02-13 想定外のトラップ
ゴールまで折り返し地点を迎えたところで、3人の目前に空から6本の矢が地面に刺さり、彼らの進行を妨げる。
「うわっ!」
驚いた雅稀は足を滑らせてブレーキをかける。矢の周りは固い地面が盛り上がっていることから、先端が相当鋭利なのは容易に予想できる。
恐る恐る顔を上げると、右側の視界が明けて崖がくっきり見えた。崖は3メートル程度で決して高くないが、数ヶ所掘られた四角い凹みに矢を放つ装置が埋め込まれていた。
「こんなの授業でやったか?」
雅稀は怪訝そうに装置を睨みつける。
「やってない。やったのは足元の障害物と目線と同じ高さの障害物をかわすだけだった……」
一翔は呆然と装置を見つめる。
「何でこういう想定外ばかりのことが起きるんだ……!」
雅稀は大きなため息をついて視線を落とす。
「何かあったのか?」と利哉は雅稀の顔を覗き込むと、彼は頷いた。
「4日前の基礎防御魔術Aの試験で、ロボットが放った球が波動系の技と合わさっていたんだ。お陰で、ずぶ濡れになったんだ……」
雅稀はその出来事を思い出し、思わず身震いする。
「まだ水で良かったと思うぜ。火属性の技だったら、顔丸焦げだったな」
利哉は元気出せよと雅稀の背中に手を置く。
「冗談じゃねぇ!」
雅稀は眉間にしわを寄せ、利哉の手を振り払う。
手の甲で叩かれた利哉は驚愕し、その場で立ち尽くす。
「今回もこれも一緒だ。装置の不具合が原因だったとしても、下手したら俺たちを殺せる。試験で人を死なせるような事故があったら、魔術師登録委員会も黙っていられないだろう」
雅稀は地面に刺さっている矢を跨いで前へ進み、後ろを振り返って
「利哉、さっきはごめん。許してくれ」
と神妙な眼差しを利哉に向けた。
利哉は一瞬目を丸くしたが、息を整えて
「そこまで深刻に考えられてなかったオレこそ、すまなかった」
と拳を握りしめた。魔法戦士になると言うことは、死と隣り合わせであることを思い知った瞬間だった。
雅稀は気を取り直して
「よしっ、ここは一気に駆け抜けるぞ!」
と声を上げて走り出した。
一翔も利哉も彼の後を追うように走り始めた。
崖の穴から大量の矢が放たれ、雅稀たちを襲う。
「せめて偽物であってくれーっ!」
雅稀は両手を地面について足を蹴り上げ、両膝を抱え込む。
スコールの如く放たれる矢より高い位置でバク宙しながらかわす。
「日頃のアスレチック場での成果が試されているようだね」
一翔は心に精神を集中させ、薄紫色のオーラを放ちながら地面を蹴る。
空中に浮いた足は絶えず一方向に飛ぶ矢に載せ、着地と同時に次の矢へと飛び歩く。
踏まれた矢は真下に落下した。
「オレだって負けらんねぇ!」
利哉は左手をピンと伸ばして、念力を込める。
手のひらから紛紅の玉が出現したことを確認して、矢を放っている装置に目掛けて腕を曲げた。
その玉は利哉が狙ったところの手前で、大量の矢を焼き尽くした。
「へへっ」
彼は嬉しそうに口角を上げ、崖を通り過ぎた。
「そんなことして良かったのか?」と着地した雅稀は利哉を見上げると「だって、魔術を使うなっていうルールなかったからな。正当防衛と言うことで」と利哉は右手の親指を突き出した。
「本来なら、棒が数本飛んでくるように設計されていたと思うけど、こればかりは仕方ないね」
一翔は腕組みして軽く頷く。
「野外で戦闘しているシチュエーションだったら、剣で障害物を振り払ったりしているのかもな」
利哉は無事攻略した崖に左手をかざす。彼の手から波動系の攻撃魔術が今にも出そうだ。
「そのための障害物攻略学なんだな、きっと」
雅稀は立ち上がって両手についた砂を払った。
「タイムがかかっているし、ラストスパートを切り抜けよう! 五月雨の矢を乗り越えたから、これ以上の障害物はないよ」
