02-27 助っ人に入ったライバル
「お前、何やられてんだよ!」
「何やられてるって……少しはオレを心配してくれよ……」
利哉にしては珍しく弱音を吐いているな、と雅稀は彼の震える声を聞いてそう思った。
「心配してなきゃ、ここに来ていない」
雅稀は水晶玉を掴むように左手を少し曲げると、群青色のビー玉が出現し、深海の水を吸い込みながら徐々に成長していく。
「陽・水」
雅稀は低く落ち着いた声で波動系の攻撃魔術を放った。
利哉を説教するように青い棒で叩いていた絡繰り人形に直撃し、宙を舞う。
「立てるか?」
「あ、ああ……」
利哉は雅稀の肩を借り、よろけながら立ち上がった。
「マサに助けられて、ちょっと悔しいな」
利哉は雅稀の隣で苦笑する。
「悔しい?」
雅稀は怪訝そうな面をするが、視線は2体の絡繰り人形に向けている。
「オレは水属性のお前に勝ちたいって言ってるのに、助けてもらってさ。しかも、カラクリとの戦いで1番互角に戦えてないのはオレだからな……」
雅稀は利哉の表情を窺った。口元は笑っているが、視線は遠くの床にある。おそらく自分の不甲斐なさを噛みしめているのだろう。
しかし、こんなところで弱気になってしまえば、絡繰り人形に白旗を揚げていることと同じだ。
「俺に対抗心を燃やす燃やさないは、お前の好きにすれば良い。けど、このままで良いと思っているのか?」
雅稀は話を持ちかけるが、彼は黙っている。
「俺は駆け出しの魔法戦士で、俺より強いヤツは世の中に何百万人と転がっている。まだまだ未熟な俺に対抗心を持ち続けたとしても、利哉が飛躍的に強くなる可能性は失われるかもしれないんだぞ」
「何で……?」
利哉の冷や汗は頬を伝った。
「マサはオレを否定しているの? オレが悔しいと言ったことに根を持っているの?」
利哉は動揺のあまり、虹彩の伸縮を繰り返す。
「否定もしてないし、根にも持ってない」
隣で剣を構える雅稀は真正面を向いている。絡繰り人形を睨む彼の眼光は鋭いのにもかかわらず、平常心を保っているのは姿勢から感じられる。
「俺が言いたいのは、対抗心を燃やす相手を変えた方がお前のためだぞってこと」
雅稀は利哉の援護に入ってから初めて顔を向けた。黒い秘密兵器に叩かれて浮かび上がった痣を見ただけで惨めな気持ちになったが、表情には表さなかった。
「俺や一翔にライバル意識を向けるよりは、稽古をつけてもらってるメイリアさんとかに対抗心を燃やした方が、利哉の性格に合っていると思う」
「メイリアさんに対抗心を持ってしまったら……一撃でやられてしまうよ……」
利哉はびくりと身震いする。『あたしに勝とうだなんて100万年早いわよ!』というメイリアの甲高い声が頭をよぎる。
「それを言うなら俺もだ」
雅稀は笑う歯を見せると、樋から周りの深海を吸収し始める。
「でも、いつか、あの3人を超えたいって思ってるさ」
それに、と雅稀は柄を両手で握りしめた。
「俺たちが戦うべき相手は、GFP学院の撲滅を目論む、愚かで歪んだ心を持った強者が集うフォール=グリフィンの連中だ!」
雅稀は樋から刃へ荒波が押し寄せる剣を左下から振り上げ、前方へ回転する絡繰り人形の背部を狙う。
本体には惜しくも当たらなかったが、絡繰り人形が羽織るローブの背面にあしらったフォール=グリフィンのシンボルが、雅稀の振り上げた剣の軌跡を描くように裂けた。
「あっ……!」
利哉は突如何かを思い出したように瞠目する。
「しかも、絡繰り人形らが羽織っているローブはフォール=グリフィンが着ているやつと全くと言っていい程、同じだ」
雅稀は左手からさざ波が立ち、同心円状に広がる。
