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佐渡島連続殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
34/35

33.犯人の自供

 翌日になってから、臼杵梢はなにもかも観念した様子で自供を始めた。それによれば、本間柊人と市橋斗馬を殺したのが若林航太で、計良美祢子を殺したのが臼杵だった。しかし、若林航太は逢引き中に突然倒れたということだった。

 本間柊人と若林航太とのあいだで何のやり取りがあったのかについて、臼杵は若林から直接話を聞いていたらしく、彼女の供述によれば、昨年の八月八日の宵の口、本間柊人が運転する車で弁護士事務所へやって来た若林は、そこで本間から、『奥さんから浮気調査の依頼を受けて、お前のことを調べさせてもらったが、お前が浮気をしている証拠はたしかにつかんだ。聞けば離婚訴訟の金銭問題でもめているそうだが、この証拠は奥さんにとって極めて有利な情報となることだろう。だが、ほかでもない、お前とは昔のよしみがある。情報を依頼主に告げてもいいのだが、お前は僕にどうして欲しいのか、まずは希望を聞いてやろうじゃないか』、と告げられたらしい。

 本間と若林は一時間ほど話をしていたが、最後は若林が逆上して本間を両手で突き飛ばしてしまったらしく、倒れた際にテーブルの角にぶつけた後頭部の打ちどころがよほど悪かったのか、本間はそのまま死んでしまった、ということだ。

 その後、放心状態となった若林は、しばらくして幾分か冷静さを取り戻すと、自分が窮地に立たされていることを理解した。本間からの申し出の意図はともかく、状況的には、本間から脅迫されて我を忘れた若林が、本間を殺してしまったことに違いはない。若林の逮捕は、ようやく経営が軌道に乗りかけた若林酒造の多くの従業員たちを路頭へ迷い込ませることにもつながる。酒造会社存続のためにも若林は、ここで自分が逮捕されるわけにはいかない、と考えた。

 そもそも、若林が本間の事務所へやって来たのも、浮気がバレていることは薄々気付いていたのだが、本間を説得して調査の隠蔽を頼むつもりだったのだ。

 自分が逮捕されないためには、何をすればよいのだろう。とにかく、事務所の中にある若林の痕跡をすべて消さなければならない。

 本間は自分の浮気調査をしている。まずはその証拠を持ち去る必要がある。若林はファイルケースから自分の調査内容が書かれたファイル15番を抜き出した。壁に張ってある月めくりカレンダーに、若林との面会の時刻のメモが記されていたので、それを残しておくわけにはいかなかったから、八月の紙面を破り取った。タブレットの中に記された内容を、自分に関係する箇所だけ消去することは、短時間では無理なので、タブレットごと持ち去ることにした。

 これで、表面上は自分の痕跡を事務所内から排除できているようには思われたが、若林にはまだ不安があった。警察が本気になって捜査をすれば、いずれ愛梨が本間へ浮気調査を依頼したことなど、バレてしまうことだろう。自分が本間殺しの容疑者になるのは、まさに時間の問題なのだ。その時に、警察を欺くために今すべきことはなんなのか……。

 本間柊人の後塵を常に拝していたとはいえ、落ちぶれていた酒造会社を見事に再建させた若林の頭脳が、常人離れをしていたのは間違いない。その優秀な頭脳が、我が身の安全を図るためにフル稼働をした。

 さらに、一時間に及ぶやり取りの中で若林は、市橋斗馬がかつて神楽澪と臼杵梢を手に掛けた極悪人であることを、本間から聞かされたらしい。にわかにこみ上げる市橋への憤懣。市橋に対する殺しても飽き足らない感情を抱いた若林が、最終的にたどり着いた結論は、本間殺しの自分へ降りかかる嫌疑をそらしながら、同時に、市橋を抹殺するという、とんでもない策略であった。

 いずれ市橋は殺害しなければならない。だとすれば、今回やってしまった本間の過失致死事件を、一連の連続殺人事件に発展させて、その中で自分の鉄壁なるアリバイを創作すれば良いのだ。そのためには、殺人をも実行してくれる共犯者が必要となる。そんな都合のいい共犯者の存在など、常識的には絶望的な要求に過ぎないのだが、今回はそれがいる。愛人である臼杵梢だ……。

 臼杵はかつて市橋から貞操を奪われている。そのことを告げれば、市橋への遺恨から、きっと協力してくれることだろうと、若林は踏んだ。そうなると、今回の本間の過失死は、極悪なる架空の殺人鬼による一連の殺人事件の発端だったことに、偽装をしなければならない。

