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佐渡島連続殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
31/35

30.赤玉集落の凶事

 青少年に関する犯罪やいじめ相談などを主に取り扱う少年課であるが、佐渡警察署では生活安全課という名前の部署に所属している。烏丸巡査部長を伴って、如月恭助が生活安全課までやって来ると、若くて背の高い婦警が現れて、二人に応対した。

「如月さまからご依頼された件ですが、二〇一三年の五月に、当時、前浜中学校の一年生だった少女に対して、強制性交等罪の事件が起きています。いわゆる、強姦事件と呼ばれるものです。

 残念ながら、加害者はまだ捕まってはおりません。それ以外の佐渡で起こった未成年者に対する強制性交等罪の事件となると、ここ十年間を調べましたが記録はなにもございませんでした。なお、この事件の被害者ですが、今は赤玉あかだま集落に住んでいるはずです」

「そうかい。ありがとう」

 右手をかかげて、恭助がやんわりと礼を告げる。

「恭助さん。二〇一三年というと、七年も前になりますけど、そんな昔に起こった事件を調べて、何か意味があるのですか」

「うん、まだ分からないけどさ、善は急げというし、とにかく、その被害者に会ってみようよ」

 心配そうな烏丸の問いかけにも、恭助はふんわりとはぐらかした。


 赤玉集落は、小田心愛の実家があった月布施つきぶせ集落のすぐ隣に位置し、学区としては市橋斗馬が勤務していた前浜小学校区に属している。恭助の提案で、二〇一三年の事件の被害者に面会に行くこととなった道中、パトカーを運転していた烏丸は、後部座席に座っている恭助を、四六時中ミラー越しに睨み続けていた。

「恭助さん、もう限界です。確かにいくらかヒントはうかがいましたよ。でも、いざ犯人の人物像となると、いまだ私にはその片鱗すら見えてはいないのですからね」

 烏丸の熱い視線に全く気付いていない恭助は、のんびりと窓の外に流れる風景を眺めていた。

「そいつはしょうがないよ。だってさ、今回の事件なんだけど、複雑過ぎちゃって、四つの事件をいっぺんに解明しようとすれば、いつもどっかで行き詰っちゃうんだよねえ。あははっ、いやあ、ほんとにまいったよ」

 恭助がおもむろにぼやき出した。それはまるでみずからにいい聞かせているような口調だった。「だから、四つのうち一番簡単な事件から、手始めに片付けていきたいんだけど、そうなると、どの事件が一番簡単なんだろうね……」

 烏丸の戸惑う姿を目の当たりにして、恭助は楽しそうに続ける。

「まず出だしの事件だけどさあ、犯人はいくつかの手掛かりを残している。

 たとえば、犯行後すぐに現場から逃げ出さずに、本間柊人のタブレットや、ナンバー7とナンバー15が振られた二つの極秘ファイルを、手間を掛けながら盗み出しているんだ。

 なぜ犯人はファイルを盗み出したのか。それは、そのファイルを残しておくと、犯人にとって都合が悪かったからだ。いい換えれば、盗まれたファイルの内容さえ分かれば、犯人像を探るための重要な手掛かりとなるってことだよね。

 ところで、盗まれたファイルのうち、ナンバー15の内容は分かっている。若林航太の浮気調査だ」

 すかさず、烏丸が訊ねる。「なぜ、そう断言できるのですか」

「それはね、妻の愛梨が本間柊人へ浮気調査を依頼していたからさ。

 本間柊人は調査内容を必ずファイルにして整理をしていた。ところが、事務所に残されていたファイルの中に若林航太の浮気調査はなかったよね。つまり、ファイル7かファイル15のどちらかが浮気調査のファイルでなければならないことになる。

 そして、時期を考慮すれば、新しいファイルのナンバー15こそが若林航太の浮気調査ファイルだったと推定できる。

 ところで、若林航太の浮気調査ファイルを盗み出したがる人物って、いったいどんなやつだろうね」

「若林愛梨ですか……?」運転席の烏丸がつぶやいた。

「そいつはないだろう。だって、パトロンである愛梨は、雇い人である本間柊人からの報告を待っていればいい身分だからね。わざわざ事務所へ忍び込んで、犯罪まがいの危険リスクを冒す必要なんてないはずだ」

「ならば、仮に若林航太が実際に浮気をしていたとして、その愛人でしたら、浮気調査のファイルが欲しくはなりませんかね」

 助手席で黙っていた鴇松が、こらえ切れずに、口をはさんだ。

「うーん、そいつはワンチャンあるかもしれないなあ。でも、若林の愛人がどうして本間柊人の事務所なんか訪れたんだい」

「もしかしたら、本間柊人が愛人を脅迫していたのかもしれません。だから、愛人を事務所へ呼びよせていた」

「若林航太の浮気をネタに愛人を脅迫できたかどうかは、大いに疑問だね。妻の愛梨にとっては、莫大な資産を産み出す金の卵であっても、いつ捨てられてもおかしくない愛人にしてみれば、浮気を暴露するぞ、と脅されたところで、痛くもかゆくもないのだからね」

