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佐渡島連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
27/35

26.如月恭助登場

 すっかり行き詰まってしまった鴇松は、藁にもすがるような気持ちで、かつての上司であった愛知県警の如月きさらぎ惣次郎そうじろう警部へメールを送っていた。別に、彼に佐渡島までやって来て、自分に変わって事件を解決してもらえないか、というわけではない。なにか方向転換できるきっかけとなりそうなアドバイスの一つでもいただけないか、というのが、鴇松がメールを送信した動機であった。


  如月惣次郎警部殿。

 新潟県警の鴇松はじめです。ご無沙汰をしております。佐渡島で起こった連続殺人事件ですが、捜査に行き詰まり、ほとほと参っております。実は、そのうちの一つの事件の第一発見者が、たまたま佐渡島を訪問されていた警部のご子息であられて、同時にあなたのことも思い出しました。このような苦境に立たされた時、警部なら何に気遣い、捜査をなされていたのか、ベテラン刑事のご意見をうかがいたく、このようなメールをしたためました。憐れなる子羊を助けると思って、アドバイスがいただけることを期待しております。

 それでは。

  新潟県警捜査一課警部補、鴇松一


 翌日になって、如月警部から返信が送られてきた。


  鴇松一警部補殿。

 お久しぶりで、とても懐かしく思いました。相変わらず精力的なご活躍をされているみたいですね。小生が力になれるなどとは、到底思えませんが、息子が事件に絡んだことも何かの縁と感じております。お役に立てるかどうかはともかく、息子をそちらへ差し向けますので、なんなりと警部補が思われた通りに、ご活用ください。

 本来なら、小生がそちらへ向かうべきかもしれませんが、なにぶん、こちらも小忙しい身分でありまして、どうにもそれができません。息子は学生で、警察関係者ではありませんが、どうやら洞察力に関しては天性の才徳があるみたいでして、これまでに数々の難事件で、貴重な意見を私に提供してくれました。きっと、状況を一変させる助太刀ができることと信じます。それでは。

  愛知県警捜査一課警部、如月惣次郎


 ベテラン警部から捜査術のアドバイスを求めたつもりだったが、愛知県からはるばるここまで息子が派遣されるとは。なんだか、変な流れになってしまったぞ。それにしても、たかが学生がひとりやって来たところで、そいつにいったい何ができるというのだろうか。まあ、そんなボヤキを入れても仕方がないとは分かっているのだが。


 四月二十九日の祝日は水曜日であった。鴇松警部補と烏丸巡査部長の二人が、両津港のジェットフォイル出口ターミナルで、三時五十七分の到着便を待っていた。向こうから乗客たちがぞろぞろとやってくる。この中に如月惣次郎警部のご子息である如月恭助君がいるはずだ。

 彼と烏丸巡査部長はすでに面識がある。というのも、計良美祢子殺害の遺体の第一発見者が、誰あろう、如月恭助であったのだ。烏丸巡査部長は、このおしゃべりな如月青年はちょっと苦手だなと、腹では思っていたのだが、口には出さなかった。

 明かに乗船客と思われる集団が通り過ぎたのに、如月青年の姿はなかった。もしかしたら、新潟港で何かトラブルが生じて、ジェットフォイルに乗れなかったのかな、と鴇松たちがあきらめかけた頃に、ターミナルの向こうから小さな人影が一人、こちらへ向かってゆっくり歩いてくる。如月恭助だ。

「ようこそ、佐渡島へ。新潟県警の鴇松一警部補です。そして、こちらが烏丸千陽巡査部長。

 巡査部長とは、昨年にすでにお会いになられていますよね。わざわざ愛知県から遠路はるばるご苦労さまです」

 型通りのあいさつで、鴇松が如月青年を穏やかに出迎えた。なんだかんだといって、所詮はまだ年齢も二十そこそこの非社会人。突然、刑事二人に出迎えらえて、委縮されてしまっても厄介だと気遣ったからだ。ところが、この如月恭助という男、鴇松が想像していたのとはかなりずれた人物であった。

