表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
佐渡島連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
30/35

29.読者への挑戦状

 経塚山の峠道で発見された鬼の面は、沢崎鼻灯台前の道路でカップルが乗った車のドライブレコーダーに映っていた鬼の面とそっくりだったし、姫崎灯台の事件で目撃者となった群馬大学の学生四人と、弾崎灯台に通ずる小径で深夜に鬼を見たという高橋健人にも、念のために確認を取ってみたところ、いずれも、事件で目撃された鬼の面であろう、との意見で一致した。特に、学生たちのリーダー格だった関口櫂は、この面で絶対に間違いはないと、自信に満ちあふれた表情で断定をした。


 鴇松、烏丸、恭助の三人が集まって、話し合いが行われていた。

「それにしても、よく鬼の面が見つかりましたね。まさに奇跡としかいいようがありません」

 鴇松が率直な感想を漏らした。

「鬼の面が捨てられていたのは、県道81号線。通称、佐渡縦貫線と呼ばれている。でも、その道路は、名前こそ立派だが、現実は、車で通行すると狭くて神経をすり減らすような酷道に過ぎない。国中平野と小佐渡をつなぐ道路だったら、ちょっと遠回りになるけど、並行して走る新道の県道65号線を走るのが自然なのに、なぜ、犯人は県道81号線に鬼の面を捨てたのだろう……」

 昼間のあいだに鬼の面が見つかった現場へ連れて行ってもらった恭助が、ぼやくようにつぶやいた。

「それは、なによりも人目に触れないことを優先したのではないでしょうかね」

 鴇松の答えに、恭助は、「そうだね」とだけ答えた。

「こほん。ここへ来て犯人は、どうして、商売道具である鬼の面を捨ててしまったのでしょうかね」

 咳払いをしながら、烏丸が疑問をぶちまけた。

「おそらく、鬼の面はもう必要なくなったということじゃないかな」

 恭助がすかさず答える。

「ということは、恭助さん。もうこれで殺人は起こらないと……」

 鴇松が訊き返す。

「ああ、たぶんね……。この四つの殺人で、犯人は目的を達成できたんじゃないのかなあ」

 恭助が返すが、あまり自信がなさそうな口ぶりだった。

「鬼の面がなくたって、犯行は続けられますよね。本当にこれで殺人劇が終わったと断定して大丈夫なのですか」

 烏丸が身を乗り出した。

「うーん、だってさあ。佐渡に島の端っこを象徴するランドマーク的灯台は、もうないじゃない。もしもさ、佐渡島のど真ん中にさらに灯台がもう一つあったら、そこで第五の殺人が行われるかもしれないけどね。あいにく、灯台ってのは山の中にはないんだよねえ」

 恭助が茶化した。

「しかし灯台なら、佐渡にはまだあります。尖閣湾にある佐渡大﨑灯台とか、松ヶ崎にある鴻ノ瀬鼻灯台とか」

 烏丸が真面目顔で突っかかった。

「ええっ、そうなの。やばいな、まだ二回あるかもしれないね」

 あまり真剣そうでない表情で、恭助が笑い飛ばした。

「恭助さんのおっしゃるとおり、犯人の目的が達成されて、連続殺人はこれで終わったといたしまして、いったい犯人の動機は何だったのですか。本間柊人、計良美祢子、市橋斗馬、若林航太、の四人の被害者はなぜ殺されなければならなかったのでしょうか」

 鴇松が嘆くようにつぶやいた。

「そうですよ。なぜ四人は殺されたのか。なぜ、川茂小学校の関係者だけが狙われて、殺されてしまったのか。もしこれで殺人がストップするというのなら、なぜ、臼杵梢、金子亨、本間桃佳は殺されなかったのか。恭助さんはいったいどう思われているのですか」

 烏丸も必要に迫ってきた。

「そうだね。トッキーとカラッチのいうとおりだよ。この事件の犯人を突き止めるためには、犯行動機から探るしか手立てはないんだ。なぜ犯人はこの四人を手に掛けたのか……」

 恭助が投げ捨てるように答えた。

「ということは、恭助さんにも、まだ犯人像が見えていないと?」

 鴇松が心配そうに訊ねた。

「ああ、そのとおりなんだ。まいったね。前にもいったけど、今回の犯人は知的障害者ではない。犯行は明らかに理詰めで行われている。つまり、犯人にはそれぞれの殺しに関して明確な動機があったはずなんだ。でもさ、四つの事件をつなぐ動機が、全く分からないんだよなあ。まさにお手上げ状態だね」

 恭助が両手をあげて、ホールドアップの姿勢を取った。

「犯行が行われた順番に何らかの意味はないのでしょうかね。まず本間柊人が殺されて、次に計良美祢子が殺された。たとえば、本間柊人が殺されたことがきっかけとなって、計良美祢子は殺されてしまったとか……」

