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佐渡島連続殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
19/35

18.姫崎灯台

 東浜ひがしはま水津すいづ地区は、旧両津市があった最南部に位置し、佐渡島としては、東南の出っ張った半島部分を占めている。新潟港からフェリーに乗って佐渡島へやって来ると、まっ先に見えてくるのがこの地区にある姫崎ひめさき灯台だ。佐渡の玄関口ともいわれるこの灯台がいったん見えると、フェリーは一時間ぐらいかけてゆっくりと、灯台を左手に眺めながら移動をする。特に何もすることがない船上では、この姫崎灯台のある断崖の光景が、象徴的に、佐渡島への郷愁を誘うのだ。


 四月十日の午後三時に両津港へ着いた関口せきぐちは、ふ頭を出るとすぐに道路わきへ車を一旦停止させる。水津にある目的地の旅館は、地図で見る限り、ちょっと走ればすぐに着いてしまいそうに思われる。

 関口は群馬県の前橋市にある大学の四年生だ。助手席には相棒の角田つのだがいる。そして後部座席には一年年下の、栗原くりはら桜井さくらいという二人の女子学生も乗っている。

 関口はかねてから、同じサークルにいる栗原に好意を寄せていた。ただ、二人だけでどこかへ泊ろうと提案をしてみたところで、すんなり相手にされるはずもなく、そんな中、角田も同じように桜井のことが気になっていて、二対二だったらチャンスがあるかもしれないと話がまとまった。もちろん泊まる部屋は、男女別々に二部屋を確保する必要がありそうだ。

 さて、行き先はどこが良いだろう。宿泊しなければならないという名目が立って、女の子の興味を誘いそうな観光地。となれば、佐渡島は絶好の場所のように思われた。就職活動が忙しくなる時期よりも前に、計画を実行に移さねばならないが、四月の第二土曜日となる十一日に、水津という地区で鬼太鼓の祭りが開催されると、ネットで情報を得て、半年も前から宿には予約を入れておいた。そして三月になってから、栗原と桜井に二泊旅行の提案を申し出ると、一日遅れでOKの承諾をもらうことができ、今無事にここにいるのだ。もちろん、これから先の失敗は絶対に許されない。

「まだ日暮れまでは時間があるから、ちょいと寄り道をしていくかね……」

 さりげなく思い付いたように見せかけてはいるが、実は、寄り道する計画は関口の頭の中でしっかり出来上がっていた。まっすぐに海沿いの道を進むのではなく、赤玉両津港線と呼ばれる県道三一九号線の脇道へ入るのだ。そこでひと山を超えれば……、とはいっても所詮は小佐渡の端っこにあるたわいもない山で、標高はせいぜい五百メートル。群馬県の錚々そうそうたる山々と比べれば、赤ん坊のような丘に過ぎない。その山々の合間を抜ければ、赤玉あかだま集落が現れて、海が見えるはずだが、その光景がなんともいえぬ隠された絶景らしいのだ。関口も実際に行ったことはない。単にネットで調べただけである。でも、後部座席にいる二人の女子が感動して、声高らかにはしゃぎ出すであろうことを、関口は自信を持って確信していた。

 とにかく旅の出だしを飾るこの秘策こそが、今後の成功の鍵を握っていることは間違いない。


 ところが県道三一九号線は、関口の想像をはるかに上回る寂れた道路であった。細くて曲がりくねっており、対向車が来ればひとたまりもない。それに加えて、容赦のない急こう配の上り坂が立ちふさがり、地面には枯れ落ちた木々の小枝が散乱していた。後部座席の女子二人は、本当に佐渡って自然が半端はんぱないねえ、などとお気楽な会話を交わしているが、関口は、助手席の角田に声を掛ける余裕すらなく、ハンドルを握る指先にいつもよりもぐっと力を込めていた。

 思っていたよりもはるかに長い時間が経ったように感じた時、道路がふっと下り坂になった。ようやく峠を越えたのだ。

 すると、軽トラックが突如対向車として現れて、あっと思った瞬間にすーっとすり抜けていった。関口は車をこすらないようにと必死だったが、向こうは地元の人なのか、スピードを落とす素振りはみじんもなかった。

 次の瞬間、樹海しか見えなかった視界がパッと開け、青い海が眼前に姿をあらわした。コバルトブルーの大空の下に、紺碧の海が穏やかにたたずみ、その前を、断崖絶壁の急斜面に造られた、もはや芸術作品としか表現ができない『赤玉あかだまの棚田』が広がっている。

 失敗だと思ったのは、まだ四月なので田んぼに苗が植えられてなくて、ネットで見た美しい翠色の棚田が、地味な褐色の土と化していたのだが、それでも、女の子たちにはこの絶景が大受けして、まずは一本取れたかなといった感じであった。