 恭助があっさりと否定した。

「そうなるとどう考えても、本間柊人が脅迫できる相手ターゲットは、若林航太本人しかあり得ません。しかるに、本間柊人殺害事件の犯人は、やはり若林航太が本命となるわけですが、いかんせん、彼自身が第四の事件で殺されてしまっています……」

 愚痴るように鴇松がつぶやいた。

「まあ、これに関する疑問は、もう少し先まで保留しておこうか」

 悩んでいる二人を横目に、恭助は論点を切り替えた。

「次は計良美祢子殺害事件だ。第二の事件から見いだされる犯人像は、美祢子を深夜に寂しい沢崎鼻灯台まで連れ出せるほどの、美祢子とそれなりに親しい人物であったはずだ。でも、それ以外に明確な手掛かりもなく、この事件に関する犯人像は極めてあいまいだね」

「犯人と計良美祢子が、深夜に沢崎鼻灯台まで移動するとすれば、手段は車しかありません。そして、現場に車がなかったということは、犯人がその車に乗って現場から立ち去ったことを意味します」

 鴇松が要点を付け足す。

「そうだね。そこはトッキーのいう通りだよ。

 じゃあ、次は第三の事件だ。市橋斗馬殺害事件に至って、いよいよ、犯人像が少しずつ垣間見えてくる。いくら相手が酔っ払いだったとはいえ、体力自慢の市橋とどうどうと格闘をやり合えた人物だ」

「だとすれば、犯人は男性であることになりますが……」

 烏丸が同意を求めたが、恭助はそれには応じなかった。

「そして第四の事件、若林航太殺害事件に至って、ようやく犯人を追い詰める手掛かりが出てきた。

 まずは第一の手掛かり。この事件では鬼が登場しなかったにもかかわらず、事件後に犯人は鬼の面を廃棄している。それまで大切に保管してきたアイテムを、なぜこのタイミングで捨てたんだろう?」

「それは、鬼の面に必要性がなくなったということですね」

 烏丸が即答する。

「じゃあ、なぜ必要性がなくなったんだい」

「つまり……、これで一連の犯行がすべて完了したということじゃないですか」

 しっくり行かない表情で、烏丸が返した。

「だろうね。若林航太の殺害をもって、残忍極まる連続殺人を繰り広げてきた犯人の最終的な目的が成就された、ということだろう。だから、鬼の面が廃棄された……」

「たしかにそれで辻褄は合いますが……」

「そして第二の手掛かりだ。犯人は、殺害した若林の衣服を脱がせた。なぜだろう?」

 鴇松も烏丸も無言だった。

「今回の事件でもっとも不可解な謎がこいつだ。でも、見方を変えれば、こいつがきちんと解明できた瞬間に、深い霧の中に隠れ潜む犯人像が、きっと浮かび上がってくるはずなんだけどねえ」

 最後は言葉尻を吐き捨てるように、恭助がいい切った。


 七年前に起こった婦女暴行事件の被害者とされる少女の家を訪問した如月恭助と、鴇松、烏丸の三名は、少女の母親との面会を果たした。さすがに、被害者本人への直接のやり取りは勘弁してくださいと母親から嘆願され、それに配慮した形式で訊き込みは行われた。

「娘はいまだに心的外傷トラウマを抱えています。本当に忌まわしい事件ですわ。

 海沿いの赤玉中あかだまなかのバス停から家までの途中に、ちょっとひと気がない場所がありましてね。娘は中学からの帰り道に、そこで暴漢に襲われてしまったのです。

 相手は一人だったようですが、顔をストッキングで覆っていて、人相が全く分からなかったそうです。草むらへ無理やりに押し倒されて、下着を脱がされて、そのお、とても申しづらいことですが、貞操まで奪われてしまいました」

 そう告げて、母親は手にしたハンカチに顔をうずめた。

「犯人の特徴とかなにか、分かりませんかねえ」

「さあ。あたりは寂しいところで、日も暮れかかっていたので目撃者もおらず、娘はとにかく無我夢中で何も覚えておりません。ああ、でも、逃げる時に犯人が足を引きずっていたと、娘は申しておりました。

 残念ですが、当時の警察のお話しでは、手掛かりがあまりに乏しいとのことで、事件は迷宮入りとなってしまいました」

「それに納得できなかったあんたは、警察ではない組織に事件調査の依頼をした。違うかい?」

 おもむろに恭助が訊ねた。

「えっ、どうして分かるのですか。おっしゃる通りです。個人経営の弁護士の方でしたけど、探偵業もされているとうかがいまして」

「その事務所の名前は?」

「本間法律事務所です――」


 このあとの母親の証言によると、おととしの夏に弁護士本間柊人へ事件の調査依頼をしたそうである。当時の本間柊人は事務所を立ち上げたばかりで、いわば売り出し中であった。それゆえに、状況証拠の乏しい解決困難な事件であっても、積極的に引き受けていたようである。

