02-28 不死身の秘密兵器
(ダメだ、考えさせてくれる余裕を与えてくれない)
一翔は終始襲いかかる絡繰り人形に青紫色の光を灯した剣身を縦に振り下ろす。
剣を振り下ろしても空振りすることがほとんどだが、命中した時は体が真っ二つに割れる。
しかし、床に転がり落ちた体は乾いた音を立てながら、元の状態に修復されてしまい、フォール=グリフィンが着ている物と同じローブも元通りに修繕される。
この状況を何度も繰り返すスパイラルに陥っていることは、頭脳派の一翔からすればわかりきった話だ。
(僕の体力は消耗している……)
一翔は心臓の鼓動を遅らせようと深呼吸する。
絡繰り人形は青い棒を真横に振り投げ、ブーメランの如く旋回しながら一翔を狙う。
「!!」
カーブしながら襲ってくる棒の存在に気づいた彼は、左手から透き通った藤色のシールドを放つ。
パライバトルマリンが混ざった珊瑚の棒はシールドにぶつかると、コトンと床の上に落下した。
「棒は魔術も何もかかっていない。その場合は3系統の防御魔術全てでガードできるのか」
新たな発見だった。
本来、魔法戦士が使用する戦闘魔術――物理、砲弾、そして波動系、これらの3系統を見抜き、それぞれの攻撃魔術に対する防御魔術を放たなければ攻撃を食らってしまう。
しかし、今回のように絡繰り人形が武器としている棒や、魔術がかかっていない剣などは全ての防御魔術で防御できるのだ。
「これなら、何とか対処できそうだ」
一翔は両足で床を蹴り、薄紫に輝く剣身を頭上へ大きく振り上げた。
「奥拉・闇!」
一翔の低くはっきりした声と同時に、素早く剣を振り下ろした。
絡繰り人形は縦に真っ二つに割れたが、彼はこれでもか! と言わんばかりに剣を左右や斜めに振り回した。
八つ裂きにされた絡繰り人形はその場で無念そうに床に落ちた。
羽織っていたローブもバラバラになり、黒い布切れはひらひらと絡繰り人形の部品の上に舞い落ちた。
「結局、『パライバトルマリン』というキーワードは関係なかったようだ」
一翔は疲れ果てた声でぼそっと呟いた。
遠くからその言葉を耳にしたガルティは一翔を指した。
「そこの毛先が紫のお主、全っ然わかっておらぬようじゃな」
ガルティの大きな声は、近所から度々発せられる衝撃音を遮った。
(何が?)
一翔には老人が何を意味して言ったのかが理解できず、呆然と床を見つめる。
動きが止まった彼の黒髪の先端が紫色の髪の毛は深海の海水の動きに合わせ、イソギンチャクのように漂っていた。
(ガルティさんがそう仰ると言うことは、パライバトルマリンが鍵を握っているんだ。雅稀の言っていたことが正しかったんだ……)
一翔は無造作に積み上げられた絡繰り人形の部品に視線を変える。
(ごめん、雅稀……僕にもわからないよ……)
申し訳ない気持ちに駆られ、表情を曇らせる。
「お主たち、何のために地上から深海へ来たのじゃ?」
ガルティに訊かれ、一翔は「パライバトルマリンを手に入れるため……」と冴えない顔で柄を握りしめる。
「何故パライバトルマリンに拘ったのかね?」
拘るという言い方は変な気もするが、ルビーでもサファイアでも、何ならダイアモンドでもない。
パライバトルマリンの中でも『深海に潜む宝玉』と言われているパライバトルマリンでなければならない理由は何だったのか。
一翔は思考を巡らす。
「そうか……!」
わかったかもしれない、と一翔は瞳孔を大きく開く。
彼の様子を見守っていたガルティは、弟子を育て上げているような厳しい目つきに加え、眉をひそめる。
ガルティのそんな表情を知らない一翔は
「もう少し考えれば、絡繰り人形を攻略できそうだ……!」
と胸中に希望の光と確信で満たされ始めていた。
「人形のくせに、強いぜ」
利哉は苦笑いしながら切先から火球を連射する。
「俺らを苦戦させるくらいだからな」
雅稀は水色に光る剣身を薙ぐ。
「こっちが先に動けなくなりそう」
利哉は深く息を吐く。既に体力の限界が近づいている。
初歩的な戦闘魔術を身につけた印である赤階級になったばかりの彼らは、そこから先の対戦実習を経験していない。
相手が絡繰り人形かつ魔術を使用しないだけマシだが、赤階級より上の階級の魔法戦士と戦闘になっていれば、間違いなく勝負はついている上、敗北になっている。
ここまで何とか体が持ち堪えている彼らは自身に褒めてやりたいのが本音だ。
「おい! 砲弾系はダメだ! 奴には効かない!」
雅稀は必死に声を上げた。
「えっ?」
利哉はきょとんとする。
「戦ってて気づいてなかったのか? こいつらに球や光線の攻撃魔術を浴びせても、棒で弾いたり本体に直撃したりしても怯まなかっただろ?」
「マサみたいに頭で考えて戦うの苦手だよ」
利哉は眉毛をへの字に曲げる。
「いや、それは一翔の戦い方だ。俺は頭で考えているよりは、相手の戦い方を観察しながら戦ってる」
「それって、結局頭使って戦ってんのと一緒じゃん……」