 赤玉の集落から海沿いに東へちょっと進めば、すぐに水津の集落へたどり着く。旅館は大きな民家で、一階の全部が客の寝泊まりする部屋となっているみたいだ。風呂は同じ浴槽を、男女で時間を別々に指定して入る、実に質素なものであったが、そのかわりに料理は圧巻だった。これでもかというくらいにテーブルに並べ尽くされた海の幸に山の幸。普段は魚よりも肉という大学生たちも、気が付けば我を忘れてむさぼりついていた。

「それにしても、ごはんがうまくないか?」

 角田がふと口にしたのを、たまたま給仕でその場に居合わせた宿の女将が答えた。

「分かりますか。このごはんは佐渡で取れたコシヒカリで炊いとります。佐渡米さどまいは収穫量が少なくて、あまり市場にも出回らず、有名ではないかもしれんけど、味なら魚沼うおぬま産のコシヒカリにも負けていない、まぼろしのお米なんですよ」

 たしかに、指摘されてみればここのごはんは絶品だ。透き通ったお米は一粒一粒がつやつやと立っているし、噛んでみるととても甘いのだ。

「佐渡の田んぼって、朱鷺ときが生息しているんでしょう。だったら、農薬だってきっと使われていないのよね」

 笑顔になった櫻井が、思い出したように付け足した。


 翌日の四月十一日は、ここ水津集落のお祭りである。普段は人がいなくて寂れた集落であるのだが、この日ばかりは地元民と観光客がつどって、大いににぎわうのだ。

 集落の中心にある白山はくさん神社で、手始めに、法被はっぴを着込んで鬼の面をかぶった若者が、太鼓のリズムに合わせて、舞を奉納する。鬼の面には背中まで届く長い髪が付いていて、なんとなくライオンを思わせる。でも、面の表情はいかつくて、リアルな雰囲気が醸し出されているから、小さな子供が見たら、すぐさま泣き出してしまいそうなものばかりだった。厄払いをして五穀豊穣を祈願するのが祭りの目的らしいが、地域の活性化と若者たちの交流に一役買っているのも事実だ。

 昼頃になると、泊まっている宿の前にも、鬼太鼓の一行がやって来た。宿の職員も客もみんなが外へ出てきて、いっしょに鬼太鼓の舞を楽しんだ。


 昼食を済ませて、午後は津神つがみ神社と姫崎ひめさき灯台を歩いてめぐる計画だ。車で行くという選択もあったが、関口はあえて時間を要する徒歩という手段を選んだ。

 別に観光を楽しむのが目的ではない。何かのきっかけを作って、四人を二人と二人とに分かれさせて行動する必要があるのだ。しかしそのためには、車は不向きで、無駄に時間がかかる徒歩の方がチャンスもはるかに多かろうというのが関口の思惑であった。角田が気を利かせて、津神神社をお参りしたところで、桜井だけを引き連れて、先に出発をしたので、関口は狙い通りに栗原と二人きりになることができた。

 栗原は元来性格の明るい子で、関口と二人っきりになっても、固まってふさぎ込んでしまうようなこともなく、とにかく次から次へとしゃべりかけてくるので、関口にとっては好都合だったが、ついついそれに甘えてしまい、告白するきっかけなど訪れることもなく、時間だけが刻々と過ぎ去って行った。角田と別れてから、もうかれこれ二時間にもなろうが、角田の方は桜井とうまく行ったのだろうか……。

 悶々とした心持ちで、関口は栗原といっしょに姫崎灯台へ向かう小径をとぼとぼと歩いていた。最寄りの県道を離れて、灯台まで続くこの小径は、歩いて一〇分くらいかかる。さすがに話すネタが無くなったのか、栗原も少し大人しくなっている。雰囲気はすこぶるよろしくないのだが、灯台まで到着すれば何か話すことが出来るだろうと、関口は気楽に考えていた。


 ようやく灯台が見えてきた。腕時計を見ると、時刻は三時五十分であった。

 姫崎灯台は現存する日本最古の鉄造り灯台で、『世界灯台百選』にも選ばれているらしい。白くて小さいながらも、中間部が格子構造となっていて、とても個性的ユニークな形状をしている。関口は姫崎灯台の姿をひとめ見て、教会のようだと感じたのだが、栗原がロケットみたいね、と評したので、そう見れば、そう見られなくもないなと思った。

 灯台のさらに奥へ行くと、キャンプ場があるらしいが、夏でもないし、おそらく客は誰もいなかろうと、関口は勝手に推測していた。このまま崖の先端部まで歩いて、きれいな海を眺めながら、二人きりになる。もしかしたら、この旅行の最後のチャンスとなるかもしれない。無表情を装う関口の胸の鼓動は、ひそかに高鳴っていた。

 灯台まで五十メートルほどの地点で、関口ははっと立ち止まった。この先には誰もいないであろうと思っていたが、今、灯台をのぼった踊り場の手すりのところに、人がいる……。