 ところが、依頼を受けて三か月が経過したところで、本間柊人から連絡があって、調査は完全に行き詰まった。それまでにかかった必要経費は請求するけど、それ以降は、事件解明の進展がない限り金銭を請求することはない、と通告されたそうだ。

 やはり、組織力を誇る警察でさえもさじを投げた迷宮入り難事件を、所詮は単独行動に過ぎない弁護士が軽々に解明できるはずもなく、一方で請求された代金は極めて良心的なものであったから、その点に関して不満はなかったものの、娘の無念が晴らせぬことに関しては、依然としてやり切れぬ思いで日々を過ごしていると、母親は嘆いていた。


 帰りのパトカーに乗り込むとすぐに、鴇松が恭助へ訊ねた。

「恭助さん。本間柊人の事務所から紛失したファイル7に記されていた事件とは、この婦女暴行事件でしょうか」

「そうだね。おそらく間違いはないだろう」

「だとすると、本間柊人を手に掛けた犯人にとって、赤玉集落で起こったこのちっぽけな事件が、大きな意味を持っていたことになってしまいますが……」

「そうだね。でもさあ、トッキーもいいかげん気付いてるんじゃないの」

 恭助がにやりと笑うと、鴇松もふっと含み笑いで返した。

「十七年前に川茂小学校で起きた神楽澪の自殺ですけど、彼女が自殺をした理由も、赤玉の少女のそれと同じだったのでしょうか」

 すかさず、鴇松が恭助へ問いかける。

「おそらくね」

「婦女暴行事件の加害者は、足を引きずっていたということでしたが……」

「本間柊人は、赤玉事件の犯人が足を引きずっていたことを知り、さらに、神楽澪の事件についてもなりゆきで知っていた。

 天下の神童、本間柊人の頭脳を持ってすれば、二つの事件をつなぐ加害者として、ある人物が浮かび上がってくる。ちょいと調べあげれば、その人物が足を怪我していることを突き止めるのなんて朝飯前だろうね」

「すると本間柊人は、赤玉事件の加害者が誰なのか目星を付けていたにもかかわらず、あえてそのことを依頼者には告げなかったことになってしまいますが……」

「そうなるね。もっとも、加害者が誰なのか確信があっても、逮捕に至るための証拠があるわけではなし。本間柊人の推理なんて、あくまでも一民間人の勝手な憶測に過ぎない。だから、確固たる証拠を見つけるまでは、依頼者へ報告を控えたのかもしれないね」

「となれば、四つの殺人を犯した犯人の真の目的は、神楽澪を自殺へ追い込んだ人物への復讐だったと?」

「うん、それもあると思う……」

「でも、復讐が目的でしたら、どうして本間柊人を真っ先に殺してしまったのですか。彼は犯人にとっては味方のはずでしょう?」

「たしかに、そうだね……」

「神楽澪に一番愛着を抱いていた人物といえば、小杉悠二となりますが……」

「うーん。真相はもう少し深い因縁に包まれている感じがするけどなあ。まあこれでファイル7に記された内容が解明されたわけで、これについては一件落着と……。

 あとは若林航太がなぜ裸にされたのか、だよね。さてさて、トッキーは答えを見つけられたのかい」

 恭助が鴇松へ目を向けた。

「いえ、それについてはまだ……」

「じゃあさ、これから確認しに行こうよ」

 恭助の口から飛び出したこの意表を突いた発言には、さすがに、鴇松も烏丸も開いた口が塞がらなかった。

「恭助さん、そんなことがた易くできるのですか」

「うーん、なんともいえないけど、ちょっとばかり宛てはあるんだよねえ。

 カラッチ、聞きたいんだけど、佐渡島の中にラブホテルって、どっかにないかなあ」

 運転をしていた烏丸がビクッと肩を震わせた。

「よりによって、ラブホテルですか……」

「うん、佐渡にだってあるでしょ。一つや二つくらいは……」

「ありますよ。宿泊客が夜の営みを勝手にするのを黙認している民宿でしたら、いくらかあるかもしれませんが、公認で行政から認められているラブホテルは、佐渡では一軒だけですね」

「それがある場所ってどこ?」

「国中平野です。大佐渡スカイラインを峠へ向かって少しばかり登ったところに『かくれんぼクラブ』というラブホテルが、一軒あります」

「国中平野か……。はははっ。いいぞ、思った通りだ!」

 後部座席の恭助が、足をがたがたと震わせながらガッツポーズを取っていた。

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