02-15 グリア=リーツ
赤階級に昇格した雅稀らは芝生エリアの南から正門を抜け、初めて学外へ足を踏み入れた。
時刻は8時20分。緑色の枝葉がそよ風と共にさわさわと心地よく揺らぐ。
空気はカラッと乾燥しており、見上げれば覆い尽くされている枝葉の間から晴天の青空が顔を出す。
草本はそこから差す陽の光を浴びて生き生きしている。
この時期、GFP学院のあるデュナミス大陸の北西領域はあまり雨が降らないのか、天候に恵まれる日が多い。
「涼しくて気持ちいいなー」
利哉はのびのびと腕を伸ばす。
「ここに戻って来れたら良いけど、迷子になりそうだなぁ」
雅稀はきょろきょろ辺りを見渡す。GFP学院は森林に囲まれたところにひっそりと建っていることを改めて実感する。
「GPSとか、位置情報ってやつがあれば……」
利哉はローブのポケットから持ってきた白いスマートフォンを取り出す。当然ながら電波は繋がっていない。
「それは、グリア=リーツっていうスマホの機能を兼ね備えた腕時計、俗に言うスマートウォッチで解決できるよ」
一翔は左ポケットから丸い液晶画面が取りつけられた腕時計を手に取る。バンドはしなやかなグラファイト色のナイロン製だ。
「どこで手に入れたんだよ?」利哉は一翔が握っている腕時計を凝視すると「両親から入学祝いでもらった」と彼は即答する。
「近所で買えるなら先に買っといた方が良さそうだな」
雅稀はグリア=リーツという名の腕時計の画面をじっくり見る。電池に頼らず、魔術の力で稼働しているようだ。
一翔はグリア=リーツを左手首に巻き、画面を指でトントンと2回タップする。
すると、画面から光が浮かび上がり、顔の高さに現在地周辺の地図が現れた。地図の中央と西側にそれぞれ赤と青の2点が点滅している。
「ど真ん中の赤い点は、僕らの居場所。青の点が今の目的地。西へ200メートル進めば売ってるかも」
一翔は真顔で地図を眺める。
「前にロザン先生がGFP学院から西へ1キロ進んだところに、ブルーホールがあるって言ってたよな」
雅稀は地図と睨めっこする。画面上の地図ではブルーホールらしきスポットは映されていなかった。
彼の横で利哉は「じゃあ、通り道じゃん! 寄ろうぜ!」と西の方角を指す。
「あれか!」
利哉は木陰で屋台を出している場所へ小走りする。
彼の予想通り、そこの台の上にグリア=リーツが10個並べられていた。
「へい! いらっしゃい!」
額にハチマキを巻いた金髪の若いお兄さん店員が雅稀たちを歓迎する。
雅稀はどうもと会釈して、赤色の布の上に並べられたグリア=リーツの値札をひと通り見る。全て30ビッツで売られている。
「普段はここで商売してはるんですか?」
雅稀は顔を上げる。
「いや、今日は臨時出店だ。君たちは運が良かったな!」
店員は扇子を仰ぎながら愛想良く答える。
「と言うことは、普段はここよりもっと東側で店を構えているんですか?」
「その通り。でも、グリア=リーツはGFP学院生とそこの卒業生にしか販売してないんだ」
店員はニコニコしながら扇子で自身に風を送る。
「そうなんですか!?」と驚く一翔に「位置情報機能を利用して、GFP学院の所在地を特定されちゃあ困るだろ」と開眼する。店員のインディゴブルーの目は真剣だ。
「つまり……」
利哉は言いかけると、店員はこくりと深く頷いた。
「君たちのお察しの通り、おれはGFP学院の卒業生だ。魔術研究学を専攻しててな、修士まで行った」
店員が羽織っている濃藍のローブの襟元と袖口は、確かに修士号を有する証であるサファイアブルーの輝きを見せている。
金髪の店員は仰いでいた手を止め、さらに話を続ける。
「57年前にGFP学院の襲撃事件があって、この地に再建されたことも知ってる。それまでは、セラフィム大陸とオファニム大陸の間の小さな島に建てられていたんだがな」
雅稀は以前図書館で見た天蒼星の地図を思い出す。ここから西北西へ遥か遠くに存在していたことがわかる。
「2度と悲惨な襲撃事件が起きないように人目を避け、この秘境の地に建てられて今に至る。ここの世界はGPSも電波塔も何もない。地球で生まれ育った君たちなら、不便さをわかってくれると思う」
店員は10個の売り物に視線を落とす。GFP学院に在籍していた身からすれば、色々感じることがあったのだろう。
「ここでOBに出会えるとは、奇遇ですね」
雅稀は神妙な顔をする。
ふっと訊きたいことが彼の脳裏に浮かんだが、何故か緊張して言葉が喉から出て来なかった。
「ちょっと真面目な話をしてしまったな。まあ、学外へ出られるようになったGFP学院生の日常をサポートしたいのがきっかけで、この製品が誕生したんだ。ちなみに、これらのグリア=リーツは最新モデルだ」
金髪のお兄さんは再び笑顔になる。
「最新モデル……!」
利哉はその言葉に惹かれる。
「ああ! それは、臨機応変に姿を消せるのさ」
店員は利哉に顔を近づける。
「他の人の目に入らないようにするため、ですか?」
「そうそう! ようわかってるねぇ!」
一翔の質問に店員は顔を輝かせる。その新機能にかなり自信を持っているようだ。
「じゃあ、これ買います!」
雅稀は目につけていたグリア=リーツを素早く手に取る。ネイビーブルーの落ち着いた色のバンドに、角の取れた四角い液晶画面が取りつけられている。
「毎度ありー!」
店員は満面の笑みを浮かべる。
雅稀は懐からがま口財布を取り出し、トレイの上にひっくり返す。一翔の話によると、魔術界の財布は巾着かがま口であるのが一般的だそうだ。
1ビッツの銅貨はアスレチック場のミッションの報酬で35枚あるのは把握していたが、持っていなかったはずの銀貨が銅貨の小山から1枚顔を出している。
「あれ、銀貨って持ってたっけ?」
雅稀は親指と人差し指で銀貨をつまむ。魔術語で10を意味する文字が彫られていた。
「階級手当だよ! 僕たち、赤階級になったから」
一翔はその銀貨を指す。彼の視線を辿れば、晴れやかな顔をしている。
「なるほど! 今月分が早くも入ったってことか!」
雅稀は興奮しながら、10ビッツの銀貨と1ビッツの銅貨5枚をがま口財布に入れた。
「てことは、オレの分も買えるってことだな!」
利哉も財布から30ビッツを店員に渡し、イエローゴールドのグリア=リーツを左腕に着用する。
「ありがとうございます!」
雅稀は店員に手を振って踵を返そうとしたが、「ちょっと待った」と店員は手を広げて呼び止めた。
「君の持ってるグリア=リーツに最新機能を搭載しておくよ」
兄さんは一翔の手首にはめているグリア=リーツに広げた手をかざす。
彼のグリア=リーツは一瞬白く光ったが、見た目はさっきと同じだ。
「これでよし! 足を止めて悪かったな。達者でな!」
店員は木製の椅子から立ち上がり、雅稀たちを見送る。
「はい、先輩!」
雅稀は右手に握ったままのグリア=リーツを見せるように手を上げ、目的地へ歩き始めた。
店員は「先輩」と言われ、くすぐったいなと思わず口元を緩めた。
その頃には、3人の後輩たちは西の方角へ姿が小さくなっていた。