「おお、あんたがトッキーだね。やっと会えたな。嬉しいよ。今日から一週間の付き合いとなるけど、よろぴくー」

「今日から一週間というと……?」

「ああ、一週間でゴールデンウィークが終わっちゃうからね。俺だって学生としての研究もあるから、結構忙しい身分なんだ。最近の親父って、俺の酷使が激しくってさ。まさに、馬車馬のごとしってやつだよ。いきなり、佐渡へ行ってこい、の鶴のひと声でさ。まあ、これが佐渡島じゃなくて佐久島だったら、いくら従順穏健な俺でも拒否権を発動しただろうけど、佐渡だからもう一度行ってみたいと思ってさ。それに、たまたまなんだけど、時期がばっちりゴールデンウィークじゃん。まさに天のお導きってやつ。まあこれも運命なのかなって、俺も観念して、旅行を承諾したんだよ。ああ、捜査の謝礼ってやつはいっさいいらないから安心してよ。親父から絶対にもらってはいけないと命令されているからね。そのかわり、俺が滞在する一週間のあいだ、寝場所と食事の保証はしてもらえるって聞いているけど、そいつは大丈夫なのかなあ」

「ええ、もちろん。恭助さんの寝場所とお食事は、こちらでご用意させていただきます」

 鴇松の返事を確認して、如月恭助はほっと安堵のため息を吐いていた。

「ああ、よかった。実はさ、俺、いま現金を三万円しか持っていないんだよね。宿は自分で探して来い、なんていわれた時には、あらどうしましょうと、ずっと船の中でくよくよと考え込んでいたんだよ。こう見えてもさ、俺って、案外小心者なんだよね」

 ようやく恭助の話が途切れたので、ここぞとばかりに鴇松が質問をした。

「ところで、お忙しいこととは思いますが、恭助さんがこちらへご滞在できる期間は一週間ですか」

「ああ、そうだよ」

 横から烏丸巡査部長が、我慢できずに口を挟む。

「でも、たったの一週間では、今回の事件の解決に至るにはほど遠いかと……」

 烏丸が愚痴をこぼしたのも無理はない。なにしろ、今回の事件は、本間柊人が殺されたのが去年の八月八日だったから、かれこれ一年近くも月日が経過しているのに、いまだ、犯人像さえも見えてはいない、超が付くほどの難事件なのだ。それを、今ここに来て、まだ事件の概要も知らされていない青二才が、一週間で事件を解決するつもりでいるのだから、さすがに呆れてしまい、声が出せなかった。

「大丈夫だって。まだ一週間もあるんだからさあ。こういう時にぴったりのたとえ話があるんだよ。砂漠を彷徨っている時に水筒の水が半分になってしまったら、水が半分しかなくなっちゃった、と悩むのではなく、水はまだ半分もあるぞ、って開き直ることが肝心だって、心理学の本に書いてあったんだ。だからさあ、大船に乗ったつもりで、みんなで仲良く協力して、頑張ろうねー」

「はははっ、まあとにかく、ここでは話もできませんから、本署へ参りましょう」

 作り笑顔を浮かべながらも、こいつは大変なことになってしまったぞ、と鴇松は薄々予感していた。


 午後七時から始まった捜査会議は、延々と深夜過ぎまで続いた。捜査会議といっても、鴇松と烏丸がこれまでの事件のいきさつを、如月恭助へ報告をするだけの単純な作業なのだが、恭助が時折投ずる鋭い質問に、鴇松らがあわてふためくうちに、時間が一気に過ぎ去ってしまったみたいであった。

