がのしかかり、上からの攻撃を右腕1本の力で耐えている。
しかし、このシチュエーションは雅稀の作戦だった。
「さあ、それはどうかな?」
雅稀はニヤリと歯を見せ、切先に魔力を集中させた。
ルシフェルはどこか浮かない顔をしたが、腹部辺りから青く発光していることに気づき、表情を変える。視線を真下に向けると、上から叩き押さえている剣の先端が青白く光っていることを知った時には、もう遅かった。
「光線!」
雅稀は自身の切先を凝視し、そこから青白い光線が発射された。
「しまった!」
ルシフェルは真横へ跳んで避けようとしたものの、腰に直撃してしまい、尻もちをつく。
雅稀は構えを解いてルシフェルに近づき、左手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「ああ。朝から自信が逸ってしまった」
ルシフェルは彼の手を取り、立ち上がる。
「そんなことは無いよ。ルシフェルが強くなりたいという気持ちは、さっきの攻撃で充分伝わった」
雅稀は凜とした目つきを彼に向ける。
「もちろん! もっと強くなって、GFP学院生を凌駕したいから!」
雅稀の光線を受けてしまったルシフェルだが、常に前向きで明るいところは彼の性格であり、雅稀はいつもルシフェルから元気をもらっている。
「なら、俺と一緒に強くなろう!」
雅稀は再び剣を構える。
「今度はこっちから行かせてもらう」
ルシフェルは刃から波が出始め、耳の横に剣を構える。
「精」
真剣な声と同時に、ルシフェルの刃は雅稀の胸部を切り裂かんばかりに、素早く斜めに振る。
(速い!)
雅稀は思わず目を丸くしたが、怯んでしまったら負けてしまうのはわかっていた。
「抗精!」
雅稀は刃から吹き出た水で剣身を包み、後方へ下がってから1回転し、ルシフェルの攻撃を受ける。
お互い容赦なくせめぎ合っているのは、永遠に飛び散る水の量と勢いから判断できる。
「まだだ!」
ルシフェルは左手を雅稀に差し出すと、手のひらと同じ大きさの水の球を投射した。
雅稀は反射的に左手を広げ、水の球を弾くためのシールドを顔先で張る。
右手は物理系の精、左手は波動系の陽を放つルシフェル。雅稀はそれらを防御し続けたまま、少しずつ時が過ぎてゆく。
「やるじゃねぇか」
雅稀は歯を剥き、鋭い目つきで2種類の攻撃を防御する。
「これくらいできないと、1番にはなれないだろ?」
ルシフェルは剣身と左手から投じられた陽に魔力を3倍程度注ぐ。
精と陽は威力が3倍増し、雅稀の抗精と抗陽を打ち砕く寸前まで来ている。
「それは……わからんけど……」
雅稀は眉根を寄せ、折れそうになる腕を力で耐え凌ごうと震わせる。
(やばい、腕がもげそう)
危機感を抱いた彼は右手の刃に魔力、左手のバリアに念力を込め、押し返そうと試みる。
ルシフェルは雅稀が必死にもがいている様子を見て、穏やかな表情を浮かべた。
雅稀は左手と右手を交互に注視する。ルシフェルの方が優勢なのは確かだが、友人の表情から油断していることを感じ取った。
甘いな、と思った雅稀は魔力を切先へ注ぐように意識した。
切先から小さな滴の球が現れ、空に向かって斜め方向へ投射した。
「何だ?」
ルシフェルは突如顔色を変え、空を見上げる。紫の空に滴にしては大きめの物体が双曲線を描き、こちらへ向かってくるのが見える。
「まずい!」
ルシフェルは雅稀への攻撃を止めて後方へバク宙し、着地と同時に左手に切先を支え、額の上で剣を横に構えた。
ルシフェルの剣からコバルトブルーのシールドが張られ、雅稀が放った球・水を防御する体勢に入った。
その隙に、雅稀は防御の構えを解き、向かいで防御しているルシフェルの様子をじっと観察する。
水を含んだ球がルシフェルのシールドに直撃すると、シールドへ溶け込むように球が消滅してしまった。
ふぅーっとルシフェルは吐息を漏らし、剣を下ろす。
「あの手この手でオレに攻めてくるの、マサキくらいだ」
ルシフェルは袖で額の汗を拭うと、爽やかな面を雅稀に向ける。
「はは、ありがとう。でも、ルシフェルと対戦している時が1番楽しいよ!」
雅稀は右手の親指を上げ、友人へ突き出す。
「朝から嬉しいことを言ってくれるな」
ところで、とルシフェルは若干神妙な面持ちに変え、新たな話題を振る。
「マレソムディア島の実習は『闇の無人島実習』とも言われているって話、知ってるか?」
不意を突かれたような質問に、雅稀は一瞬動揺したが、すぐに
「魔女が棲んでるって話か?」
と人差し指を顎に当てて質問返しをする。
「それだけではないけど――」
ルシフェルが言いかけたところで、雅稀は真っ青になる。
「この実習が過酷ってこと!?」
目を丸くし、口がぽっかり開けている雅稀を見たルシフェルは、黙って頷く。
「この対戦実習が11時まで6人連続でやった後の昼からだ。オレが聞いた話、あの東側の山地のアスレチックには様々なトラップが敷かれているんだって。しかも、冬だから17時になる前に日が傾き、早く戻って来なければ暗闇のステージに取り残される。仕舞いに魔女に襲われてしまうって噂もあるらしい」
ルシフェルは水色の双眸を大きく開け、慎重な声で語った。
「魔女って……やっぱりこの無人島にいるの……?」
雅稀は思わず鳥肌が立ってしまった。一昨日の夜に一翔が図書館で借りた本に書かれていた魔女の逸話を思い出した。
「じゃあ、シャドウ=リリスが本当に存在するかもってことか……」
雅稀は視線を落とす。
「シャドウ=リリスって何者?」
「お前、知らないのか? この無人島に棲んでるって噂されている魔女の呼び名だよ!」
「!?」
ルシフェルはびくりと肩をすくめる。
「怪しい空の下、魔女が棲み着いている無人島で過酷な実習が強いられる……それこそまさに『闇の無人島実習』だ!!」
雅稀は瞠目する一方で、ルシフェルは言葉を呑み、その場で立ち尽くす。
雅稀は頬を緩め、「驚いてばかりだと、無人島実習なんてやってられんから、何事もないのを願って、取り組もうぜ」とルシフェルの肩に手を置いた。
「その通りだ」
ルシフェルは首を縦に振ったのと同時に、30分が経過したホイッスルが鳴った。
「交代の時間だ。またな!」
雅稀は彼の肩を叩き、お互い別の方向へ歩んだ。