 議論の硬直状態をなんとか解消しようと、烏丸が単なる思い付きを唱えた。

「いや、それはないよ。だってさ、犯人は本間柊人を殺した時から四つの殺人を計画していたんだから。でなければ、本間柊人の遺体を弾崎灯台まで移動させた理由がなくなってしまう。四つの殺人の被害者は、本間柊人が殺された時にすでに確定していたと解釈しなければ、辻褄つじつまが合わないんだよ……」

 恭助が即座に反論したが、そのあと、思案に暮れて、むっつりと黙り込んでしまった。烏丸も鴇松も何もいうことができずに、三人のあいだでしばらく沈黙が続いた。

「そうか……、順番だ!

 殺人劇の順番こそが、この事件を解決するための重要な鍵だったんだよ!」

 突然、恭助が大きな声を張り上げたかと思うと、くすくすと笑い出した。

「恭助さん、どうかなされたのですか」

「うん、ようやく分かったよ……。なぜ犯人が四つの犯行をこの順番で選んだのか。そして、その理由を理解すれば、おのずと一人の人物が真犯人として浮かび上がってくる。

 ああ、どうして今まで気付かなかったんだろう。ありがとう、カラッチ。おかげで助かったよ」

 興奮気味の恭助が、嬉しそうに烏丸へピースサインを出した。

「ということは、恭助さんの脳裏には、今回の事件の全貌が見え始めたと……」

 鴇松が期待をするような目を、恭助へ向けた。

「ああ、たぶんね。ただ、そうなると、善は急げだな。ちょっと行ってくるよ」

「どちらへ行かれるのですか」

「佐渡警察の少年課さ。ちょいと調べてもらっていることがあるんだよね」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、恭助さん。せめて、何かヒントくらいはくださいよ。恭助さんが今頭の中で推理されていたことを、我々だって、ぜひ知りたいのですから」

 烏丸が我慢できずにうったえた。

「うーん、そうだなあ。

 例えばさ、本間柊人の事務所から盗まれた丸秘ファイルのうち、ファイル15の内容は間違いなく若林航太の浮気調査に関してだろうね。じゃあ、もう一つの盗まれたファイル7には、いったい何が書かれてあったのかな」

 恭助の問いかけに、烏丸はキョトンとしている。さらに恭助が続けた。

「他にもあるぜ。犯人はなぜ、わざわざ手間暇を掛けて、殺害した若林航太の衣服を脱がせたんだい。

 そして極めつけは四つの事件が執行された順番だ。なぜ犯人は、この順番を選択したのだろうか。

 今回の事件は実に異常でね。想像するしかないんだ。たしかに手掛かりは色々と落ちている。そして、俺たちにできることは唯一つ。それらすべてを合理的に説明する解答を考えることなんだ。さすれば、霧の中に隠れている犯人の姿が、少しずつ見えてくる。事件は間もなく解決するはずだよ!」

 そういい残すと、恭助はエレベーターへ向かってすたすたと歩き始めた。


 落ちぶれ気味だった酒造会社をいっぱしに復活させた立役者、若林航太氏の謎めいた変死事件は、マスコミでも大々的に報道された。

 若き敏腕社長が佐渡島で変死を遂げる、時期経済界を担うニューホープのあっけない最期、どうなってしまうのか佐渡の酒造業界は、など、読者受けを狙った書きたい放題の記事が、ところかまわずで報道されていた。


 臼杵梢は、自分の部屋へ閉じこもって、考えていた。

 もうどうなってもいいんだ。本間柊人も若林航太もこの世にはいない。結局、私ってどっちの男の子が好きだったのだろう……。

 若林航太からは、これまでに二度告白されている。一度目は小学校四年生の時で、いってみれば、子供のじゃれごとみたいなものだった。もう一度は、中学一年になった時。真剣に付き合ってくれといわれたけど、私は答えを保留した。そして、その直後、私は中学校へ登校できなくなってしまったのだ。

 本間柊人からは告白を受けていないが、彼が私に関心を抱いていたことに疑いの余地はなかろう。だって、そうでなければ、卒業したら羽茂中に来ないか、なんて変ないい回しはしなかっただろう。

 今にしてみれば、ぜんぶが懐かしい思い出だ。それにしても私ったらいったいどうしてしまったのだろう。今までに感じたことがなかった身体の違和感を、この時の梢は感じ取っていた。