「なるほどね。こいつはすごい事件だ」

 恭助が真っ先に感想をこぼした。

「それで、恭助さん、事件解決の目途は立ちましたでしょうか」

 烏丸があまり期待をしてなさそうな表情で、問いかけた。

「うーん、そうだなあ。カラッチは何か感じない。そのお、今回の事件と通常の事件との相違というか、違和感というかをさ」

 突然の突っ込みに、烏丸が一瞬たじろぐ。それにしても、呼び名が『カラッチ』とは……。俺の方が年上なんだぞ。

「そうですね。まあ、なんというか。何か因縁めいたものを感じますね。犯行動機は、ずっと昔の小学校時代にあるような印象を持っています」

 とりあえず、無難な解答をしておいた。さあ、恭助はいったいなんて返してくるのだろうか。

「そうだね。事件の根っこは十七年前に閉校された川茂小学校にある。うん。実に、深淵だ……。じゃあ、トッキーは?」

 ふられてくるのは予想できたので、鴇松は表情を変えずに答えた。

「私はこの事件の進行が非常に遅いのが気になります。最初の本間柊人の事件が去年の八月で、計良美祢子の事件は十月。そして、市橋斗馬の事件は今年の四月です。なんでこんなに長い時間がかかっているのでしょう。なにかの遺恨であればその相手は一気に片付けてしまう方が、犯人にとっては手間もかからないことでしょうにね」

「だとすると、まだ殺人が続くとして、今度の殺人は七月頃になっちゃうのかな。はははっ、やばいな。いくらなんでも、そこまでここに滞在することはできないからな」

 恭助がけらけらと笑った。

「恭助さん、まさか、さらに殺人劇が繰り返されるとでも……」

 烏丸が椅子から立ち上がって、恭助に食い下がった。

「うん。おそらくね。あと一人は殺されると、俺はなんとなく感じている。その根拠はここではいいたくないけどね」

 恭助が平然と答える。

「だとしたら、なんとしてでも、その殺人を未然に防がなければなりません」

 烏丸が興奮気味にうったえた。

「そうだね。そのためには、犯人の逮捕が一番有効なんだけど……」

 横から鴇松がぼそっと口をはさんだ。

「恭助さん。あと一回殺人が行われるとして、その被害者は誰になるとお考えですか」

 烏丸と鴇松の視線が、一気に恭助へ集中する。

「うん、もっともな質問だよね。でもさ、そいつばかりは俺にも分かってはいないんだ。いっちゃなんだけど、完膚なきまでの五里霧中状態。まいったね。でも、あと一人が殺された時、おそらくそいつが最後の犠牲者となるだろうけど、それで犯人像は浮かび上がって、事件は解決に至ると、俺は確信している。うん、そうでなければならないんだよ。

 それにさ、この事件の犯人は、決して白痴ではない。その理由は、要所要所で用意周到に物事を見据えて行動しているからだ。本間柊人、計良美祢子、市橋斗馬――。なぜこの三人は殺されてしまったのか。それに関して、犯人ははっきりとした動機を持っているはずだ。なぜ、殺人が灯台を舞台に行われているのか。犯人にはそうしたい理由があるからだ。なぜ、現場にリコーダーがわざわざ置いてあったのか。それももちろん、犯人がそうしたかったからだ。これらの不審な点は、最終的にすべてが合理的に説明され尽くすと、俺は信じている」

 恭助の意味不明なつぶやきに、鴇松と烏丸はキョトンとしていた。

「ところで、恭助さん。明日からの訊き込み捜査ですが、どうしましょうか」

 鴇松がタイミングを見計らって、訊ねた。

「そうだね、まず当たってみたい人物が二人いる。そいつらに会ってみようよ。じゃあ、おやすみー」

 あくびをしながら、恭助が休憩室にある割り当てられたベッドへ向かって消えていった。烏丸が、テーブルの上に残された会議中に恭助が一生懸命書いていたA4版の大学ノートを、こっそり開いてみた。どうやら、この事件のために新調されたものらしく、なにやら説明されたことの詳細がまとめてあるらしいのだが、文字よりもふざけた漫画のような絵が多く描き込まれていて、いったい何が記されているのか、いくら眺めたところで烏丸には内容がよく分からなかった。


 翌朝、鴇松と烏丸は恭助の申し出に従って、松ヶ崎へやって来た。恭助が当たってみたい人物の一人目は、どうやら金子亨だったようだ。家を訪ねると、金子は中で横になってテレビを観ていた。

「ああ、刑事さん。いらっしゃい。今日はなんのご用っすか」

 なんともとぼけた言葉で、金子が鴇松らを迎え入れた。金子亨は、今日が非番だったみたいで、自宅でのんびりとしていたとのことだった。しばらく、話のやり取りを交わしたのちに、恭助がさりげなく提案した。

