表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
佐渡島連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
20/35

19.現場探索

 烏丸巡査部長が現場へ到着した時刻は、もう五時を過ぎていた。佐渡警察署へ通報があったのが四時十七分だから、それからまるまる四十分を消費していることになる。パトカーでサイレンを鳴らしながらすっ飛ばしてきたのだが、それだけ佐渡も広いということなのだろう。

 姫崎灯台へ入っていく小径の入り口に、ちょっとした人だかりが出来ていた。どうやら、通報者は学生の四人組だったみたいだ。


 筋肉質でがっちりした体型の巡査がひとり立っていて、烏丸たちを出迎えた。

「水津駐在所に勤務する土屋つちや巡査であります。本日は本署からはるばる、ご苦労さまであります」

 きちんと敬礼をしている巡査に、烏丸がつかつかと近づいた。

「貴さま、酒を飲んでいるんじゃないか?」

 巡査の身体からそれとなくただようアルコール臭に、思わず烏丸が問いかけてしまったのだが、勤務中の警察官の飲酒はもちろん処罰対象である。途端に、巡査の顔が蒼ざめる。

「申しわけありません。実は、本日は水津祭りでありまして、本官も鬼の面をかぶり、舞を踊っておりまして、いえ、なにぶん、この地区は近年深刻な若手不足でして、もちろん勤務中であることは重々承知をしておりますが、地域のために一役買うのも、住民を守る警察官のあるべき姿ではなかろうかと、勝手ながら判断をいたしまして、そのお……、それで、祭りも無事に終わったのでありますが、そのあとに、ささやかな打ち上げ会が催されまして、そこで、お酒が少しばかり振舞われまして、住民のみなさまの暖かいおもてなしに加えまして、地域交流のためにも、どうしても断ることが本官には出来ませんでして、いつもは平和なこの部落で、まさか、このような大事件が起こるなどとは、全くもって本官には予想できませんでして、本当にこのような事態を招きましたことを、本官は痛く深く反省をしておりまして、そのお……」

「分かった、分かった。それで、今はきちんと職務が遂行できるのだな?」

「はい、それはもちろん、ここからは我が身をかえりみず、捜査に全力を尽くす所存でありまして……」

 佐渡市内の地域祭は、若手不足が深刻な問題であることは、烏丸も重々承知している。そんな時代だからこそ、地元の巡査が祭りに参加することに、異議を唱えるつもりはないのだが、まさか、まるでその日を狙ったかのように、このような残忍な殺人事件が起こってしまうとは……。

 報告によれば、人を殺したのが鬼だったいうことから、本間柊人、計良美祢子と続いている、かの連続殺人事件の続きである可能性が大きかった。だとすれば、遺体のそばにはリコーダーが落ちているはずだが、それにしても、今回の犠牲者はいったい誰なのだろう。

「とにかく、現場へ行ってみよう。そもそも、遺体が見つからなければ、らちが明かないからな」

「気を付けてくださいよ、巡査部長。まだ、そこいらに犯人が隠れ潜んでいるかもしれませんからね」

 図体はデカいのに、土屋巡査は意外と肝っ玉が小さいみたいだ。

「もちろん貴さまも一緒に行くんだよ」

「えっ、本官もですか?」

「当ったり前だ。さっき、我が身を顧みずと宣言をしたばかりだろうが」

 烏丸の怒鳴り声に、土屋巡査はようやく観念をしたみたいだった。


 烏丸と土屋巡査、さらに佐渡警察署から同行した五人の警察官に加えて、事件の目撃者である四人の学生が、一団となって犯行現場である姫崎灯台へ向かう一本道を突き進んで行った。目的は、被害者の確認と、犯人である鬼の捕獲である。四人の学生を隊列の中央に置いて、前後を警察官で固めた総勢十一名が、周囲に細心の注意を配りながら、ゆっくりと小径を歩いていく。まだ、犯人が息をひそめてこちらをうかがっているのかもしれない。やつは大きな鉈を手にしている。決して油断がならない状況だ。しかしこちらにも、日頃から接近戦の訓練もしている若手巡査に加えて、万が一のために烏丸が拳銃も手にしている。向こうからのこのこと襲ってくるようなことがあれば、即座に確保することが出来るであろう。

 それにしても、普段はのんびりとした灯台へ向かう短い小径なのに、今やまるで、父親に捨てられたヘンゼルとグレーテルがさまよう絶望的に深い森の中の獣道であるかのように思われた。


「あっ、ここです!」

 学生たちの中でリーダー格と思われる関口が、灯台が見える場所で立ち止まって、声を上げた。

「僕たちはここから、灯台で行われた残酷非道な殺人劇を目撃したのです」

「なるほど。ここからなら灯台の様子がはっきりと見えますな」

 烏丸たちがいる場所は、灯台から百メートルと離れてはいない場所だった。

「被害者は必死になって抵抗をしていました。でもその努力もむなしく、冷酷な鬼の大鉈のやいばが被害者の脳天にズバンと叩き下ろされたのです。その時に吹き出した血のおびただしさたるや。いやあ、恐ろしくて口にするのもはばかられます。なにしろ、血しぶきがここからでもはっきりと見えましたからねえ」