 事務所の中をぐるりと見まわして、若林はそこで二つのアイテムを見つけた。一つは高い壁に掛かっていた鬼太鼓の面である。見るからに恐怖を掻き立てる不気味な鬼の面。趣味だったのかどうかは分からないが、室内装飾のために本間が飾っておいた物品らしかった。これをかぶって、それぞれの殺人の現場に出没すれば、狂気の殺人鬼による無計画な連続殺人だと、誰しもが思うことであろう。

 もう一つのアイテムが、サイドボードに飾られてあった小学校の時のリコーダーだ。本間がこれを事務所へわざわざ飾っておいたのは、ほかでもない、川茂小学校での思い出が大きかったからであろう。そして、やがて殺さなければならない市橋も、川茂小学校の関係者である。川茂小学校という今は無き幻影を一連の事件でほのめかすことは、必然的に、若林や臼杵を窮地へ招くことにもなりかねないが、それを逆手に取って、今後の偽装アリバイ工作をうまくやり遂げれば、警察の追及を免れることができる。いわゆる、毒を食らわば皿まで、というやつである。

 これまでの人生のすべてを順風満帆に送ってきた若林は、基本的には試練に対して自信家であった。きっと偽装はうまく行くと、この時若林は確信をしていたのだ。

 最初に若林が取った行動は、本間柊人の遺体を弾崎灯台へ移動させることだった。弁護士事務所で行われた殺人を、警察が最後まで気付かないでいてくれるかどうかについては、核心が持てなかったが、それでも現場を別な場所に偽装することは、捜査をかく乱することで時間稼ぎも出来そうだし、やってみる価値は十分にあると思った。

 弾崎灯台に遺体を遺棄したのち、都合の良い目撃者がいないかとうろついていたら、たまたま向こうから歩いてくる高橋に気付き、若林は用意していた鬼の面をかぶり、高橋のそばを、高橋には気付いていないふりを装いながら、さりげなく通り過ぎた。

 しかし、若林の計略はこれで終わりではなかった。今後少なくとも二つの殺人を犯さなければならない。一つは若林のアリバイを偽装するために共犯者に行わせる殺人。そして、もう一つは共犯者のアリバイを偽装しつつ、殺しても飽き足らない市橋の息の根を止めるための殺人だ。

 本間の殺害から少し経った臼杵との逢引き時に、臼杵は若林から、過失とはいえ本間柊人を殺めてしまったことと、臼杵が中学一年の時に襲われた強姦魔の正体が市橋斗馬であり、さらには、それを本間柊人から知らされていたことも、一方的に告げられたのだった。

 たしかに、臼杵は中学一年の時に、家の近くにある『カーブ坂の小径』で、ストッキングで顔を隠した暴漢に襲われ、そのショックが原因で中学へ通うことができなくなったのだ。

 驚きを隠せない臼杵に向かって、若林は市橋への復讐を共に遂げようと、臼杵に詰め寄った。混乱を来していた臼杵は、若林のたくみな説得に流されて、若林に協力することを承諾してしまった。

 それから、若林から指示されたことは、計良美祢子の殺害だった。若林のアリバイを作るために、誰かを殺してもらわなければならない。もちろん、臼杵は殺人を犯すことをはじめは拒否したのだが、当時の市橋の不埒な行為を、上司である計良美祢子は認識していたにもかかわらず、みずからの管理能力の責任も問われ兼ねないこの一大不祥事を、計良は意図的に隠蔽したのだと、若林から耳元でささやかれて、臼杵は計良美祢子への殺意を抱いたらしい。しかも、若林はセックスが上手で、まるで催眠術にかけられたかのように、臼杵は、しだいに若林のいうことに疑問を抱かなくなってしまったそうである。

 十月十二日は土曜日で、臼杵は郵便局での仕事がなかった。午後に計良の家を訪れた臼杵は、計良が運転する車に乗って、国中平野の喫茶店で話をしながら一時を過ごし、夕陽を見に行こうと、沢崎鼻灯台へさりげなく計良を誘導した。同時に十月十二日は、若林が新潟市で同級生との飲み会の約束があった日でもあり、アリバイ工作にはうってつけの日でもあったから、計良殺しがその日に選ばれたのである。

