02-18 黄昏の中央広場
雅稀らは先程購入したローブに着替え、青い珊瑚の服屋を後にした。
「ムークリアの伝統行事って何だろう?」
一翔は腕組みして考え事をする。
「伝統行事とやらで全然人気がないんだな」
雅稀は少しずつ移り変わる景色を見渡す。服屋や昼食を済ませたレストランでも、店員以外のシェリル族は見かけなかった上に、出歩いているシェリル族もいない。
道の両脇に並ぶ珊瑚や貝殻の建物は栄える時をひっそりと待っているようだ。
「で、中央広場ってこの道で合ってんのかな?」
利哉は眉根を寄せてグリア=リーツの画面をタップする。しかし、水色一色に光るだけで、建物の配置などが示されていない。
「グリア=リーツでも反応してくれんのなら、わかりようがないぜ」
彼は呆れて苦笑いする。
「グリア=リーツでも反応しないってことは、外界から閉ざされた秘境の地かもしれない」
一翔は利哉のグリア=リーツの画面に目をやる。
「地上の人らが都市伝説って言っているくらいだから、データが存在しないんだろうな」
雅稀も利哉と同じようにグリア=リーツで位置情報を確認するが、やはり何も表示されない。
「せめて地図があれば……」
一翔はふと顔を上げると、右側に情報屋と思わしき巨大なホタテの貝殻が目につく。
「ちょっと、行ってみる。待っててくれる?」
一翔は2人を置いて駆け足で建物の中に入った。
「何があった?」
「さあ、訳もなく店に駆け込むなんて、一翔がする行為とは思えないけど」
利哉と雅稀が立ち止まって会話をしていると、一翔が出入り口から現れ、ダッシュでこちらに向かった。
彼の手には3枚のビラを握っており、1枚ずつ友人に手渡しした。
「うわっ! 地図だ!」
目を丸くした利哉は声を上げる。
「どれどれ……」
雅稀は一翔からもらった地図を見つめる。それにはムークリア海底都市の全体図が建物のイラスト付きで描かれていた。
地図の中央に、ぽっかりと空いた土地の周りに小さな屋台が並んでいる。屋台の外側は数多の貝殻や珊瑚が描かれている。
北側は食料品、東側は一等地の住宅街、南側はレストラン、そして西側はファッションといったエリアが色つきで示されている。
雅稀らは衣装を購入した建物からあまり離れていないため、西側のエリアのどこかにいることがわかる。
ムークリアの最北は海底都市を象徴していると言っても過言ではないくらい、青く煌びやかな宮殿が目立っている。地図には魔術語でムークリア海底都市本部と書かれている。
北側を除いて、中心部から離れると、建物の数が減っている。その辺りに点在する建物は旅館であったり、住宅であったりする。
そして、雅稀らが目的地としているシノブガイの建物は、中心部から離れた西側に海底火山と共にちょこんと描かれ、パラマリン採掘場と小さな魔術語で示されていた。
「中央広場とパラマリン採掘場はオレらの居場所から正反対の方角にあるけど、伝統行事に行ってみたいなぁ」
利哉は両手を下ろし、脳裏に祭りをイメージする。
「パライバトルマリンが目的だけど、他のところにも行ってみないと、後で後悔してしまいそうだな」
雅稀はムークリアを包むベールを見上げる。淡い水色の光は徐々に消えつつあり、夜が近づこうとしている。
来た時よりも薄暗くなっていることには一翔も気づき、「早くしないと行事が始まってしまう」と慌てた表情を2人に向けた。
「でも、せめて方角がわからないと……」
利哉はおどおどしながら顔を左右に動かす。
すると、フルートやヴァイオリンの微かな音色が一翔の耳に届き、右耳に手を添える。
「楽器の音が聞こえる……」
「楽器?」
雅稀と利哉も耳を澄ませてみるが、3人の声以外は何も聞こえない。しかしながら、一翔の耳は弦楽器とフルートの清らかな音を捉えていた。
「うん。こっち」
一翔は音がする方向を指す。
「一翔が言うなら間違いないと思うけど、何かやってたのか?」
雅稀は一翔が指している道へ顔を向ける。明度の高い天色の宝石が取りつけられた多くの外灯が閑散とした大通りを挟んでいる。
「僕は中学と高校でヴィオラをやってた」
「すげぇ! 今度聴かせてよ!」
「良いけど、ちょっと恥ずかしいな」
一翔は頬を赤らめ、頭を掻く。
「それで、小さな音でも多少は聴き分けられるよ」