 少しばかり興奮気味に、関口が当時の状況を語り始めた。若干、説明に演出っぽい言葉が含まれているように、烏丸は思った。

 すると、隣りにいた角田つのだという男子学生が、自分には被害者がほとんど動いていなかったように見えたけど、と関口の供述を一部否定したのだが、そんなことはない、と関口から真っ向否定をされてしまった。しかしながら、烏丸は、この角田という学生の証言の方が、関口のよりも信用が置けそうな雰囲気を、なんとなく直感で感じていた。

 さらに歩みを遅くして、灯台の真下まで進んで行くと、地面に大の字で横たわっている遺体が見つかった。

 四十前後の男だ――。

 頭がざっくりと割れて、その周りに血の水たまりが出来あがっている。

 そして、胸元のシャツの合間に差し込まれたリコーダーが……。

「学生諸君はこっちへ来ないように!」

 そういって、烏丸は二名の巡査を呼び寄せると、遺体を調べさせた。まだ犯人が近くにいるかもしれないから、残りの巡査には周囲の確認を怠らぬよう、烏丸が指示を発した。

「巡査部長。遺体が免許証を所持しておりました。

 それによりますと、仏さんの名前は、市橋いちはし斗馬とうまです!」


 市橋斗馬……。その名前は聞いたことがある。たしか、川茂小学校で計良美祢子と共に二人しかいなかった教師のうちの一人だ。

 やはり、これは忌まわしき連続殺人の三番目の犠牲者なのだ!


 本間柊人、計良美祢子、そして、市橋斗馬。十六年前に閉校となった川茂小学校の関係者が、立て続けに三人も殺されてしまった。一見無差別な犯行を理不尽に繰り返す犯人の目的は、いったいなんなのだろう?

 それに、なぜ犯人は、わざわざ被害者のそばに、決まってリコーダーを置いていくのか。リコーダーは、十六年前の閉校式で、当時の生徒たちが拍手喝さいを浴びたあの演奏会を象徴しているアイテムだ。犯人は当然、その演奏会を知っていることになる。そして、必然的に、その演奏会に出席していた人物、ということになる。

 そして、なぜ犯行現場として、いつも灯台がある場所が選ばれるのだろう。たしかに、灯台は陸地の端っこに位置しているのだから、人通りも少ないし、犯行をするにはうってつけだ。そうはいえど、犯人にとってはそれ以上になんらかの理由があって、灯台で犯行を繰り返しているとしか思われない。

「巡査部長。この奥にキャンプ場があります。でも、ご安心ください。その先が断崖絶壁となっておりますから、もはや、犯人は袋のねずみも同然ですよ」

 土屋巡査が得意げに烏丸に声を掛けたので、市橋斗馬の遺体の調査は二人の巡査に任せ、安全のために一人の巡査を付かせて四人の学生たちを宿へ送らせると、土屋巡査と残りの巡査の二人を引き連れて、烏丸は、犯人が逃げ隠れているはずのさらなる奥の小径を進んでいった。

 姫崎灯台のそばには、灯台館と書かれた建物がたたずんでいる。しかし閉館となっていて、鍵が掛かっているから、建物の中へは入れなくなっている。念のために一人の警官に命じて、烏丸はその建物とその近辺を調べさせた。残った面々で、さらに奥へ進んで行くと、すぐにキャンプ場の開けた広場へ出た。その向こうには、沈む夕日の光を浴びてオレンジ色に輝く美しい大海原が見える。

「日が暮れて、もうじきあたりは暗くなってしまいます。探索を急ぎましょう」

 部下の巡査のひと声に、烏丸は広場を横切って、海の見える断崖へ向かった。ところが、烏丸はそこで唖然と立ち尽くすことになる。

 断崖からは下へおりる階段が用意されていて、海岸までたどり着けるようになっていた。

「なんだ、下へ降りることができるじゃないか。誰だ、犯人は袋のねずみだ、などといったやつは?」

 怒りのあまり、烏丸が大きな声を発すると、

「すみません。本官も、地元民でありながら、あまりここまでは足を運んだことはありませんでして……」

 この日何度も烏丸から叱られている土屋巡査が、またもや、大きな身体を縮こませながら、頭を下げていた。


 海岸まで下りると狭い砂浜ができていて、海岸伝いに水津すいづの集落へも両津大川りょうつおおかわの集落へも歩いて行けることが確認された。おそらく犯人は、海岸沿いに歩いて、どちらかへ消え失せてしまったのだろう。

 犯人の確保はあきらめて、灯台まで引き返した烏丸たちは、遺体を調べさせた二人の巡査と合流した。殺されたのが市橋斗馬だと、ここへ来て初めて知った土屋巡査は、目を丸くして驚いていた。

「えっ、市橋先生が……。

 すみません。市橋先生は水津集落の前浜まえはま小学校に勤めてみえまして、子供たちからも慕われる人気のある先生でした。

 今日の水津のお祭りでも、若手の一員として、本官と共に、鬼の舞を踊っておりまして、そのあとの打ち上げ会にもご参加をされていました。まさか、こんな変わり果てたお姿になるなんて……」

 どっと力が抜けたのか、土屋巡査はその場でひざまずいてしまった。

「それで、打ち上げ会の会場に、市橋斗馬は何時までいたんだ?」

 烏丸の自然な問いかけに、

「さあて。なにしろ、大仕事を終えました本官は、ついつい浮かれておりまして、それに加えて、かなりのお酒も飲んでしまいまして、それゆえに、あまり細かいことまでは覚えておりませんでして……」などと、軽く返答してしまったものだから、土屋巡査は、このあと、烏丸からさらなる逆鱗げきりんの雷を浴びせられる羽目となるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