 計良の車に乗せられていた臼杵は、リュックサックを背負っていて、中には鬼の面と新品で用意したリコーダーをしのばせていた。いずれも、若林からの指示であった。

 断崖へ誘い出した何の疑いも持たない計良を突き落すことは、臼杵にとって造作もないことであった。

 あとは計画通り、臼杵は、断崖にリコーダーを置くと、鬼の面をかぶり、適当に通りすがった人物に自分の姿を見せて、一連の連続殺人事件を執行する凶器の殺人鬼の演出を企てた。

 そして、第三の事件。今度は、市橋斗馬を殺すのと同時に、臼杵のアリバイを作るための殺人だ。事前に殺害時刻を知らされていた臼杵が、喫茶マジョルカへ出向き、さりげなく談笑を交わしながらアリバイを作る。一方で若林は、青年会の打ち上げ会でぐでんぐでんに酔っぱらった市橋が、風に当たろうと公民館から外へ出た隙を見計らって、市橋に近寄り声を掛けた。

 市橋はむろん、若林のことを覚えていた。互いの関係がうまく行っていたのかどうかはともかく、最初に勤務した小学校の教え子だ。それに、市橋は人間関係のこじれにはかなり疎い一面もあり、若林から声を掛けられて、懐かしい話でおだてられているうちに、すっかり若林を信頼して、ちょっと散歩して話をしましょうとの提案にも、あっさりと承諾して、のこのこと若林に付いてきたそうだ。

 こうなれば、事はすんなりと進行する。若林も市橋に負けない体力の持ち主だし、市橋は酔っ払って足元もふらついている有り様だ。

 若林は姫崎灯台まで市橋を連れ出して、そこで隠し持っていたスタンガンを使用して、市橋を抵抗できなくし、適当な目撃者が灯台へ現れるのを待っていた。さいわい、二十分も経たないうちに、学生四人組が現れたので、若林はわざと目立つように舞を演じて、学生たちの目の前で市橋の殺害を威風堂々と実行したのだ。

 この時若林は、もし目撃者が現れなかったら、姫崎灯台で市橋を殺したのち、弾崎灯台の手口と同じように、鬼の面をかぶって県道でひともんちゃく起こして、目撃者を作っておいてから、現場から逃走する予定だったらしい。そのあとで、姫崎灯台で市橋の遺体を警察が見つければ、殺害時刻は、青年会で市橋が目撃されてから、鬼の面をかぶった不審者の姿が目撃された時刻とのあいだである、と推測されるだろうから、いずれにせよ、臼杵のアリバイは保障されるという見積もりであったが、運よく四人の学生たちがやって来たので、その心配も必要なくなったというわけだ。

 しかし、臼杵の供述によれば、若林の頭の中での計画では、殺人劇をこれで終えるつもりははなからなかったみたいで、このあと若林は臼杵の集落へ出向いて、鬼の面をかぶって、ちょっとした演出パフォーマンスを行っている。もちろん、それを実行することについては、臼杵へ事前の連絡もされていた。

『村人を殺すような野暮なことはしないよ。ただ、ちょっと鬼の面をかぶってご挨拶するだけさ』と、若林は笑いながら、その計画を臼杵に告げたそうだ。しかし、臼杵はあとで知ったことだが、警察が計良殺害の時の若林の鉄壁のアリバイを疑問視しているらしく、若林はアリバイが警察の用意する何らかのこじ付けによって崩されてしまうことを、かなり怖れていたみたいだ。

 そして、第四の事件が勃発した。四月三十日の夜、臼杵は、若林が運転する車に乗せられて、逢引きをするためにかくれんぼクラブへやって来た。しかし情交をしている最中に、若林から第四の殺人の依頼を唐突に受けたという。

 若林がいうには、第二の事件でアリバイを工作したが、警察の追求が想定していたよりも厳しく、今一度、安心ができるアリバイを偽装しておきたい。そのためにもう一人殺してくれという、とんでもなく身勝手で理不尽な要求だった。

 しかも、この時、若林はうっかり口を滑らせて、計良美祢子がかつての市橋の不祥事をもみ消したという事実は、若林の創作したでっち上げであったことまで、臼杵へ告げてしまったのだ。

『あれは嘘さ。お前に協力してもらうためのな……』そういって、若林はにやりと笑った。『でも、七十過ぎの婆さんだから、たとえこっちから殺さなくたって、すぐにお迎えが来ていたことだろうよ。そんなちっぽけなことで、いつまでもくよくよするな。あれはどうにも仕方のないことだったのさ。