「ところでさあ、船に乗せてもらえないかなあ。俺、小型船に乗ったことがないんだよね。今日は非番なんでしょう? ねえ、ちょっとだけ、いいじゃん」

 船を出せといわれても、燃費もかさむことだし、金子は嫌そうな顔をしたのだが、いかんせん、相手は警察関係者である。断ることもできずに、金子は恭助たちを連れて家を出た。

 金子亨の小型船が松ヶ崎港を出た。乗っているのは、船を操縦する金子と、鴇松と恭助の三人である。烏丸は船酔いをするのでと言い訳をして、乗船を辞退した。船は三十分ほどで沖合にやってきた。

「ひゃあ、ここからだと本土が良く見えるねえ。ねえ、あの山が有名な越後富士ってやつかなあ」

 恭助が対岸に見えている山を指差した。

「あれは弥彦山ですね。ロープウェイもあって、手軽に登れる人気の山ですよ」

 鴇松が説明した。

「ああ、そうなんだ。ところでさ、ちょっと気持ち悪くなってきたんだけど、もうそろそろ限界かな。おーい、金子ちゃん。もういいから、引き返そうよ。ああ、お願いだから、あんまり乱暴に運転しないでね」

 金子は口を膨らませながら、船を旋回させた。ぐんぐんと佐渡島が近づいて来る。陸地に着いた時、恭助はふらふら状態だった。

「おい、あんた、大丈夫か?」

 金子が心配そうな顔をして尋ねた。

「ああ、大丈夫。ところでさ、あの立派な船ってあんたの所有物なの?」

「いんや、俺んじゃねえ。あれは玄爺の船だ。だけどさ、玄爺は年やし、腰も曲がっちまって、船の操縦ができんくなってな。今は俺がこの船を自由勝手に使っとるっちゃ」

「じゃあ、燃料のガソリン代も、あんたが支払っているのかい」

「ガソリンじゃのうて、重油っちゃ。ああ、俺が払っとる。さすがに、船は借りても、使用代金は自分で支払わにゃならんでな」

 金子亨がしずかに答えた。

「ふーん。でも、あんた、自由に使える立派な船は持っているのに、車は持っていないんだね」

 恭助が必要にしつこく食い下がるから、金子はちょっとムッとしたようだ。

「俺は車を持っとるっちゃ。漁で稼いだ金で、昨年に軽トラをうたのさ。だけどさ、恥ずかしい話だけんど、おとといにちょこっとぶつけちまってな。今は修理に出しとるから、ここに車はないのさ」

 金子の返事を確認すると、恭助は満足そうにその場をあとにした。


「恭助さん、次は誰に会いに行くのですか」

 鴇松の質問に恭助が返したのは、意外な人物であった。

「次は、角田つのだ蒼汰そうただ。群馬大学の学生のね」

「たしかあの学生たちのリーダー格は、関口という名前でしたけど」

「そうだね。でも、関口の証言には誇張癖が見られる。それに対して、角田の証言は、細部まで出来事を記憶しているし、正確な証言に思われる。俺は角田に直接訊いてみたいのさ」


 群馬大学のキャンパスへやって来た鴇松警部補と如月恭助の二人は、角田蒼汰を探した。彼は情報学部の建物にいた。早朝五時半発のジェットフォイルに乗り込んだので、時刻はまだ正午になっていなかった。

「わざわざここまでいらっしゃったのですね。ご苦労様です。でも、僕はしゃべるべきことは全部しゃべりましたけどね」

 角田蒼汰は、突然の二人の訪問に、目を丸くしながら答えた。

「もう一度、あなたから事件の様子を伺いたいと思いましてね。ここにいるのは警察から依頼を受けて捜査に協力してくださる如月さんです。では、如月さん、質問をお願いします」

「それじゃあ、さっそく。俺もあんたと同じ学生なんだ。如月って呼んでくれ。

 姫崎であんたたち学生四人組は、灯台の上にいる犯人と被害者を目撃している。今から俺がその犯人役を、トッキーが被害者役を演じるから、あんたが見た光景と何か違っていたら、そいつを指摘してくれ」