そういうことだから、と一翔は2人の先頭に立って、天色の宝石が輝く外灯に照らされた大通りを歩いていった。
――***――
ムークリアを包むベールの光は消え、海底都市は建物や外灯の光に満たされた。
歩き続けるにつれ、意識をしなくても楽器の音が聞こえるようになり、シェリル族の姿が見かけるようになった。伝統行事で賑わっているのは何となく感じられる。
珊瑚や貝殻のエリアから抜けて、屋台が円を描く場所にやって来た。
屋台が向いているところには広場があり、北東の端の場所に、青色に輝く弦楽器とフルートのような横笛を持って演奏しているシェリル族がホタテの貝殻の椅子に着席している。
彼らと向かい合って青い指揮棒を振っている人に合わせて音を奏でている。
広場周辺のシェリル族はがやがやと喋りながら食べ歩きを楽しんでいる。
「買ってきたから食えよ」
利哉はニッと歯を剥き、寒天に包まれたホタテの串差しを3本手にし、雅稀と一翔へ歩み寄った。
「いつの間に!?」
彼の背を向いていた一翔は目を丸くする。
「ありがとう! 美味そうだなー!」
雅稀は利哉からもらったホタテの串差しを1つ口にする。味がしないゼリーからグリルで焼いたホタテの旨味が口いっぱいに広がる。頬が落っこちそうだ。
「だって、せっかく海底都市に来たんだったら、堪能しておきたいじゃん」
利哉は自分のホタテをひと口で食べ尽くす。
「えっ!? こんなに美味しいものをたったひと口で!?」
味わって食べたら良いのに、と一翔は目で訴える。
「オレは温かいうちに食ってしまいたいからさ」
利哉は咀嚼しながら発言する。
「なるほど」
雅稀は串に刺さっていたホタテ2つを食べ切り、近くに設置された袋に串を捨てる。
「雅稀も早いね」
一翔はようやく1個目のホタテを食べ終わる。
「美味かったからな」
雅稀はそう返事し、顔を動かすと満足そうな表情から一変した。
「ところで、これが伝統行事なのか?」
雅稀は訝しげな面を賑わっているシェリル族に向ける。神社や地域の屋台で単純に楽しんでいる人々と同じようにしか見えない。
「いや、19時から伝統行事が始まるって」
一翔は片手に握っている地図の裏面に書かれた文字を読む。
利哉はグリア=リーツの時計を見ると、18時50分を示していた。
「伝統行事って何が行われるんだろう?」
一翔が手にしている紙に利哉は視線を変える。
「毎年18月21日に、1年間の感謝を込め、ムークリア海底都市本部に備えられたゴブレットに剣舞と音楽を捧げる伝統行事が行われる、と書かれてる」
一翔は魔術語が並ぶ説明書きをスラスラと読む。
「18月? 今日って7月31日だよな?」
利哉はグリア=リーツで日付を確認すると、確かに今日は7月31日だ。
「大陸に住む俺らとは時間軸が異なるんじゃないか? 長いこと陸地から離れて生活しているんだし」
雅稀は地図の裏面を広げる。一翔のように羅列する魔術語はまだ解読できないが、伝統行事が行われる日付は18月21日であることは読める。
「そう言われるとそうか。ムークリアで1年が18ヶ月あるってことは、陸地では1年半に相当すんのかな?」
「いや、1年の長さは陸地でも海底都市でも同じ」
一翔は口を挟む。
「1年が始まるタイミングと1ヶ月単位の日数が違うってこと?」
「その通り。地上では1ヶ月は大体30か31日だけど、海底都市では20か21日で1ヶ月としているんだって」
一翔は顔をしかめる利哉に目を向ける。
「へぇ。中々面白いもんだな」
利哉は腕を組んで説明書きへ顔を寄せる。下の方に、翌年のカレンダーが2列に渡って載っており、ひと月の長さは一翔が言った通り20か21日だ。
「パライバトルマリンを取りに行った日が偶然にも伝統行事と重なっていたとは……」
雅稀は顔を上げると、あれだけ賑わっているシェリル族は広場の周りに座り込み、演奏は止まっていた。
広場の中央にマリンブルーの絹の衣装に、青い宝石で装飾されたティアラを着けているシェリル族が青色に煌めく剣を右手に携え、縦と横に8列ずつ整列している。
北側の海底都市本部を背にして置かれたオブジェは、光に照らされたゴブレットが濃青色に反射し、杯にほのかな光を放つ青い宝玉が浮いている。全体の大きさは2階建ての一軒家に匹敵する。
「そろそろだ」
一翔は腰を下ろすと、雅稀も利哉もその場に座り込んだ。