 それより、ここまで来たら、お前も俺と同じ穴のむじなだ。まあ、運命共同体ってやつだな。なあ、梢……。頼むから、俺のためにもう一肌脱いでくれ。

 川茂小学校の関係者の金子亨か本間桃佳のどちらかを、梢が殺してくれれば、それでいい。それだけのことで、なにもかもすべてがうまく収まるんだ。

 殺害現場は台ヶ鼻灯台にして、一連の連続殺人鬼の犯行としてしまおう。そのあいだに、俺は以前よりもより堅固なアリバイを工作しておくことにする……』

 もちろん、臼杵は第四の殺人の実行を拒否した。しかし若林は必要に迫ってくる。とても受け入れられる計画ではなかったが、若林のたくみな性交テクニックで、臼杵はしだいに頭の中を真っ白にされていった。

 それでも、ベッドな中でふと我を取り戻した臼杵は、いやっ、と一声張り上げて、自分の上へ乗りかかっていた若林の身体を、両手で強く突き飛ばした。突き飛ばされた若林は、そのまま後頭部を壁にぶつけたみたいで、一瞬戸惑う様子を見せたものの、すぐにまた不敵な笑みを浮かべて、起き上がろうとしたのだが、その瞬間に、急に顔面が苦痛に歪み、そのまま意識を失ったそうだ。

 検死の結果、若林はくも膜下出血を発症しており、どうやら臼杵の供述を信じれば、この時点でくも膜下出血を引き起こしたのであろう。裸のままで動かなくなった若林を見て、臼杵はようやく正気を取り戻した。すぐに助けを呼ぼうと思ったが、やましい逢引きの最中とのこともあって、それができなかった。

 この時、すでに若林の脈は止まっていたらしく、臼杵は助けを求めることを諦めて、遺体を遺棄する方法を考えた。

 ラブホテルから若林の車を利用して遺体を運び出すことはなんとかできそうだった。車のキーは若林のポケットに入っていたし、臼杵は車の運転ができた。しかし、衣類などの証拠物を残しておくわけにはいかないので、いっしょにホテルの部屋から持ち去った。

 第四の殺人は台ヶ鼻灯台で行え、という若林の言葉が、ふと臼杵の脳裏に浮かび、遺体を台ヶ鼻灯台へ移動させることを、彼女は思い付いたという。実は、ベッドの上でその無謀な指示をされた際に、臼杵は若林から新品のリコーダーも手渡されていたのだった。

 しかし、県道で車から降ろした重たい遺体を、灯台の下まで運ぶことはどうしてもできず、仕方がないから、若林にリコーダーだけを握らせて、県道から入ってすぐのところで遺体を放置したのだが、遺体が素っ裸でいることがあまりに可愛そうになり、簡単に装着ができるパンツだけを履かせて、そうそうに現場から立ち去った。

 しかし、車と衣類はいずれにせよどこかへ処分しなければならず、やむなく若林の住居までやって来て、車を停車させ、若林のポケットに入っていた鍵を使って住居へ進入し、衣類は洗濯籠の中に放り込んで、住居と車の鍵をサイドボードの上へ置いてから、住居をあとにしたのだが、出る際に住居の鍵を掛けることはできなかったので、結果的に、硝子戸の鍵が開いたままになってしまった、ということだった。

 それから鬼の面であるが、若林は四月三十日の逢引きの最中に、第四の殺人を臼杵に承諾させる自信がよほどあったのか、ホテルの一室まで、第四の殺人で使うアイテムとなるべく、鬼の面と新品のリコーダーを持参していたそうで、まさか自分が、そこでくも膜下出血を発症して無残な最期を遂げてしまうなどとは、夢にも思わなかったことであろう。

 若林が死んだあと、臼杵にとって、鬼の面とリコーダーも、衣類と同じく、始末しなければならない厄介なアイテムとなったわけだが、リコーダーは指紋が付かないように注意を払いながら台ヶ鼻灯台の遺棄現場に置いておけばよかった。しかし、鬼の面は遺棄現場へ放置するよりも、どこか絶対に見つからないところへ捨てる方が良かれと思い、一旦は車で持ち去ったのだが、若林の住居に置いておくわけにはいかず、最終的には帰路の途中となった山道で、まさか見つかることもなかろうと安易に考えて、捨ててしまったそうである。

 臼杵の供述を信じれば、現在彼女が身ごもっているのは若林の子供であり、一月前の逢引きの時に種付けをされてしまったらしい、とのことだった。

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