 なるほど、現場の再現をしたかったのか。鴇松は恭助の狙いにようやく気が付いた。

「まずあんたたち学生連中は、県道の方から姫崎灯台へやってきた。その時のあんたが居た場所がそこだとして、鬼の面をかぶった犯人と被害者は灯台の手すりの上にいた。

 最初は後ろから犯人が被害者を羽交い絞めにしていて、その後で被害者の身体を手すりへ押し付けた。こんな感じかな?」

 恭助が鴇松をうしろから抱え込んで、それから鴇松の前へまわり込んで、鴇松の首元へ手をやった。

「ええと、犯人が被害者を押し付けた手すりは、こちらから見て右側だった。だから、もう少し右へ移動して……。そう。そんな感じだったな」

 角田が恭助たちにもう少し場所を右側へ移動するよう要求した。羽交い絞めをしていたのが手すりのほぼ中央で、そこから犯人は目撃者の居た位置から見て、右側に当たる手すりへ被害者を押し付けたと、角田は主張したのだ。恭助たちはいわれた場所へ移動して、互いに向き合う体勢を取った。手すりに背を向けていたのが被害者の市橋斗馬だから、今、目撃者である角田から見て、犯人を演じる恭助が、被害者を演じる鴇松よりも左側に立っている。

「ここで犯人は鉈を振り下ろしたんだね。その時、あんたたち四人組から見て、犯人と被害者の位置関係は、こんな感じで、横から見える状態となっていた」

 恭助が確認を求めると、角田は軽く頷いた。

「そして、犯人の鬼は鉈を振り下ろす。こんなふうに……」

 この時の恭助は、折り畳み傘を手にしていた。そして、折り畳み傘を高く振りかぶって、鴇松の脳天に叩き落そうとする仕草を取った。

「いや、違う! そうじゃない。なんだろう。ちょっと違うんだ。ああ、そうか……」

 突然、角田がストップをかける。彼の記憶と恭助たちの演技との間に、なにか違いがあったみたいだ。

「如月君の持っている傘を、反対の手に持ち替えてくれ。そう。それでいい」

 角田は、恭助が持つ傘を逆の手で持つように指示を出した。いわれた通り、恭助は左手で振り上げていた傘を、右手へ持ち替えて、あらためて鴇松を襲う恰好を取った。それを見た角田は、「そう、それだよ!」と、殺害状況が正しく再現されたことを認めた。


 群馬大学がある前橋まえばし市から新潟市へ行くためには、高崎たかさき市で新幹線に乗り換えなければならない。JR両毛りょうもう線に乗り込んだ鴇松は、恭助に話しかけた。

「いやあ、恭助さん。うかつでしたよ。犯人の利き手を確認しておかなかった自分が、お恥ずかしい限りです」

「いやいや、この事件はあまりに複雑すぎるからね。トッキーがうっかり見過ごしても仕方がないと思うよ」

「市橋斗馬を殺害した犯人は右利きだった! 恭助さんはそれを確認するために、演技の最初はわざと左手で折り畳み傘を持ったんですね」

「そうだね。あの角田という学生の証言は信用できる。だからこそ、きっと確認が取れるだろうと踏んでいたんだ」

 恭助は得意満面だった。


 帰り道のフェリーの中で、鴇松に連絡が入った。烏丸巡査部長からだった。

「ああ、鴇松警部補、今どちらに見えますか?」

「両津へ向かうフェリーに乗っていますよ。順調に進めば、六時三十五分に両津港へ着く予定です」

「そうですか。では、港まで出迎えのパトカーを出しましょう」

「いや、なにもそこまでしなくても……」

「なにを悠長な……。事件が起こったんですよ。殺人です!」

 鴇松の携帯電話からこぼれた烏丸の大声は、隣にいる恭助の耳へも届いた。恭助の顔がキッとひきしまった。

「犯行現場は台ヶ鼻だいがはな灯台――。殺された被害者はですね……」

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