2体の絡繰り人形はその波に接触すると、感電したように全身が小刻みに震える。
「絡繰り人形に勝てなければ、永遠とフォール=グリフィンに勝てない」
雅稀は神妙な眼差しを利哉に向け、
「それは、GFP学院生や先生方は疎か、彼らを守りたいと思っている同志を助けられないことと一緒だと俺は思う」
そうだろ? と問いかける。
利哉は雅稀の話を慎重に聞き、今までの考えは間違っていたと悟った。
フォール=グリフィンに狙われているGFP学院を守りたい気持ち、目の色を決定する遺伝子の上流にgfp遺伝子が組み込まれたお陰で、暗所で目が緑に光る現象を解決したい気持ちは、GFP学院に入学して間がない頃からあった。
ところが、水属性の雅稀が火属性の利哉に『普通に考えたら俺の方が有利だと思うんだけど』と如何にも利哉の方が劣っているように言われたことが悔しかったのだ。
それ故、アスレチック場でミッションに臨んだ時も、反逆者の女性3人組に修業をつけてもらった時も、雅稀に対抗心を燃やしていた。
利哉にとって、雅稀はライバルに近い存在で接していたのかもしれない。
けれども、本当はルームメイトかつ友人で、フォール=グリフィンからGFP学院を守り、緑に光る目を解決するために欠かせない《《相棒》》でもあるのだ。
雅稀は利哉の負けず嫌いの性格を良いことに、時々ちょっかいをかけて対抗心を燃やしてきたが、大切な友人であり仲間であると思っていたことを、利哉は気づかずに過ごしていた。
だから、絡繰り人形に青い棒で叩かれて利哉が苦しんでいた時に、雅稀が助けに来てくれたのだ。
いつも大人しい一翔はもちろん、真面目でクールな雅稀も標的は完全にフォール=グリフィンにある。
彼らは、GFP学院では大事な友人、フォール=グリフィンやGFPが組み込まれた謎解きのことに関しては大事な相棒だ。
常日頃から、そしていつまでも雅稀に対抗心を燃やし続けるのは、間違いだったことに気づかせてもらった。
「マサ、お前の言う通りだ」
利哉は落ち着いた声色で剣を握り直す。
「このままじゃあ、何も守れない、何も助けられない……」
彼は両手で柄を強く握る。剣身から利哉の髪色と同じ色の火炎が燃え立つ。
「いつまでも弱音を吐くなんてよ、お前らしくないぜ」
雅稀の目は何故か輝いている。雅稀は利哉からライバル意識を向けられていたことを、さほど気にしていなかった。
「オレらしくない?」
どういうこと? と利哉はちらりと雅稀の横顔を見る。
「俺の知っている利哉はいつも元気で、火が点けば一途に物事を成し遂げようとする」
雅稀は刃から吹き荒れる波を前方に振る。
「それから――人情味のあるところだ――」
その言葉と同時に、刃が絡繰り人形の頭から又まで切り裂いた。
(マサが……オレを人情味のあるヤツだと思ってくれてたんだ……)
利哉の目はじーんと熱くなる。
(時々弄ってくるマサだけど、実はそう思ってくれていたなんて……悪いことをしたな……)
雅稀が見ていない隙を狙って、利哉は袖でさっと今にも溢れそうな涙を拭う。
「何感動してるんだよ。またさっきみたいにやられちまうぞ」
顔を上げれば、左隣に立っている雅稀はぱっちりと目が開いており、口角が上がっていた。
「俺も全力で戦う。お前の良いところは俺にはない。だから、お互い助け合っていこうぜ」
雅稀は利哉の左肩に手を載せる。左肩から雅稀の仲間意識の温もりが全身に広がるのを、利哉は感じた。
「そうだな。所詮人形に負けて帰る訳にはな」
利哉はキリッとした目を絡繰り人形に向ける。
彼の情熱に再び灯火が点き、剣身の火炎は真紅色に変化し、炎が大きくなると共に火花を散らした。