 いや、人ではない。あれは……、鬼だ――。


 さっきまで踊っていた水津祭りの鬼であろうか。違う、別な鬼だ。

 鬼の面をかぶった謎の人物は、灯台の上からこちらを見下ろしている。関口と栗原の姿に、鬼は明らかに気付いた様子だ。途端に、関口は足がすくんで、魅入られたかのように動けなくなってしまう。栗原も、えっ、なに、鬼がいるの、と困惑を隠せない様子だった。

 すると、鬼が一瞬、手すり伝いに灯台の向こう側へ消えてしまう。それからぐるりと回って、また姿をあらわす。でも、今度はもう一人の人間を、背後から羽交い絞めにしながら、抱え込んでいた。

 すぐさま、鬼の身体が左右にゆらゆらと動き始める。どうやら、舞を踊っているつもりらしい。鬼の動きに合わせて、抱きかかえられた人間も、ゆらゆらと揺れ動いているが、ぐったりと下をうつむいており、まるで元気がない様子であった。

 やがて鬼は、抱え込んだ人間を乱暴に手すりへ投げ出した。そのまま左の手で首根っこをつかんで、ぐっと突き上げたから、手すり越しに人間の身体は弓なりにのけぞった。

 こいつは尋常ではないぞ、と関口は感じた。すると、タイミングよく後ろから声を掛けてくる者がいた。角田と桜井だった。

「なんだ、お前たち、まだこんなところにいたのか」

 ひやかすように角田が関口にいった。

角田つのだ。灯台の上を見てみろ。おかしくないか?」

 いわれて角田も灯台の方へ目を向ける。

「鬼みたいだな。手すりに押さえつけられているのは、人なのか?」

 角田も一瞬にして危険を感じ取った。

「とにかく、行ってみよう」

「いや、待て!」

 角田の申し出を、関口が引き留めた。


 それは、まるで映画の中のような異様な光景だった。鬼がゆっくりと片手を高く掲げた。その手には、大きななたが握られている。まさか、押さえ付けている人間の頭上に、その鉈を叩き込もうというのか。もしそんなことをすれば、その人間は死んでしまうぞ。

「やめろーー」

 角田が大きな声を張り上げた。これだけの音量でこの距離なら、間違いなく鬼にも届いているはずだ。鬼はちらりとこちらへ面を向けたが、すぐに向き直ると、鉈を持った手がゆっくりと振り下ろされた。その先には、ぐったりとしている人間の頭部がある。まさか、そんなことが現実に……。関口の思考が一瞬停止する。

 大きな鉈がその人間の頭蓋骨へくい込んだ。途端に、どっと飛び散る赤い血――。本物だ。映画のセットとは、到底思われない。

 だとすると、いま現実に起こっているのは、れっきとした殺人なのではなかろうか。

 桜井が絶叫して崩れ落ちるのを、そばにいた角田がどうにか抱き留めた。どうやら、気を失ってしまったらしい。栗原も関口の腕にしがみついてきた。

「なんなの、あれ。普通じゃないわよ」

 そう唱えると、栗原は関口の腕にぐっと身体を押し付けてきたのだが、関口にそれをたしなむゆとりは残っていなかった。

 すっかり返り血を浴びた鬼は、この世の者とは思えぬ不気味な雄叫おたけびをあげると、頭部に鉈が突き刺さったままになっている人間の足元をつかんで、手すりの上へ持ち上げると、あろうことか、そのまま真下の地面に突き落としてしまった。

 スローモーションのように、人間が真っ逆さまになって落ちていく。その様子を見届けた鬼は、灯台の向こう側へさっと姿を眩ませてしまった。

「おい、関口。追いかけるぞ。こいつは人殺しだ!」

「いや待て。あの鬼はまともじゃない」

 関口が角田を制止した。

「被害者はまだ息があるかもしれないんだぞ。助けなくて、いいのか?」

「もう手遅れだよ。それに鬼がまだ武器を持っているかもしれない。うっかりすれば、俺たちも殺されてしまうかもしれないんだ」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「とにかく、県道まで避難しよう。桜井さんはお前がおぶっていけ。灯台から県道に出るためには、この一本道しかないのだから、いずれにせよ、鬼は必ずここを通らなければならない。だから、ここで立っているのは危険なんだ!」


 関口の指示に従って、全員がいっせいに県道へ向かって駆けだした。開けた県道へたどり着くと、関口はポケットからスマホを取り出して、警察へ通報した。

「もし鬼がやってきたら、どうする?」

 ゼイゼイと息を切らしている角田の問いかけに、関口が答える。

「その時は大声を上げて、逃げるだけさ。ここだったら、近くにいる誰かが悲鳴を聞きつけて、駆けつけてくれるだろうからね」


挿絵(By みてみん)

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