一翔は順路に従って、再び森の中へ入った。
「どうなるかと思ったけど、多分一翔の言う通りだな」
雅稀は胸をなで下ろし、気持ちを切り替えて利哉と横に並んで森の中へ姿を消した。
跳んだり身を縮めたりして次々に現れる障害物を避けていくうちに、枝葉で隠れていたゴールが白い光と共に見え始めた。
「あとちょっと!」
雅稀のかけ声で、3人は一斉に跳躍した。足元には木の根が地面を突き破っていたが、その上を3人の足が軌道を描いた。
着地した時は、ゴールの線を越えていた。
タイムボードへ目をやると、32分28秒だった。
「はぁー、疲れたーっ!」
利哉はその場で腰を下ろし、両腕を伸ばした。
雅稀は浅く呼吸をしながら辺りを見渡す。スタート地点と同じ場所に戻ってきているのは、白い大学生協の建物からわかるが、利哉と一翔以外の学生は誰もいない。
雅稀は不思議に思って「あれ? 1番乗り?」と首を左右に振る。
すると、ゴール付近に立っている青色の薄縁眼鏡をかけた30代前半の男性教員が
「君たち、早かったね」
と雅稀たちに歩み寄る。
「早いかどうかはわかりませんけど」
利哉は腕を伸ばしたまま立ち上がる。
「でもね、例年なら大体この時間になると、続々と学生たちが帰ってきているはずなんだけどね」
先生はおかしいなと言わんばかりに顎に手を添える。
はっと雅稀は目を見開いて
「もしかして、崖から矢が出る装置のところで立ち往生しているんじゃないですか!?」
と1番ヒヤヒヤしたコースを思い起こす。
「あそこ、本物の矢が大量に放たれていたんです。しかも、僕たちの足元を狙っていたように地面に矢が刺さりました。間一髪でしたが、一歩踏み間違えていたら……」
一翔は言葉を濁した。幸い刺さらなかったが、もしあの時足に刺さったら怪我で済んでいたかもしれないが、頭蓋骨を貫通したら万事休すだった。
先生は急に青ざめて
「これはまずい……!」
と耳に着けている黒いインカムを手で押さえ、他の担当教員に崖のコースに向かうよう指示を送った。
「機器の不具合なんですか? そうだったとしても、ひどすぎると思います」
雅稀は無表情で先生に言ったが、怒っているのは声色を聞けばわかる。
「いつもの試験で使っているロボットや装置に年季が入っているのは事実だ。事前に確認していなかった教員側の落ち度だ……」
ごめんなさいと先生は頭を下げた。
「年季があるのなら、これを機に買い換えても良いかもですね」
一翔は両手を腰に当てると、そうねと先生は肯定した。
15分が経過すると、広場の森から600人弱の学生が一斉に出てきた。誰かがこけてしまうとドミノ倒しになるのではないかと思わせるくらい、人口密度が著しく高かった。
担当教員の6名は全員ゴールしたかを指さしで数えながら確認する。
「全員戻ったな。今回は使用すべき装置が誤っており、本物の矢が飛んでヒヤヒヤさせて申し訳なかった」
ゴール付近に立っていた男性教員とは別の先生が学生に対して詫びた。
装置の不具合ではなく取り違えとか、あってはならない重大なミスを教員たちは犯してしまった。
間違いなく、大学から処分が下されるだろう。
「これにて、障害物攻略学Aの試験を終了する。解散」
その先生が告げると、受講生は何も喋らずにこの場を後にした。
雅稀もその場を去ろうとした。
その時、ゴール地点で少し話した男性教員に声を掛けられた。
「君たちは本物の矢を攻略したから、他の学生より高めに点数をつけるよ」
小声でささやかれると「それはどうも」と雅稀は軽く会釈した。
素っ気ない返事をしてしまったが、期末試験で危険な目に遭わされた身からすると当然のことだと雅稀は思った。
雅稀は再び進行方向に顔を戻し、利哉と一翔と一緒に学生寮へ帰った。