「そう言う利哉はいつもどうして戦ってるんだ?」
「勘だよ。オレはマサやカズのように頭は良くないんだよ」
「勘か……」
雅稀は何気なく利哉の後ろ姿に目をやる。彼は右横に跳んで絡繰り人形の攻撃をかわし、瞬時に左手から陽・火を放っていた。
利哉は相手の得意とする攻撃や弱点を見抜くのは苦手だと知ったが、相手の攻撃を避けた後の反撃は自身と比べると速い。
それは、利哉の鋭い勘が働いているからだ。
「お前の勘、大事にした方が良いと思うぜ」
雅稀は低い声で視線を剣身に戻す。
「急にどうしたんだよ?」
利哉は剣身でパライバトルマリン色の棒の攻撃を受ける。
「利哉が戦っている様子を見て思ったんだ。相手の攻撃をかわしてから、次の技を繰り出すまでが俺より速い」
「そう、なのか?」
「ああ。俺は相手の行動パターンなどを分析するのは得意だけど、直観力がない」
だから、と雅稀は右耳辺りで剣を構え、
「利哉は『直観力』を大事にして欲しい。お前の鋭い直観力で、俺と一翔を助けて欲しい」
と斜めに絡繰り人形を切り裂く。
「わかった。約束するよ」
利哉は受けている青い棒を剣身で振り払い、即座に剣身をマグマで覆い、猛スピードで襲う絡繰り人形に薙ぐ。
絡繰り人形は腹部で2つに割れた。
「もし、その約束を守れんかったら、どうする気?」
雅稀は意地悪そうに笑う。
利哉は顔面蒼白になり、言葉を失う。
「真に受けるとか、まんまと引っ掛かるのな。冗談に決まってんだろ」
雅稀の口元は何か企んでいるように笑っていたが、優しい目を利哉に向けていた。
「オレの勘が今よりも鋭くなったら、お前の考えていることなんて瞬時に言い当てられると思うぜ」
「だろうな。今後が楽しみだなあ」
「あまり期待しないでくれよ」
利哉は力なく笑いながら、上半身だけ浮かぶ黒い敵の頭部を切り落とす。
「『期待してる』とでも言わんかったら、利哉の負けず嫌いが発動しないだろ?」
水属性の相棒の言っていることは的を射ており、利哉は思わずぎょっとして体の動きが止まった。
「ばれたか」
「前に言ったろ。『俺は相手のざっくりした人柄や考えていることが何となく読める』って」
4ヶ月近く前、初めてGFP学院にあるアスレチック場へ行った時に雅稀がそう言っていたのを、利哉は思い出した。
「言ってたな、そんなこと」
「ただ、俺の場合は相手の言動や仕草などの情報があって初めてわかるんだ。見知らぬ人の人柄を直観で判断せって言われても、俺には無理だ。でも、直観力があれば外見だけですぐにわかるってことだぜ」
「マサからしたら羨ましいのか?」
雅稀は数秒黙って「羨ましいさ」と微かな微笑みを浮かべて答えた。
利哉の目には雅稀が自身に期待を寄せている気持ちが映っていた。
「期待に応えられるように頑張るぜ」
利哉は自身の強みに気づけて心が躍った。
一翔のように頭脳に頼ること、雅稀のように相手の戦い方を分析することは不可能だとわかっていた。今まで勘で生きてきたからだ。
どちらかと言えば『直感力』があると言った方が正しいが、雅稀が言う『直観力』も備われば、無意識のうちに的確な戦闘魔術を放てるようになる。
戦闘の経験を積み上げていくと同時に、直観力も極めていこうと決心した瞬間だった。
利哉は雅稀を見つめた。
彼の目線に気づいた雅稀は視線を合わす。
「その代わり、と言うのは変だけど、マサの分析力でオレたちをサポートしてくれよ」
何かの交換条件のように感じたが、雅稀はもちろんさと深く頷いた。
雅稀と利哉の会話に一旦区切りがついたところで、2人は絡繰り人形との戦いに専念する。
一翔が八つ裂きにした絡繰り人形は床に積み上がったままだが、残り2体の絡繰り人形は切られても修復し続けている。
一翔は考え事をしながら積み上がった部品を凝視する。バラバラに切り裂いたとて、復活するのではないかと目を凝らしているのだ。
とどめを刺そうかと思わんばかりに切先をそれらに向けると、一翔が危惧していたことが起こった。
カラコロカラコロと奇妙な音と共に、八つ裂きにした絡繰り人形が宙に浮いた状態で完全復活を遂げてしまった。
言葉が思いつかないまま、一翔は剣を前方に構え直した。
――***――
彼らの邪魔にならない隅で戦いの行方を見守っていたガルティは感じていたことがあった。
(こやつらが人々を守りたいという真実、フォール=グリフィンとやらを倒して掴み取りたい勝利の気持ちはある)
じゃが、と呆れたように目を細めた。
(これらを成し遂げるために肝心なことが抜けておるな)
ガルティには、3人の青年が不足している要素がわかっていた。
(時々2人体制で一緒に戦うことはあっても、結局1対1で戦い抜こうとしておる。3人のベクトルがバラバラなようじゃ、わしの試練に勝てんの)
老人はカラクリ人形共と戦う3人へ目を凝らした。ガルティの目には決着が着く前に、3人の若人の体力が尽きると直観していた。