 金子亨は、面白くもないテレビを消すと、ごろりとあおむけに寝転がった。計良先生が手紙で書いていた『悪い子』とは、間違いなく自分のことだろう。自分はあの人が残したメッセージをろくに確認せずに捨ててしまった。どうしてあんな馬鹿なことをしたのだろう。こんなことになるのなら、いっそうのこと、あの手紙の中身を確認しておけばよかった。あの人が記した悪魔の名前を……。

 でも、どうして自分がしたことを計良先生が知っていたのだろうか。まさか、メッセージを川へ捨てた時、誰かがそれを見ていたとでもいうのか。もし、見られていたとするならば、その人物はいったい……。


 本間桃佳は、仕事をしている土産物売り場の店内をぐるりと見回した。年配の女性客が一人いるが、おそらく何も買わずに店を出ていくであろう。どう見ても、暇つぶしのために商品を見ているとしか思えない仕草だ。

 たまたまお酒の展示コーナーで目が止まる。若林酒造が誇る人気商品の吟醸酒がずらりと並んでいる。若林航太がすでに変死を遂げてこの世にいないことも、あれだけの報道がなされれば、いやがおうにも耳に入ってくる。呪われた川茂小学校。いったいどれだけの人が死ねば、事が落ち着くのだろうか。

 思えば、兄と一緒にいられた川茂小学校時代が、人生の中で一番楽しかった。そこには兄がいて、若林航太がいて、臼杵梢がいた。本当は、私は、みんなのことが大好きだった。どうして、どうして、こうなってしまったのだろう……。


 小杉悠二は、喫茶マジョルカで食器洗い機から取り出した茶碗を布で丁寧に拭っていた。大学を卒業していない社会人に対する差別や偏見は、依然として現代社会に居座っている。小杉はアルバイトの高校生、鈴木夏帆の顔を思い浮かべていた。夏帆ちゃん、君はハモ高出身者の希望の星なんだ。立派に大学へ進学して、将来は一人前の社会人となって、これからのハモ高生たちに、夢と希望を与えて欲しい。僕たちが決してできなかったことを……。

 不意に、思い浮かべていた夏帆の顔が、臼杵梢の顔へと切り替わる。そうだ。梢ちゃんだって、みんな、一生懸命に生きているじゃないか。自分も、これくらいのことで音を上げていてはいけない。

 あの時、ここで二人きりになれた時、梢ちゃんは次に殺されるのは私だ、といって震えていた。警察にはこのことは隠しておいたけれど、つい先日、若林航太が殺されてしまった。

 昨年、計良先生から受け取った、気味の悪い手紙。すべての諸悪の根源は、そこから始まっているというのだろうか。そもそも、計良先生に十七年前の事件の真相を解明することなどできたのか。いや、そんなはずはなかろう。ただ、それができる人物が、もしこの世の中にいるとすれば、それは本間柊人以外にはあり得ない。しかし、そうだとすれば、あの手紙を書いた人物は、本間柊人しかいないことになってしまう。まさか、あの天下の神童、本間柊人は、まだどこかで生きているとでもいうのか?




 以上で、佐渡島連続殺人事件の出題編を終了させていただきます。解決編に進む前に、如月恭助シリーズ恒例となっている『読者への挑戦状』を、ここで提供してみたいと思っています。

 ただ本作は、いわゆるエラリークイーンのミステリーのような、物的証拠をつなぎ合わせて論理的推理を行った帰着点として、唯一無二たる真相が用意されているわけでは、決してなく、登場人物のさりげない会話の中から、心理的ベクトルが共通して示す行き先に、おのずと真相が浮かび上がってくるような、謎解きミステリーである、ということです。

 ですから、推理自慢の方が、たとえ結果を外されたところで、所詮は出題設定が不十分であったからに過ぎない、ということになりましょうし、逆に普段は推理を外してばかりで犯人当てがどうも苦手だなあ、と思われている方には、今回の出題は格好のチャンスとなるのかもしれません。文章を読み進むうちに、なんとなく浮かび上がってくる邪悪の流れを、敏感に感じ取ってください。


 時は満ちました。それでは、挑戦をさせていただきます。

一、犠牲者を四人も生んだ世にも冷酷な連続殺人の真犯人は誰なのでしょうか。

 さらに、もう二つの問いに対する解答を、賢明なる読者に要求いたします。

二、盗まれた本間柊人のファイル7に書かれていた内容はなんだったのでしょうか。

三、若林航太はなぜ裸にされてしまったのでしょうか。その理由をお答えください。


 三つの質問の答えを考えてから、解答編へとお進みください。まだ答えが出せないというあなた。もう一度本編を読み返してみれば、それが分かるかもしれませんよ。焦ることなく、あたたかい紅茶でも飲みながら、あなた自身の推理を楽しんでください。

  Iris Gabe

 ここまでが出題編で、以後は解答編となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